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剣の娘  作者: 風城国子智
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6/18

六

 身体が壁に触れる度に舞い上がる埃に、思わず咽せる。

〈セア、大丈夫か?〉

 聞こえて来た咳に下を向くと、リズミを見上げたセアの瞳が、にこりと笑った。しかしすぐに、埃が目に入ったのか、セアは俯いて目を瞬かせる。

〈擦るなよ〉

 そう、言いながら、リズミは張り付いていた壁から飛び降り、マントの端でセアの目をそっと拭いた。

 リズミとセアが掃除しているのは、謁見の間。二の門の内側の警備担当に移ったはずなのに、最初に言われた仕事が、この場所の掃除。衛士として雇われてまだ日の浅いセアには、普通に警護の仕事を割り当てられるよりは楽でマシ、なのかもしれないが、あちこちを掃いたり拭いたりする度に舞い上がる埃には、リズミは閉口していた。この場所は、かなり放置されていたようだ。

「前の掃除担当がいたのに?」

 リズミが不満を口にした時、セアは首を傾げてこう言った。確かに、先の掃除担当だと紹介があった、やたらお喋りの娘からの引き継ぎはあったが、おそらくあの娘は殆ど仕事をしていない。謁見の間の掃除担当は一人だけで、監督する人間も掃除の具合をチェックする人間もいないのだから、いくらでもサボれる。一生懸命掃除しているセアの方が真面目過ぎるのだ。

「あの人、もう田舎に着いたかな?」

 ステンドグラスに息を吐きながら、セアが呟く。引き継ぎの時、「やっと暇がもらえるんだ」と嬉しそうに話していた娘のソバカスだらけの顔を、リズミは不意に思い出した。身内の居ないセアには、娘の言葉は辛かったに違いない。リズミはふっと肩を竦めると、セアの背丈では脚立があっても届きそうにない、ステンドグラスの上の方を拭く為に再び壁に張り付いた。魔物であることは、こういう時に役に立つ。……本当は、もっと別のところで役に立った方が、リズミとしては嬉しいのだが、どちらにせよセアの役には立っている。

 跳び上がってから、ぐるりと辺りを見回す。リズミが今居る場所は、謁見の間の壁にぐるりと設けられた、警護と整備用の二階回廊。だから、吹き抜けになった謁見の間全体がよく見える。リズミが居る西側は、壁を挟んで女王の生活空間になっているから、ステンドグラスも二階部分にしかない。だが、向かいにある東側の壁には、二階部分のみならず一階部分にも、歴代女王の即位風景が描かれたステンドグラスが嵌っている。拭くべきステンドグラスは、まだまだたくさんある。リズミはふっと溜め息をついた。ここまで広いのだから、前任の娘が掃除を諦めたのも、ある意味当然かもしれない。

 そして。再び、今掃除をしている側の壁を見つめ、息を吐く。今セアとリズミが拭いているステンドグラスは、初代女王の即位を描いている。左隣は、初代女王が、圧政を敷いた前王国の暴君と対峙する場面、そして右隣には、初代女王に仕えることを拒否した前王国の貴族達の反乱に立ち向かう若い騎乗の女性が描かれている。左隣はともかく、右隣、は。心の痛みを抑える為に、リズミは目の前の掃除に集中した。

 だが。ステンドグラスの上側、薄い色の硝子が嵌められた場所からの光景に、無意識に見入られる。ステンドグラスの向こうは、女王が住まう場所。石壁に囲まれた小さな中庭が見える。その中庭の真ん中に、朗らかに笑う女王が、居た。その女王の胸にある鮮紅色の塊に、目が釘付けになる。あの、宝石は。いや、まさか、あの『石』であるわけが、ない。あの『石』は『女王の印』に嵌ってなければならないのだから。だが。……前に、少年がセアに差し出した金属、あれは『女王の印』に用いられていた金属にそっくりだった。まさか。……いや。胸騒ぎを、リズミは心の奥底に無理矢理押し込めた。現在の女王、エナは、セレー女王の妹だと聞く。ならば、正規の女王だ。あの『石』の力を抑えることは、できているはずだ。ネイディアと、ネイディアの弟のようなことには、なっていないはずだ。……だが。そこまで考えて、リズミはまだまだ一生懸命ステンドグラスを拭いているセアをじっと、見つめた。万が一の時には、セアだけは、守らねば。

「……あ」

 セアの声に、思考が途切れる。

「ここから、女王様が見えるんだね」

 いつの間にか、セアも、リズミと同じように薄い色の硝子を通して女王を見ていた。

「女王様、綺麗」

 うっとりとした声が、響く。硝子越しではあるが、確かに、エナ女王は、若く、そして美しく見えた。

「お付きの皆も、楽しそう」

 女王の周りには、紺色のマントを羽織った輝かしい近衛兵の他に、可愛らしい色とりどりのドレスを身に着けた幼い娘達が様々に動いている。近衛兵も女性で、女ばかりの光景だが、それでも、夏の光の中、セアの言うように皆楽しそうに、見える。だが。

「売られた女の子達、かな?」

 セアの呟きで、思考は現実に戻る。王宮は、女王は、都の貧しい人々から幼い娘達を買ったりさらったりしていると聞いたのは、つい最近のこと。今、リズミとセアが見ている子供達が、売られたりさらわれたりした少女達なのだろうか? だとしたら。……幸せそうだ。だが。セアが見つけた、アンという名の少女の傷が、リズミに嫌な予感を思い出させた。あまり表に出て来ない所為か、エナ女王には、秘密が多過ぎる。

 隣接する元老院の議場から、昼を知らせる鐘が聞こえて来、思わずほっとする。

〈セア、昼だ。早く行かないとまた食いっぱぐれてしまうぞ〉

 朝晩二食が普通の支配階級には珍しく、三食出してくれるのは嬉しいが、警備や雑用の人員に比べて用意量は常に少ない。リズミが急かすと、セアは雑巾を持ったまま回廊を降りる階段にその足を向けた。

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