第22話 再会
「あっ!
出来たわ!!
ティム見てた?」
氣の話を聞いてから二日後、皆は馬車の中で氣を表出させる特訓をしていた。
三人は、意識の集中しやすい手に全神経を集中させて、氣を目に見えるほどに表出させようと必死になっている。
三人の中でも上達が一番早いのがミオだった。
霊力の貯め方に通じる所があるのか、手のひら全体を光で覆うことに成功している。
リオンも辛抱強く頑張って、なんとか手のひらの一部分だけだが、光をまとうことが出来るようになってきた。
ティムも必死に体の内側から氣を捻出しようと頑張っているのだが、体の奥底から湧き上がってくる氣が手のひらに到達する前に、何かに邪魔されるように、拡散していく。
「あぁ~、くっそ、なんで出来ねぇんだよっ。」
苛立ちを言葉にするティム。
負けず嫌いの性格からか、他の二人が曲がりなりにも光を表出させているのを見て、余計に焦りが強くなる。
「焦ってはいけませんよ。これは本当に難しい技術ですから、出来ない人の方が多いと言ったでしょうに。
体の内から氣が湧き上がっているのは感じますから、落ち着いてやれば、きっと出来るはずですよ。」
今は王都も近いということで、進路は馬に任せて、全員が荷台にいる。それでも、賢いユリウスの馬はサボることなく、正確に帰路を進んでいる。
「どうやら、王都が見えてきましたね。」
「なんか、帰ってきたって気がするぜ。」
「ホントだね、王都には一泊しかしてないのにね。」
「私は、また自然がない街に入るのかと思うと、少し残念だわ。」
「でも、やっとセキに会えるね。」
「あぁ。あいつちゃんと元気でやってのかね。」
「元気じゃなかったら、あの国王をぶっとばしてやるわよっ。」
馬車は、乗合場では止まらずにそのままメインロードを通って王城へ向かう。今回は、国王直々の密命の為、罪人を連れまわしている姿を王都の民に見られたくないのだ。
城門に着くと、検閲兵と同様、王から言付かっていたのか、ユリウスの顔を見た兵士が城内に走る。
しばらくすると、国王側近の近衛兵の一団が現れた。
「連行ご苦労様でした。
王は今手が離せないため、罪人は私たちが預かります。」
「そうですか、それでは荷台にいますのでお願いします。」
「そんなことよか、セキはどこだよっ!!」
教徒達と交換に、セキを釈放してもらえると思っていたティム達がざわめきたつ。
この場にセキの姿はなく、話題にすらあがっていないのから当然であろう。
荷台に向かおうとした近衛兵達は、足を止め、騒ぐ三人を振り返る。
「これは、失礼いたしました。
小さな魔術師さんは、皆さんが旅立たれた日にすでに釈放されています。今は、無料奉仕として、兵士団に組み込まれて、周辺の安全警備の任にあたっております。」
「そんな!!
話が違うわよっ!」
「そうだ、なんでそんな仕事やらされてんだよっ!」
「セキはまだ、十歳なんだよ!!」
セキへの思ってもいなかった待遇に、再度ざわめく三人。近衛兵もこれには、困り果ててしまう。
「皆さん。まずは無事に釈放されていることを祝いましょう。
それに、国王にも色々なしがらみがあります。異端審問は教会の範疇だということはおっしゃっていたでしょう。
きっと国王は必死に頑張ってくれたんだと思いますよ。」
「その通りです。そのことでは最高司祭と相当に言い争そわれたそうです。こういった結果になったことを詫びてくれと、おっしゃっておられた。」
それでも納得は出来ない三人だったが、ここでどうのこうの言っていても始まらない。
とりあえず、釈放されたことと、王都滞在を許されていることを知り、引き下がる。大きな決め手となったのは、兵士団とはいえども、どこかの冒険者が報奨金目当てに参加している集団ではなく、国政で行っている次期騎士団候補の一団に組み込まれているということが、三人の安心感を深めてくれたのだった。
おとなしく、教徒達の受け渡しだけを済ませて、ユリウスの店へと帰ってきた一同は、周辺警備で歩き疲れて帰ってくるであろうセキの為に、暖かい夕食を準備しているのであった。
「せっかくなんだから、出所祝いをやりましょうよ。」
というミオの一言で、旅から帰ったばかりで、疲れがとれていない一行も、台所の戦場で忙しなく動き回るのであった。
「駄目だよミオ、バターは、直接火にかけたら、油分と水分が分離しちゃうから、ちゃんと湯煎しないと。」
言いだしっぺのミオだったが、料理はほとんどしたことがない。
旅の道中、リオンにばかり負担をかけないように、ティムやミオも簡単なサラダやスープ、干し肉を炒めることなどは出来るようになっているのだが、祝い料理に相応しいような物となると、どうしてもリオンの力が必要になるのであった。
その日のユリウスの武器屋、砂漠の風の居住域ではリオンの号令によって、トーイや、家主のユリウスまでもが、食材集めに走り回り、汗まみれ、油まみれになりながら、夕食の準備に勤しむのであった。
なんとか、セキが帰ってくる前に、準備を終えた一向。
任を終えて帰ってきたセキは、机の上に並べられた豪勢な食事を前に息を飲む。
