組織への復帰 1
翌日の昼前頃。
久しぶりに、リリアは自らの高層マンションにいた。
「………」
腕を組み、少し懐かしそうにリビング内をリリアは見つめる。
この部屋を訪れたのは、デミス戦以来。
セシルが城での生活を好まず、この部屋に毎回帰っているので室内は綺麗なまま。
すたすたと室内を歩き、部屋の隅に置かれた複数のアタッシュケースの前に行く。
この中には、R・ノールコロシアムで獲得したリリアのファイトマネーが入っている。
今日のリバースの会合に来るはずのエール・セフィーラにデミス戦前に取り決めていた依頼金20億を持っていくつもりだった。
「とりあえずは……足りますかね?」
桜沢グループの極楽屋銀行にほとんど全財産を入金していたため、この部屋に残されている資産はリリアのファイトマネーのみ。
アタッシュケースを開けて確認した結果、なんとか20億はギリギリあった。
「まあ、なんとかなりますか」
大雑把に札束を数え終え、問題なさげに語る。
それから、リリアはR・ノールの黒塗りの屋敷に向かうため屋敷へ向かう空間転移のゲートを潜った。
黒塗りの屋敷の自室となった部屋に来たリリアは、すぐに気づくことがあった。
部屋を出た先の廊下に、誰かが二人いる。
「エールさんと、セフィーラさんですね」
待っていたんだ、くらいの軽いノリでリリアは部屋の扉を開く。
「よっ、久しぶり」
軽い感じで呼びかけるセフィーラがいた。
今日のセフィーラは年相応の綺麗なエルフ族の女性としての姿をしていた。
隣に、ゴスロリ姿のエールもいた。
「姉貴……」
若干うつむいた状態で、エールはリリアを姉貴と呼んだ。
「リリア、気にしないでね。この子は今でもリリアをノールさんだと思っているから」
セフィーラはエールの肩に手を置く。
「あの戦いでリリアが死んだと思っていたから、ずっと自分のせいだって塞ぎ込んでいたの。この子、案外強そうに見えても打たれ弱いから」
「エール」
名を呼ばれ、エールはリリアを見る。
リリアの声色ではなかった。
聞きなれていた、あの懐かしい声。
瞳の色も青色に変わり、雰囲気もリリアのものではない。
そして、エールはリリアに抱き締められる。
「ボクだとよく分かったね、家族の絆ってやっぱりあるんだあ」
抱き締めながら、リリアはエールを褒める。
「……分かるよ、だってアタシだもん」
エールもリリアに抱きついた。
「今、ボクはリリアちゃんの体を一時的に間借りしているの。リリアちゃんはR・ノールではないから、ボクのことは秘密にしといてね」
「それってどういう……でも分かったよ。アタシは姉貴のことを誰にも言わない。だって、姉貴がいなくなった理由って……」
「そう、エールの思っている通りだよ」
リリアの雰囲気がわずかに変わる。
「この状況を作り出したあいつらをボクは絶対に許さない。相馬を筆頭にあいつらドールマスターたちは絶対に」
「ドールマスターたちって……?」
リリアの言葉にエールは衝撃を受ける。
なぜなら、エールも相馬と同様にドールマスターの一人。
「エール、貴方にお願いがあるの」
「えっ、う、うん、分かった。でも、アタシも……」
「リリアちゃんはボクの娘なの。ボクの家族で頼れるのは君だけだ。リリアちゃんを守ってあげてほしいの」
「分かったよ、アタシできる子だから」
次第に、エールは落ち着いてきた。
なんとかノールの力になろうと色々とリリアのために考え始めた。
ノールは妹のエールを全く信用していない。
今までのノールなら塞ぎ込んでいるエールを見れば、姉として大事な妹を積極的に支えようとしたが今では慰めの言葉一つさえかけない。
塞ぎ込んでいることを良いことにずっとノールはエールの心を揺さ振り、自分とリリアのためになるように使おうとしていた。
「姉貴、兄貴は……ミールはまだ姉貴を倒すのを諦めていないよ」
「うん、知っている」
「今度はアタシが姉貴を守るから」
「………」
優しそうな笑みをリリアは表情に浮かべる。
「ジーニアス君……今はセフィーラと呼んだ方が良いかな?」
リリアはセフィーラに声をかける。
「魔導人としての君の力は、リリアの支えとなる。ボクのいない間、どうかリリアを守ってほしいの」
「そんなこと言われなくても僕はリリアを支えるよ、ノールさん」
「ふふっ」
とても嬉しそうにリリアは頬笑んだ。
自分のために魔導人にまでなってくれたセフィーラを、ノールは心底信頼している。
