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剣の娘  作者: 風城国子智
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 気が付くと、リズミは雑踏の中に立っていた。

「ここ、は……」

 傍には、呆然と立っているセアと、そのセアにすがりついたままのアンという名の少女がいる。おそらく、ジュリアが転移の魔法を使ったのだろう。この前の少年といい、ジュリアといい、この街には魔法が掛かり難いセアを魔法で他の場所に飛ばすことができる、魔法力の強い者がかなりいる。さすがに首都だ、気を付けなければ。リズミはフンと鼻を鳴らした。

 しかし、さすがに雑踏の中で立ち尽くしているわけにはいかない。リズミはセアを少女ごと抱え込むように腕を伸ばすと、手近な脇道へ移動するようセアを促した。

「すごい、人ね」

 リズミの胸の中で、セアが声を出す。都に出てくるまではずっと、人の少ない場所で暮らしていたセアにとって、人がたくさんいる光景は見慣れないものなのだろう、少し息が荒くなっている。大丈夫だ。そう言うように、リズミはセアの背を撫でた。

 ミーゼス王国の首都は、ユール平原を流れるフェ・イェール河の傍、街道沿いにある。河による交易と街道による交易で栄えているから、小さくとも他の国に負けない王国がここにある。

 と。

「お家」

 不意に、アンがセアの腕から離れる。脇道を雑踏とは逆の方向へ進むアンを、セアとリズミは慌てて追いかけた。

「……え」

 暗い脇道を出て、驚く。

 人々で溢れかえっていた場所から道一つ奥へ行っただけなのに、大人が二人並んで歩ける通りには人っ子一人いなかった。周りの建物も、漆喰が禿げ、窓の板戸が壊れて垂れ下がっている。通りの敷石も、剥がれている場所の方が多い。この落差は何だ? リズミは正直驚きを隠せなかった。栄えているのは、見せかけだけなのか?

 次の瞬間。殺気を感じ、通りの向こうを見る。ここより更に荒れた家屋の前で、小さな影が大きな影と対峙している。

「リズミ」

 アンを捕まえたセアが、大きな影を指し示す。大きな影は、小さな少女を抱えるようにして持っていた。

「妹を返せ!」

 小さな影の、少年特有の甲高い声が、耳を打つ。

〈行くか〉

 弱い者を放ってはおけないセアの性格は、リズミが一番良く知っている。こういう性格も、ネイディアに似ている。意識に浮かび上がって来た影を、リズミは早々に追い払った。とにかく、今は。

 ここで待っているようアンに言い含めるセアを置いて、大きな影に向かって突進する。その影の、小さな少女を抱えている右腕を、リズミは確かに叩いた。

 だが。

〈……あれ?〉

 手応えの無さに、愕然とする。大きな影の方を振り返ったリズミは、影が先程の場所から微動だにしていないことに愕然とした。改めて、影を見据える。この影は、普通の大柄な人間とは少し違っていた。胸が膨らんでいるから女だということは分かる。だが、その影が纏う気配は、人間のものではない。……どちらかと言うと、魔物のもの。

〈止まれ! セア!〉

 妹を返せと叫び続ける少年の横で、衛士用に支給された重い剣を抜いたセアに、叫ぶ。この者は、セアに倒せる相手ではない。リズミ自身の力を全て使っても、倒せるかどうか。

「この野郎!」

 リズミが思案している僅かな間に、少年が魔物に向かって突進する。

「ちょっと!」

 慌てたセアが少年の後を追うのが、リズミの目にはっきりと、映った。

〈ちょっと待てっ!〉

 思案する時間も無いのか! 怒りより先に飛び上がり、セアと魔物の間に立つ。腕を伸ばしてセアを止める前に、突き出た舗装石に足を取られたセアが転けてくれたのは助かった。次は。両腕を伸ばし、今しも少年の上に落ちてきかかっていた魔物の腕を、止める。だが。

〈ぐ……!〉

 力勝負なら勝てると思っていたのだが。リズミを地面に押し込もうとしているかのような、相手の意外な力強さに、思わず呻く。負けを認めるのは悔しいが、押されるように一歩、また一歩と下がる。少年を抱き締めたセアが、リズミの思いを知ったかのように少年を抱えたまま後ろに下がってくれるのが、リズミにはありがたかった。だが。このまま下がり続けるわけにはいかないのは、自明の理。どう、するか。リズミの頭は限界まで回転を続けていた。

 と。

「……うぐっ!」

 唐突に、魔物がうめき声を上げる。唖然とするリズミの前で、魔物は咆哮を上げると煙のようにするすると消えていった。後に残ったのは、呆然とする少女と、おそらく転けた瞬間にポケットから転がり落ちたのであろう、セアがジュリアからもらったシャトル。

〈これで、助かったのか?〉

 シャトルを拾い上げ、リズミの横に立ったセアに渡す。セアは不思議そうな顔で、シャトルを受け取った。

「その、シャトル」

 不意に、少年の声が耳を打つ。シャトルを持ったセアの手を、少年が覗いているのが見えた。

「ジュリア姉さんの、だ?」

「ジュリアを、知っているの?」

 セアの問いに、少年がこくんと頷く。

「本当の姉さんじゃないんだけど、姉さんみたいな人」

 少年は「ポワン」と自分の名前を名乗ってから、セアに向かってにっこりと笑った。

「姉さんの知り合いなら、僕の知り合いだね」

「え、ええ」

 ポワンに手を取られたセアが戸惑いの声を出す。

「それにしてもすごいね。あの魔物を魔法で止めるなんて。ジュリア姉さんより魔法力が強いんじゃないかな」

 妹だという、先程まで魔物に囚われていた少女を抱き締めて、ポワンが言う。

「助かったよ。ありがとう」

「あ、うん」

 ポワンの言葉に、セアは戸惑いの声しか出せない。当然だろう。セア自身は、何もしていないのだから。魔物を止めたのはリズミだし、魔物が消えたのは、ジュリアが渡してくれたシャトルのお陰。まあ、剣魔であるリズミは普通の人間には不可視であるわけだから、セアが褒められた方がリズミには都合が良い。

