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夢幻の果て  作者: 大田牛二
第五章 名将協奏曲

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衛の嗣君

 この年、衛の嗣君しくんが死に、子の懐君かいくんが立った。

 

 死んだ嗣君という人物には逸話がある。


 彼は他人の微隠(隠し事)を探ることを好み、ある県令が褥(敷布団)を動かした時、下の蓆が破れていた。

 

 それを知った嗣君が県令に蓆を下賜したため、県令は、


「嗣君は神ではないか」


 と思って大いに驚いた。

 

 また、ある時は人を関市に送って官員に金を贈った。賄賂である。その後、関市の官員を招き、


「関市を通った客が汝に金を贈っただろう。汝は速やかにそれを返還せよ」


 と嗣君は命じた。関市の官員は大いに恐れ入ったという。

 

 嗣君は泄姫という女性を寵愛し、如耳というものを重用した。しかしながら二人が寵愛を利用して自分を陥れることを心配した。


 そこで賢人の薄疑を任用して如耳に匹敵させ、魏妃を尊重して泄姫に匹敵させるようにした。

 

 嗣君は安心して、


「これで互いに牽制(相参)させることができるだろう」


 と言った。

 

 後に荀子はこう評した。

 

「衛の成侯(二代前の衛君)と嗣君は財を集めて細かいことにこだわった国君であり、民心を得ることができなかった。子産しさんは民心を得ることができたが、政を為す(英明な政治を行うこと)には至ることはなく。管仲かんちゅうは政を為したが、礼を修めるには至らなかった。礼を修めた者は王になり、政を為した者は強盛となり、民心を得た者は安定して、聚斂(財を集めること)の者は亡ぶのみである」


 これは彼等への非難と言うよりは、法家への非難であろう。子産も管仲も法の整備を行った人物であり、嗣君の逸話を見てみると良いが、管理社会を行っているようにも見えなくはない。


 そのために荀子は彼等を非難する評価を下したのであろう。










 紀元前281年


 楚に弱弓で雁を射ることを得意とする男がいた。


 それを聞いた楚の頃襄王けいじょうおうが招いた。男は仮面をつけていた。


「小臣は鶀雁(小さい雁)・羅鸗(小さい野鳥)を射るのが好きなだけです。これは小さい矢を放つ技術に過ぎません。そのため王に何を話せば良いのでしょうか。楚の広大な地と王の賢才があれば、射落とすのはそのような小物ではないはずです。昔、三王は道徳を射落とし、五霸は戦国(好戦的な国)を射落としました。秦、魏、燕、趙は鶀雁であり、斉、魯、韓、衛は青首(小鳥)です。騶(鄒)、費、郯、邳は羅鸗です。それ以外の国は矢を射る価値もございません。王は六双の鳥(上述の十二国)を見ながらなぜ射止めようとされないのでしょうか。王はなぜ聖人を弓とし、勇士を繳(矢)とし、時に応じて弦を張り、これらの獲物を射止めないのでしょうか。この六双を射れば、囊(袋)に入れて持ち帰ることができましょう。その楽しみはわずか一朝一夕の楽しみではなく、その獲物は鳧鴈(野鳥や雁)の類ではございません。王が朝に弓を張って魏の大梁(魏都)南部を射ち、その右臂(右腕)に矢を加えて韓を牽制すれば、中国(中原)の路を絶つことができますので、上蔡(韓の地)の郡は壊滅することになります。還って圉の東を射ち、魏の左肘を断ってから外の定陶を撃てば、魏は東部を放棄することになりますので、大宋と方の二郡を攻略できます。しかも魏は二臂を断たれているので墜落します。そこで正面から郯を撃てば、大梁を得ることができましょう。蘭台(桓山の別名)で矢を収めて西河で馬に水を飲ませ、魏の大梁を安定させることが、一発目の矢の楽しみと申すものです」

 

「もし王が弋(鳥を射る狩り)を愛して厭きることがないようでしたら、宝弓を出して碆(石の鏃)と新繳(新しい繳。繳は矢が刺さった獲物を回収するための紐)を使い、東海で噣鳥(嘴がある大きな鳥。斉の喩え)を射ち、引き返して長城を防備され、朝に東莒を射て夕に浿丘を発して、夜には即墨に矢を加えて、返って午道を占拠されれば、長城の東を收めて太山の北を占領することができましょう。魏と斉を得た後は西は趙と接し、北は燕に達し、三国(楚・趙・燕)は鳥が翼を広げたような形になりますので、盟約を結ばなくても合従が成立し、北遊すれば、燕の遼東を観察でき、南は山に登って越の会稽を望むことができます。これが二発目の矢の楽しみです」

 

「泗上十二諸侯に対しては、左に迂回して右に振り払うだけで、一朝にして全て支配できます。最近、秦は韓を破りましたが、これが長い憂いになっています。なぜならば、秦は韓から多数の城を得ても守ることができないからです。秦は魏を攻めても功がなく、趙を撃っても後ろを憂慮しなければなりません。秦が東進することにより、秦と魏の勇力が尽きれば、楚の故地である漢中・析・酈を奪回できることでしょう。王が宝弓を出して碆と新繳を使い、鄳塞を越えて秦の疲労を待てば、山東・河内を取って一つにし、民を慰労して衆を休ませ、南面して王(天子)を称すことができます」