そんな中、三人が話している最中に屋敷のエントランスに入ってきて話を聞いていた人物がいた。
「なにをやってんだ、あいつら?」
エントランスで眺めていたのは、聖帝会№2のアーティ。
今日もアーティは着古した上下黒のスウェット姿。
正直な話、アーティはノールを気に入っているが、そんなに好きではないという立ち位置。
なぜなら魔力体優位主義思想の内容が一方的過ぎるからだ。
一方的に魔力体を知れだとか、魔力体こそが最上だとか、魔力体がいるからこそ総世界で能力者が魔法を扱えるとか。
そんなことばかり宣っていれば、どう考えても嫌われるに決まっている。
要は自己中な意見が嫌われているだけで棲み分けが大切。
R・ノールは良い奴だと思うし、自分の作った世界に隠遁するなど止めてさっさと帰ってきても構わないと考えている。
だが、今後も当面九割程度の長い期間を自分の世界で引きこもっていてほしいとも思っている。
今さっきのリリアを介して自らの意見を述べられる状況からして、ノールが帰ってくるのはもう間近と見ている。
「あちゃー、こりゃもう終わったな、株式会社バロック。ノールも草葉の地獄で泣いとるわ」
なぜ、ノールがドールマスターたちを嫌っているのか。
アーティはその理由を知っている。
ドールマスターたちがノールを探し続けているのも含めて。
そっと、アーティはスウェットのポケットから煙草を取り出す。
うんざりすると煙草を吸うのが、アーティの習慣であり日課。
このおかげでアーティは年に100回は禁煙を達成できている。
静かに煙草を咥え、ライターで火をつけ、一息吐く。
直後、アーティは恐ろしいものを目にする。
自然とした、ゆっくりとした動きで、リリアがアーティに視線を振った。
「オラっ!」
かけ声とともに目の色を変えたリリアがフルスイングで拳を振るう。
約十数年振りに訪れる久しぶりの感覚。
久しぶりの感覚に、アーティはうっかりしていた。
パワーバランスが一変したこの御時世で、聖帝会№2のアーティに暴力を振るうものなど存在しない。
それが、ノールが戻ってきて。
R・ノールコロシアムでの対ノール戦時と同じ向きから繰り出される豪快なフルスイング。
「そうだった、オレはこいつに……」
頬を拳で打ち抜かれ、地味に危険な角度で頭からエントランスに叩きつけらたアーティはエントランスの隅に転がった。
「あー、やっぱり痛いな」
問題なさそうに、リリアは語る。
手の骨どころか、腕の骨まで完全に折れている。
聖帝の生命力により魔力から解き放たれたアーティは、今では生命力で強固に守りを固めている。
あえて殴りつけたのは、どの程度で戦えば良いかをリリアに実戦で伝えるため。
今、リリアとアーティが手を組んでいる事実をノールは知らない。
もし今後、対聖帝会となった場合でもリリアが勝てるようにしたいとノールは考えている。
というのは単なる建前に過ぎず、実際はムカつく馬鹿が全面禁煙の屋敷内で煙草を吸っていたから殴っただけ。
ノールもアーティを気に入っているが、なんかのついでに死んだらええとは思っている。
「ふう……」
リリアは溜息を吐く。
次第にリリアの瞳の色が青色から、赤色へと変化していく。
一瞬腕が火を宿したように光り、折れていた腕が完全に治る。
炎人能力を駆使して治療していた。
ノールからリリアへと意識が切り替わった様子。
「そこに、アーテ……ゴミが落ちていますが気にしないでほしいとお母様がおっしゃておりました」
「あーうん……あっ、もしかして今はリリアに戻った感じ?」
ちらっと、セフィーラはアーティを見る。
「まあそれでも良いんじゃないかな?」
セフィーラが適当に答え、それから三人はノール・杏里の自室へ向かって歩き出す。
「リリアちゃん、これからはアタシをエール叔母さんと呼んで。アタシの大事な姪っ子なんだから、アタシが守ってあげるからね」
リリアに対する口調が柔らかになり、エールには優しさが満ちている。
これは、リリアに対するシスイの対応と似ている。
「ありがとうございます、エールお姉様」
「ふふっ、んふふ」
にたにた笑い、エールは顔が若干赤くなった。
「良いねえ、それ。アタシがお姉様だなんて……シスイにも呼んでもらおっと」
それをどこか笑いを含んだ表情でセフィーラが見ていた。
「エールおばさん」
「1、2才しか離れていないのにおばさん言うの止めて」
結構ガチめにエールは怒っていた。