「あ」

 不意に、セアが声を上げ、もと来た道を戻る。すぐに、泣きそうな顔をしたアンを連れて、セアは戻って来た。

「あの、この子のお家、知らない?」

 セアがポアンに問うと今度はポワンが不思議そうな顔をした。

「どうしたの、この子?」

 お城でのことを、セアが遠慮がちに説明する。たちまちのうちに、ポワンの顔が曇った。

「この子の家、探しても無駄だと思うよ」

 ただ静かに、それだけ言う。

 何故? セアがそう聞く前に、ポワンは妹を連れて去って行った。


 とりあえず、アンの記憶をたよりに、アンの家を探す。

 辿り着いたのは、やはり見窄らしい家々が立ち並ぶ一角の、それでも少しは賑やかそうな家。

「ママ!」

 心底嬉しそうな声で、アンが扉を開ける。

 少しの静寂の後、聞こえて来たのは罵声だった。

「なんで帰って来たの!」

 金切り声と共に、アンの小さな身体が外に放り投げ出される。地面に落ちるギリギリで、リズミはアンの身体を受け止めた。

「もうあんたはここの家の子じゃないの! もう消えて!」

 呆然とするセアの身体を空いている腕で掴み、ほうほうの体で逃げ出す。道の遠くまで響くヒステリックな叫び声に、リズミは思わず耳を塞ぎたくなった。腕の中のセアは、大きな目に涙を浮かべている。

 そして。

「言った通りだろ」

 何とか脇道に逃げてきたセアとリズミに、いつの間にか横にいたポワンが肩を竦めてみせる。

「あの女は、自分の娘を全員王宮に売ったんだ」

「売った?」

 ポワンの言葉に、セアの瞳が大きくなった。

「そう。知らなかったの?」

「ええ」

 こくんと頷くセアに、せせら笑うように、ポワンは言葉を継いだ。この街に住む貧しい女で、娘を売る意志のあるものは皆、僅かなお金で娘を王宮に売っている。

「それでも足りないらしくて、最近では小さい子をさらう化け物も現れてるけどさ」

「化け物、って」

「そ、アンタがさっき追っ払った奴」

 何故、王宮は、小さな娘達を買ったりさらったりしているのだろう? 悄気るアンの、蚯蚓腫れに、嫌な予感が沸き立つ。

「分からない」

 セア経由でのリズミの問いに、ポワンは口を噤み、首を横に振った。

「でも、まともな扱いを受けてないのは、分かる」

 だからポワンは、妹をさらう魔物に命懸けで立ち向かったのだ。

「大人達は、みんな諦めている」

 ポワンの、悔しそうな声が、響く。

「小さな、手のかかる娘をさらうだけで、税金を搾取するわけでもなく、ここから追い出されるわけでもないんだから、ね」

 ポワンの言葉には、明らかに、侮蔑の調子が含まれていた。

「それで、いいの?」

「良くないよ」

 セアの言葉に、ポワンはむっとした表情を作る。

「だから、俺達が色々頑張っているんだ」

 そこまで言ったポワンは、不意に、しまったという表情になった。

〈俺、達?〉

「ま、まあ、ともかく、この小さいのも俺が預かるよ」

 取り繕うように、ポワンがアンの頭を撫でる。

「親に見捨てられた子をみてくれる人が居るんだ」

 ポワンの言葉に、セアは明らかにほっとした表情を浮かべた。

 それにしても、解せない。無意識に考え込む。王宮は、何をしているのだろうか? 街の状況から察すると、幼い娘を買ったりさらったりする命令は、おそらく国の最高責任者、女王から出ているのであろう。セアが生活しているところなのに、内部が分からないことが、不安でならない。

 現女王であるエナのことは、女王の住む城内で働いているにも拘わらず断片的にしか分かっていない。先代女王セレーの妹で、もうそろそろ老年に足が掛かりそうな年齢。表にはあまり出ず、政治は元老院に任せ、王宮の奥にある居室に閉じ籠もっている。エナ女王についての情報は、それだけしかない。それが、リズミを不安にさせた。

 セアの望みとはいえ、王宮に来てしまったことに、後悔を覚える。だが。とにかく今は、セアは城で働いている。帰らなければならない。

 俯くセアの背中を、リズミは励ますように軽く、叩いた。


 リズミの魔法で、こっそりと、城内の、アンを見つけた叢へ降り立つ。

 既に、夏の陽は沈みかけていた。

〈部屋に、戻るか〉

 憔悴しきったセアに、そっと尋ねる。セアはこくんと頷くと、ふらふらした足取りで宿舎の方へ向かった。

 と。

「ここにいたのか、セア!」

 隊長の声に、はっと顔を上げる。普段は自信に満ちた隊長の、落ち着かない顔に、リズミは嫌な予感が心に満ちるのを感じた。

 案の定。

「二の門と元老院議場の警備が足りないから、人を出してくれと言われた」

 隊長の声が、耳を打つ。セアは、まだここに来たばかりだ。そうリズミが声を上げる前に、隊長の声が、響いた。

「新人の方が良いと、言われたんだ」

 そんな。内部で何をやっているか分からない城なのに、危険な奥へ近づけというのか。しかしリズミにもセアにも、選択権が無いことは分かっていた。

 そっと、セアを見やる。青白い顔をしたセアの全身が酷く震えているのが、夕暮れの中でもはっきりと、分かった。

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