「これは、、、こんな豪華な食事など生まれて初めて目にするのだ。ありがとう。」
全員が苦労した夕食は、乾麺や、から揚げ、コーンスープや市場で買った取れたての魚介類をふんだんに使用したサラダ、白身魚のソテーなど、リオンの料理の才知を活かしに活かしたものであった。
物心ついた時には、すでに師匠に連れられて旅をしていたセキにとって、こんなに沢山の料理に囲まれたこと自体が初めての体験であり、そのどれもが、頬の落ちそうなほど美味しいもので、警備の任で疲れ果てていたことなど、記憶の彼方に消し去ってしまうほどの感謝が溢れていた。
もちろん今回の食材にかかった費用については、ティム達の旅費から捻出されている。それもユリウスが負担してくれようと申し出てくれたのだが、そこまで世話になるのは気が咎めるし、なによりも、仲間のお祝いは、自分たちで準備したかったのだ。
「もぉ食えねぇ。くそっ、台所のもう一つのケーキも全部食ってやろうと思ってたのによ。」
「駄目だよ、あれは僕たちの分じゃないんだからね。残った料理は、明日にでも食べようか。」
最後に生クリームたっぷりのケーキが出てきた頃にはすでに、皆の胃ははち切れんばかりに膨れ上がっていたが、デザートは別腹の言葉の通り、きっちりと若者たちの胃袋に納められた。
どうやらローザは甘い物が好物なようで、リオンのケーキを半分以上平らげて、大きくなったお腹で身動きが取れなくなっている。
台所に余ったもう一つのケーキは、明日、朝一番に貧困地区の教会へと届けられる予定だ。
冷蔵庫という物がないこの世界では、今の冬の時期にしか食べることの出来ないデザート、それを見た子ども達の笑顔を想像して、リオンはクスリと笑みを漏らした。
「それで、セキ、何があったんだよ。」
「そうね、セキが捕えられたってティムから聞いた時には心臓が飛び出るかと思ったわよ。」
お前心臓が飛び出るのかっ!? などというティムの見当違いの言葉を無視して、一同はセキの様子を覗う。
見た目は、普段と変わらない様子のセキだが、どうして捕まったのか、そして何よりも、牢獄での辛い仕打ちが心配でならない仲間たちであった。
「その前に、改めて礼を言いたい。
私の為に奔走してくれたこと、危険な任務まで請け負ってくれた事、
本当にありがとう。」
それまで、膨れたお腹をさすっていたセキが態勢を直して、ここにいる一同全員に向かって頭を下げる。ティム達がいない間に衣食住の世話をしてくれたトーイにも同様に感謝しているのだ。
「私は、ティムと別れて教会に入った後、女性の教徒、おそらくは司祭だと思うが、に案内されて、貴賓室へと通された。
そこで、数分待ってオズワルドと名乗る高司祭にあの本で知った歴史について伝え始めたのだ。」
詳細を話し始めるセキに、皆が真剣な顔を向ける。食事の片づけをしていたリオンとトーイも手を止めて、続きの言葉を待っている。
「最初は、年齢にも関わらず真剣な面持ちで話を聞いてくれていたオズワルドであったが、話が確信に入った瞬間に、その態度は一変した。
私の太古の昔に世界を滅ぼしたのは、慈愛神であるという説を真っ向から否定し、その邪教の教えを記しているとして、あの封印されていた本を燃やしてしまったのだ。」
「なんだって!?」
「そんなバカな、それじゃぁ、何もなしに異端審問をしようとしていたっていうの?」
「あぁ。結果はすでに決まっていたのだろう。異端審問で私を死刑に処することを宣告していたのだ。」
「そんな! そんなのおかしいよ。親方の話じゃ、この国では異端であろうと、死刑になることはないってことだったよ。」
「その通りです。そもそもこの国では国教は慈愛神教と定められていますが、それを強制することはしておらず、信仰の対象は自由であり、慈愛神教から異端とみなされても、悪くて国外追放、たいていは罰金を支払うことで罪を償うことが出来るはずです。」
ユリウスはセキの口から飛び出してきた死刑の言葉が信じられなかった。別の神を信仰しただけで死刑になるような国であれば、貧困地区に太陽神の教会を建てられるはずもないのだ。
「それは、おそらくだが、話している途中で、帽子から髪の毛が見えてしまったことが原因なのだと思う。
オズワルドはそれでも、あからさまに態度を変えるようなことはしていなかったが、私の事を国家を貶める極悪人としてののしった時に、同時に砂漠の民を卑下する言葉を使っていた。」
「石の子、ですか...。」
「あぁ。」
砂漠の民を卑下する言葉と聞いて、ユリウスがつぶやく。
それを聞いてもピンとこない三人はなんの事か教えて欲しそうに両者の顔を見ている。
「砂漠の民が命を落とすと、そこから、手のひらサイズの黒い石のようなものが見つかるのです。
それがどういったものなのかを知っている人間はいませんが、その為に砂漠の民は人間のように振る舞ってはいるが、その本質は無機質な岩石から生まれてきた怪物だという意味で、石の子と卑下されているのです。」
ユリウスの言葉が終わっても、理解に時間がかかるのか、三人はポカンと口を開けたまま反応を見せない。
「に、人間じゃないだって!!?