 

「秦は大鳥というべきものであり、海内(内地)を背にして東向きに立ち、左臂は趙の西南に接し、右臂は楚の鄢郢につながり、膺(胸)の前では韓・魏を撃ち、中国(中原。山東)に頭を垂れております(山東を呑み込もうとしています)。秦は有利な位置にあり、形勢には地の利があり、翼を拡げれば方三千里に及びます。だから秦は単独で一夜の間に射止めることができないのです」

 

 男の話しに頃襄王は大いに発奮した。頃襄王は後にも男を招いて話をした。

 

 男が言った。


「先王は秦に欺かれて国外で客死されました。これ以上の怨みはございません。匹夫(庶民)でも怨みを持ち、万乗(大国)に対して怨みに報いた者がおります。白公・しょう伍子胥ごししょです。今、楚の地は方五千里に及び、甲兵百万を擁しているため、中野(中原)に躍り出るには充分な力があります。それにも関わらず、座して困窮を待っておられるようですが、私が見るに、王がこのような方法を採り続けるはずがございません」

 

 頃襄王は、そのとおりとばかりに立ち上がり、諸侯に使者を送って合従を呼びかけ、秦を討つことを決定させた。


 更に彼はついでに周にも攻めようとした。

 

 楚の動きを知った周王・赧が西周の武公ぶこうを楚に派遣した。

 

 武公が楚の令尹(相)・昭子に言った。


「三国が武力で周の郊地を割いて輸送の便され、周の宝器を南に遷して楚を尊重しようとしてしておりますが、私が思うにそれは相応しくありません。天下の共主(共通の主)を弑殺して世君(代々の天子)を臣下とすれば、大国が親しまなくなりましょう。衆(多勢)によって寡(無勢)を脅かすような真似をすれば、小国が帰順しなくなります。大国が親しまず、小国が帰順しなければ、名も実も手にできません。名も実も得られないようならば、民を傷つけるべきではありません。楚から周を図る声が上げれば、天下に号令を出せなくなります」

 

 昭子が問うた。


「周を図るということはございません。しかしもしあったとしても、なぜ図ってはならないのですか?」

 

 武公はこう答えた。


「相手の五倍の兵力がなければ敵の軍を攻めてはならず、十倍の兵力がなければ城を包囲してはならないと申します。一周が二十の晋(恐らく魏を指す)に値することはあなたも知っているはずです(周は天下の共主なので二十の晋に値する)。かつて韓は二十万の衆を晋の城下で煩わせ、鋭士が死んで中士(普通の士卒)が傷ついたために結局、晋を攻略できませんでした。あなたには韓の百倍の兵力もないにも関わらず、周を図ろうとしています。これは天下が知っていることです。両周と怨みを結べば、鄒・魯の心を塞がせ、斉との交わりが絶たれ、天下で名声を失うことでしょう。これは危険なことです。また、両周を危うくしたら三川(韓)を厚くし、方城の外では楚が韓より弱くなります。その理由はこうです。西周(王城)の地は長い部分を削って短い部分を補っても百里に過ぎません。名は天下の共主でございますが、その地を分割しても肥国(大国)に及ぶことなく、その衆も勁兵(強兵)になることはできません。しかし周を得ようと図れば、戦わなくても弑君の汚名が着せられることになります。それでも事(戦争)を好む国君や攻撃を好む臣下は、用兵の号令を出して周に兵を向けようとします。これはなぜでしょうか。祭器(三代に伝えられた九鼎等の宝器)が周にあり、それを欲して弑君の乱を忘れるからでしょう。今、韓が祭器を楚に運ぼうとしていますが、私は天下が祭器のために楚を憎むようになるのではないかと心配しています。一つ喩えをしましょう。虎は肉が生臭く、しかも鋭利な爪牙をもっているにも関わらず、それでも人は虎を討とうとします。それは虎の皮を欲しているからです。もしも沢の中に住む麋(大鹿)が虎の皮を被っていれば、人々は万倍の欲をもって麋を撃つでしょう。楚の地を分割すれば、肥国を形成でき、楚討伐の名を使えば尊王になります。今、あなたは天下の共主を害して三代の伝器を奪い、三翮六翼(九鼎)を独占して世主の上に立とうとされていますが、これは貪婪というものでしょう。『周書』には『興隆したければ先行しない(率先して乱を起こさない)』とあります。祭器を南に遷した時、諸侯の兵が楚に至ることでしょう」

 

 楚は周攻撃の計画をあきらめた。

















「どういうつもりか?」


 夜、小さな火がゆらりと部屋の中を揺れる中、秦の宰相・魏冄ぎぜんはそう言った。


「どうとは?」


 男が尋ねる。


「汝だろう。楚を煽ったのは」


 その言葉に男は笑った。


「バレましたか」


「全くお前という男は……」


 魏冄は首を振る。


「本当に白起はくきよ」


「そろそろ主上の使命を果たさなければならないのですよ」


 白起はそうからからと笑った。



 

 

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