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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第四章 天秤傾く

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王者への一手

大変遅れました。

 紀元前299年

 

 趙の武霊王ぶれいおうは孟姚が産んだ公子・何を溺愛していたため、自分が生きている間に即位させることにした。

 

 五月、武霊王は東宮で大朝(盛大な朝会)を開き、公子・何に国を譲った。即位した公子・何を趙の恵文王けいぶんおうという。

 

 恵文王が廟見(即位時に祖廟を参拝すること)の礼を終えて朝廷に臨んだ。大夫は全て恵文王の前で臣と称した。

 

 肥義ひぎが相国として恵文王を補佐することが決まった。

 

 さて、王位を譲ったことになる武霊王は自らを「主父」と号した。「主父」というのは国主の父という意味である。









 

 武霊王は恵文王に国内を治めさせたまま、中山へ侵攻した。


「相変わらず、中山の兵は弱い」


 武霊王は自軍の前に手も足も出ない有り様の中山軍を見ながら呟く。


(まあ、楽毅がくきを将にしなければ、こんなものか)


 自分がそうさせたのだが、と思いながら武霊王率いる趙軍は雲中、九原を取った。


(ここからは秦を望むことができる)


 しかもここから秦の都である咸陽を攻めることができるのである。彼は中山を侵略した後は秦へと攻め込むことを考えていた。


「さあ、次は中山の首都を襲うぞ」


 武霊王はそう指示を出した。


(これでほぼ中山は終わる)


 彼はそう確信していた。


 武霊王は中山の首都の包囲を将軍たちに任せ、一軍を率いて、胡地の討伐を行い、雲中、九原から南下して秦都・咸陽を伺った。後にここを襲うための下準備のためである。

 

 武霊王はここで大胆な行動に出た。趙の使者のふりをして秦に入り、様子を探ったのである。


 目的は秦の地形や秦の昭襄王の為人を観察するためである。

 

 楼緩を通じて、趙の使者に会った昭襄王は彼が武霊王だとは気が付かなかったが、使者が去ってからその偉貌が人臣のものではないと思い、追手を派遣した。

 

 しかし武霊王は既に関を通過していた。昭襄王は魏冄ぎぜんに趙の使者について調査させた。


「あれは趙王でした」


 その報告に秦の人々は驚いた。一方、魏冄は武霊王の行動に嫌悪感に近いものを抱いた。












 武霊王は中山の首都を包囲する軍の元に戻った数十日後、中山の首都は陥落した。


「中山王はどうした?」


「申し訳ありません。どうやら逃げられたようです」


「しかしながらご心配しないでください。既に中山王を追って軍を動かしております」


 武霊王としては不満しかなかったが、それで良いと思った。


 その時、慌てて兵が駆け込んできた。


「報告します」


 兵は息も絶え絶えで言った。


「魏軍が集胥口へと侵攻し、占領しました」


「何故、魏軍が……」


 武霊王は唖然とした。


 集胥口は趙が中山を攻める上での要所の一つである。ここを押さえられると退路を断たれることになる。


「そもそも何故、魏軍が動くのだ」


 魏と中山は外交的に友好的ではないはずである。そもそもかつて魏は中山を一度、滅ぼした。その関係で中山が魏と結ぶことは感情的に難しいはずである。


 そこまで考え、あることを思い出した。


「楽毅は、楽毅はどこにいる?」


 武霊王は叫んだ。


「報告します。魏軍を率いる将の名はわかりました」


 兵の言葉にまるで睨みつけるように武霊王が見るため、兵は震える。


「が、楽毅だそうです」


「楽毅か、楽毅なのか」


 武霊王は天を睨む。


「報告します」


 また、別の兵が駆け込んできた。


「中山王を斉との国境まで追いかけたのですが、そこに」


「今度はなんだ」


「斉の宰相・孟嘗君もうしょうくん率いる斉軍が出現しました」


「孟嘗君……どういうことだ。何故、斉まで動く」


 武霊王は頭を抱えた。


 斉は中山が王号を称したことに激怒していた国である。中山を助ける真似など一番しない国のはずである。


「どっちだ。どっちの主導で動いている」


 魏軍を率いている楽毅か。中山王を保護した孟嘗君か。どちらが主導で行っているかが問題であった。もし斉の孟嘗君であれば、魏だけでなく韓、秦、楚まで動く可能性がある。


 楽毅が主導していれば、魏、斉だけしか動かないだろう。


 だが、ここではこれがどちらかは判別がつかない。


 それに魏、斉が動くだけでも危険である。


(どうする)


 中山の首都を陥落させた。それによってほぼ中山の占領は成ったと言っていい。しかし、ここで中山の首都を放棄すれば、中山の占領は更に遅れることになるだろう。


「迷っている暇は無い」


 武霊王はすぐさまに全軍に退却を命じ、中山の首都を放棄させた。


「まさかの一手だったな」


 彼はそう呟いた。








 集胥口へ趙軍は動いたが、そこには楽毅率いる魏軍はいなかった。既に魏軍は帰国していた。


「何とか上手くいった」


 楽毅は安堵のため息をついた。


 彼は軍を率いる立場から外された後、彼は行人になることを申し入れ、これを受理されると諸国へ外交的関係の改善のため動き回った。


紀昌きしょう殿、あなたの教えのおかげです」


「はて、何か教えましたかな?」


 頭を下げる楽毅に紀昌は首を傾げる。


「如何なる妙技も小さな努力によるものと教わりましたよ」


 楽毅は地道に諸国との関係改善に動いた。そんな中、魏との関係を改善する上でかつて自分の先祖に仕えていたことがあった子孫を見つけ、これを通じて魏の高官との口添えを得ることができた。


 更に幸運なことにその頃、孟嘗君が魏との関係を強化している頃であったため、これを接触することができた。


 そこで中山への援軍を出すことはできないが、孟嘗君の名のもとに中山王の亡命を助けようと言った。


『私に助けを求める者がいれば、助けよう』


(孟嘗君からこの言葉を答えてもらったことで最悪の展開を防ぐことができた)


 これで何とか中山の首都を包囲された時に中山王の近くにいる若い臣下に中山王を亡命させるための脱出路を教え脱出させることができた。


 彼は魏へ感謝の言葉を伝えた後、帰国した。


 そこで彼は予想外の報告を受けた。


「王が中山でお亡くなりになっただと」


 これは孟嘗君ら斉側に落ち度はなかった。ただ単純に病死であった。


「無能な王がいなくなるということでは?」


 紀昌がそう言った。


「王の御子息はあまりにも幼い方だ」


「なるほど、周りに無能が居続けるということですな」


 国難の時、幼君が立つ。


 中山の未来を繋いだはずであったが、その未来はあまりにも暗いものだった。











「そうか中山王は死んだか」


 武霊王のもとにその報告がもたらされた。


「ふっ楽毅よ。今回はしてやられたが、次はもう無いぞ」


 彼は大いに笑った。





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