ふざけてんじゃねぇぞ!!
セキは俺たちの大切な仲間だ!!」
最初に発言したのは、ティムだった。それをきっかけに、ミオとリオンも憤慨を顕にする。
「セキはちゃんとした人間よ、誰よりも私達が一番知っているわ。」
「本当にふざけてる。人種が違うだけで、その人の尊厳まで踏みにじるなんて許せない。」
普段温厚なリオンまで、全身を振るわせて怒っている。
セキは吐き捨てられた言葉よりも、仲間たちの想いが嬉しくて笑っていた。
ユリウスはそんな彼らを見守りながら、同郷のセキに本当に良い仲間が付いていてくれる事を心から喜んでいた。
「それで監獄では、どんな目に遭わされたの!!」
ミオは明らかに怒っている。
この上、身体的にも何かしらがあれば、そのまま王城に乗り込んでいってしまいそうな勢いだ。その時は、残りの二人も一緒だろう。
「いや、城での扱いはそれほど酷いものではなかったのだ。強いて言うならば、夕食が配膳された後だったために、一食食べ損ねたぐらいだろう。
お腹が鳴るのを聞いているだけというのは哀しいものだな。」
命の心配をしていた三人は、セキの食いしん坊な一言に笑い声をあげる。捕まる前にはユリウスからご馳走された昼食をお腹いっぱい食べていたのだから、そんなもの事を心配していたセキが可笑しかったのだ。
「なぜ、そこで笑うのだ!!」
そう言いながら、セキも笑っている。
なんだかんだはありながら、もう一度四人そろえたことで、幸せを噛みしめている一行だった。
「そっか、でも、国王は話をした後すぐに動いてくれていたみたいね。じゃなきゃ、翌日の朝に釈放なんて無理だもの。」
「そのようですね。おそらく、異端審問まで事を進められた後では、国王にも手の打ちようがなかったのでしょう。」
「そうね。近衛兵さんたちの前では、ちょっと言い過ぎちゃったかもしれないわね。」
セキの安全が確認出来ると、途端に自分たちが取った軽率な行為が恥ずかしくなってくる。近衛兵達だけではなく、他の人々にも存分に迷惑をかけてしまった。
「でもよっ、釈放で、はい終わりってなわけじゃないだぜ、そこまで気使うこたぁねぇだろ。」
「セキはいつまで、兵役させられるんだい?」
「一か月間だそうだ。それが終われば自由の身になれるのだ。」
「一か月か...。」
若者たちにとって、一か月という期間は長かった。これからの予定が決まっているというわけではないのだが、それでも、誰かから、行動に制限をかけられるのは不快な思いがした。
「よしっ!!
俺もセキと一緒に魔物退治やるぜっ。」
「何言ってんのよ!
あんたまで、国にアゴで使われる様な事なんてしなくてもいいのよ。」
「別にそんなわけじゃないさ。ただ、一か月間ただ時間を持て余すってのもなんだしよ、金も貰えるんだろ?」
「あぁ。一回の兵役で一人に付き、三十ガルドが支払われるぞ。」
三十ガルドとは日雇いの金額としては妥当な所であろう。平均的な宿での一泊の宿泊代に、食費を引いて、半分ぐらいが手元に残るような金額であった。
「それなら決まりだ!
俺はやるぜっ、ついでに強くなってやる。」
こうなれば、何を言ってもティムは止めないだろう。セキだけでは不安な事もあり、それで話を進めることにする。
「でも、いきなり行って、入れ来れるものなのかな。」
「たぶん大丈夫でしょう。公的な兵士団に配属されている事と言い、だいぶ国王が口をきいてくれているはずです。セキの仲間だと告げれば、雇ってくれることでしょう。」
「おっし、そんじゃ、ミオやリオンはどうすんだ?」
「私は、まだ図書館で調べたいことがあるからやめとくわ。」
「僕もユリウスさんに氣のことを教えてもらいたいから、遠慮しとくよ。」
「なんだよ連れねぇな。」
愚痴を漏らすティムだったが、氣の練習を一番しなければならないのは、ティムだろう。
そんな会話の中に出てきた聞きなれない言葉に、セキが興味を示す。
その日の晩は、ティムがほとんど氣を使いこなせないのを笑いのネタにしながら、四人仲良く、氣の練習を行うのであった。




