狂信者の副将
二日投稿できず申し訳ございません。
紀元前280年
白起は不満であった。
「なぜ、趙なのか」
せっかく、楚を煽って楚との決戦を行うというのに、宰相の魏冄から命じられたのは趙との戦いである。
「多くの罪深き者に救済を与えなければならないのというのに」
「ならば、趙でそれを成せばよろしいのでは?」
そう言ったのは魏冄よりつけられた副将・蒙驁である。四十代ぐらいだが、老け顔であるためにそれ以上に年が上に見える。
「もちろん、趙でも罪深き者たちへの救済は行う。されど、もっと多くの者に救済を与えなければ……」
白起の様子に蒙驁は呆れてように首を振る。
(はあ、困った方だ)
「仕方ない。さっさと結果を出して、楚に起用してもらうとしよう」
魏冄が彼を趙に起用したのは、楚を勝手に煽ったことが原因であることを白起は理解していないところがある。
「それで戦はどのように?」
既に自分たちの軍に対して、趙軍が向かってきている。
「光狼城の城主に書簡を出す」
「書簡を?」
怪訝そうに蒙驁が眉をひそめると、
「そう、私が来たってね」
白起はそう笑った。
「書簡……」
光狼の城主の元に一通の書簡が届いた。それを開くとそこにはこう書かれた。
「我、秦の白起なり」
そう一言書かれていた。
「白起……」
その名はもはや天下にとっては恐怖の名であった。一度、戦えば、いかなる将も兵も殺されてしまっている。
「あの白起がここに……」
もし、趙軍が負ければ……自分もここにいる民たちも皆、白起に殺されるのではないか。
城主はここに赴任した頃から真面目に民を思いやる政治を行ってきた。民を思う気持ちは強かった。
その時、音が聞こえた。
銅鑼の音である。
「どこからだ」
「報告します。前方より迫る秦軍の音です」
段々と音が大きくなっていく。
銅鑼の音だけではない。様々な楽器の音、更に秦軍が近づくほどに地面が揺れる感覚を覚える。
秦軍の兵たちが足を踏み鳴らしながら来ているのである。
「白起……」
秦の旗がはためく姿を見て、寒気を覚えていく。
「ああ白起……」
城主は指示を出した。
「城門を開けよ」
「城門が開いていく」
蒙驁は唖然とした表情のままそれを見続ける。
「ああ、主上の愛を理解されたのだ」
白起は喜びを顕にしている。
(この方は書簡と音だけで、城を落とした)
恐ろしい人だ。蒙驁は震えた。
「さあ、城に入るとしよう」
白起は軽くそう言って、城に入ろうとする。
(はたしてこの人は城を明け渡した者たちを許すだろうか……)
ふと、蒙驁はそう思った。
(もしかすれば、虐殺するのではないか)
ありえなくはない。それだけのことを白起はしてきた。そう思った瞬間、蒙驁は白起の進む道を塞ぐように前に出た。
「どうしたのかな?」
「約束していただきたいことがあります」
「ほう」
「ここの城主を始め、民を殺すことはないようにお願いしたい」
蒙驁の言葉に白起は髭を撫でる。
「それで?」
「ここは我が国の強さを認め、自分から下ったのです。それにも関わらず、殺す真似をすれば、非難はあなた様だけでなく国にも向くことになりましょう」
彼の言葉に白起はしばし、無言になり、そのまま歩き出して、彼の肩を叩いた。
「そんなことはしないよ」
白起の言葉に蒙驁はほっとする。
「主上の愛を届ける相手はここにはいないのだからね」
白起の狙いはこちらに向かってきている趙軍である。
「ここの陥落を知れば、退却するのではないでしょうか?」
城に入ってから蒙驁がそう聞くと白起は、
「そうだろうね」
と答えた。
「では」
「だから陥落したことを知られないようにしなければならない。いいね?」
蒙驁は少しの間、同意しなかったが、小さく頷いた。
「では、主上の愛を示すとしよう」
数日後、趙軍が光狼城に近づいた。
「秦軍はどこであろうか?」
「我らを恐れて、退却したのでしょうか?」
「それはないだろう」
趙の諸将がそう口々に言うなか、光狼城の城門が開いてく。
「我らに気づいたようだな」
「ここで休みましょうか」
「そうするとしよう」
趙軍は何も疑わずに光狼城に近づいていくと、その時、城門から兵たちが現れた。
「あれは」
思わず、趙の将軍の一人が叫んだ。
「秦軍」
そう光狼城から溢れ出すように現れたのは秦兵である。
「同志諸君」
白起の静かで落ち着いた声が響く。
「これより行うは虐殺ではない。慈悲だ」
その言葉に答えるように秦兵たちは趙軍を圧倒させた。なにせ、趙軍からすれば虚を突かれたこともあり、秦兵の前に防戦一方になった。
更に秦兵は趙軍と戦いながら趙軍を囲んでいく。
「蒙驁は相手を包囲するのが上手い」
白起は目の前で展開される戦を褒めた。
今、彼は兵への細かい指示を蒙驁に任せている。
包囲され始めているのを察した趙軍は抜け出そうと一直線に突き進むが、その時、
「勝ったな」
その横っ面に秦の騎兵が突っ込んだ。
「ふふ、私が思ったとおりに兵を動かしてくれた」
そのまま趙軍二万が虐殺された。
「帰還しました」
蒙驁が帰還した。
「ご苦労だった」
白起はにこやかに言った。
「君を副将として選んで良かったよ」
「今、なんと?」
蒙驁は驚いた。自分が副将としてつけられたのは宰相の指示で、監視のためだと思っていたためである。
「まあ宰相の指示という意味合いもあるけど、君の将才に期待したというのもある」
白起は趙との戦いが決まって、不満であったが同時に信用できる将軍を探そうと考えていた。
その信用できる将軍に蒙驁が選ばれた。
「次の戦でも副将として頑張っておくれ」
これ以降、蒙驁は白起の率いる軍の副将として活躍することになる。そのため彼自身の出世は中々できず、白起のために不遇の時代まで過ごすことになる。
白起は秦に戻った。そして、そのまま宰相・魏冄の元に向かった。
(司馬錯で良かろう)
魏冄は楚との戦いで派遣する将軍を決めた。その時、白起が押しかけてきた。
「趙に勝利しました」
「聞いている」
やれやれと思いながら魏冄は彼の言葉を聞く。
「それで楚への参戦ですが」
「楚へは司馬錯を派遣することにしようと思うっているが」
「楚の都を落とそうと思っておりますがよろしいでしょうか?」
白起の言葉に思わず、魏冄は無言になる。
(楚の都をか……)
それが実現されれば、更に秦の威信は轟くことになるだろう。
「良かろう。楚の参戦を認める」
「ああ、主上も喜ばれることでしょう」
(さて、どうなるか)
再び、楚は秦の驚異に晒されることになる。




