元の木阿弥
「あの二人が…」
リリアはアーティとクァールの対応を思い出す。
露骨に仲が悪そうに見えたが、実際はしっかりとした信頼関係が構築されている。
あえて仲が悪そうに見せる流れが、二人にとっての利点に繋がる。
そういう関係性もあるのだと、リリアは認識した。
この関係性はもしかすれば、自らと綾香との関係性にもあるのでは。
あのように敵対的に作り上げていたのは、なにかしらの他を欺くためだったのではと、リリアは考え始めていた。
「リリア姫様」
急いだ様子で、店員の若い男性がリリアの前まで来てひざまずく。
「あの方たちは全て貴族の方たちだったのですね……ジスさんも……」
「?」
なんの話だと、リリアは思う。
と同時にある考えが思い浮かんだ。
もしかして、空間転移の話なのかと。
「なぜ貴方は彼らが貴族と思われたのですか?」
「彼らがこの場所から一瞬で姿を消したからです。貴族の方たちはそれができるのです」
「なるほど」
やはりそうだったかとリリアは納得した。
自らのバースデーの際などに、王族や貴族たちは早馬を飛ばしたわけでもなく普通に時間通りに辿り着けていた。
「おそらくはそうなのでしょう……」
一応そう答えたが、この世界の理を今でもよく分からないリリアには実際どうなのかは不明。
「数日中に、ジスは帰ってくるでしょうから貴方は店の対応をお願いしますね」
「お任せください」
ゆっくりとした足取りで、リリアはジスのブティックを後にする。
「………」
本当に、ジスは帰って来てくれるのか。
寂しさが溢れ、リリアはセシルに会いたくなった。
「………?」
そう思い立ち、歩を進めようとした時。
自らの感覚が抜け落ちていくのを感じた。
この体調の悪さは、以前体感したから覚えている。
セレニアを取出産した際に、自らの魔力の流れが完全に壊れた時と似た感覚。
今現在の状況が相当に不味いのは、リリアにはよく分かる。
「………」
無言のまま、正面にある城を見上げる。
とても歩いては戻れない。
リリアは自室を基点に空間転移を発動。
一瞬のうちに、リリアは自室のベッドの隣に現れた。
「セシルさん……」
名前を呼び、すぐにセシルの居場所が分かった。
セシルは普通にリリアのベッドで寝ていた。
リリアは知らなかったが、リリアを起こして朝の支度を済ませ、食事などに向かわせたら、セシルはリリアのベッドで二度寝をする習慣がある。
「そこから退いてくれませんか……」
一度、呼びかける。
普通に寝ているので返答はない。
「全く……」
体調が悪かったリリアはベッドに潜り込む。
それでもセシルは退いてくれず、リリアはセシルの顔を叩いた。
「起きてください」
それでも起きない。
ただ、静かに。
「あと……5時間だけ……」
とだけ、セシルは語る。
返答はしていても、これは寝言に近く、起きる気配はない。
こうなった時のセシルはまず起きない。
次第にリリアはイライラし始めていた。
ふいに、リリアは強い魔力の波動を感じた。
先程、自らが自室に現れた位置の方から。
セシル側に向けていた身体を、リリアは身体を捩り向き直す。
「お、お母様」
そこには、R・ノールと杏里の姿があった。
「やあ、リリアちゃん。アーティはもういないね」
慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべ、ノールが呼びかける。
リリアもノールと再び出会えたことが嬉しく自然と頬笑む。
流石に横たわってもいられず、リリアはベッドから這い出た。
這い出ては来たが、とても立ってはいられず、ノールに抱きついた。
「リリアちゃん、魔力が」
即座に、リリアの異変にノールは気づいた。
魔力が乱れるというレベルを超えている。
リリアという魔力体の存続すら危ぶまれる事態。
「以前もこんなことがあったのです……」
ノールにふれられて、リリアは魔力が再起し始めているのを感じている。
「リリアお母様?」
いつの間にか、リリアの足元にセレニアの姿があった。
心配そうな表情で、セレニアは魔力の供給を行っていた。
「リリアちゃん、その子は?」
「私の娘、セレニアです」
「えっ、そうなの?」
ノールは杏里の方を向く。
「いつの間にか、お婆ちゃんになったみたい。君もお婆ちゃ……お爺ちゃん」
「ノール、リリアは」
杏里、今の言い間違いをスルー。
見た目で女性扱いされるのは慣れている。
「分かっているよ。このボクがあの世界から、リリアちゃんの世界から抜け出したからリリアちゃんの根幹となる魔力が欠落したんだ。一刻も早く戻って、リリアちゃんの世界にボクに匹敵する魔力を用意しないといけない」
杏里、リリアをじっと見据える。
「杏里くん、リリアちゃん、愛しているよ。少し時間はかかるけど、また戻ってくるから」
リリアの前から、ノールの姿は消えた。
リリアの世界に戻ったようで、リリアの体調は急速に改善した。
「リリア、君のおかげだよ。ノールは帰ってくることを前向きに捉え、本当にボクと一緒に来てくれた」
「あの世界を見れば分かりますよ、お母様は本当は帰りたがっていましたからね」
「そうだったね、あの世界は過去のスロートをそのまま創り上げたようだった」
「ねえ、ねえ、リリアお母様!」
はしゃいだ声を出しながら、セレニアが杏里の足をバシバシと叩く。
「この方はどなたですか?」
相当の魔力量から、とにかくセレニアは興味があった。
「止めなさい、セレニア。はしたないですよ」
「はい!」
セレニアは叩くのを止めた。
「ところで、セレニアちゃんはリリアの子供で良いんだよね?」
「その通りです」
「そもそもとして、リリアは相当若いけど、相手は誰なの?」
「この方ですよ?」
自らのベッドで今でも寝ているセシルの方に手のひらを向ける。
「この人……女性だよね?」
「見ての通りですよ?」
「魔力体でもないよね」
女性同士では、そもそも子供ができない。
「それはですね……」
こうなった経緯をリリアは簡易的に伝える。
こうなったのは、魔力体とシェイプシフターとの種族と、インキュバスの能力のおかげ。
「なるほど、インキュバスにそんな能力が……」
杏里にとある発想が浮かぶ。
それならば、年令的に若過ぎて無理な自分とノールの間にも子供が。
「ん?」
急に嫌な予感を杏里は感じ取る。
「クァールさんがこの世界に立ち入ったことに気づいたかもしれない。嫌な予感がするからボクはこの世界を離れるよ」
「ええ、構いませんが」
「そうだ、リリア。コロシアムに復帰して、身体ももう大丈夫ならリバースの会合に出てみないかい? 会合は明日の12時なんだよ。皆にリリアの無事な姿を見せてほしいの」
「そうですね」
もうすっかり、リバースのことなどリリアの記憶にはなかった。
とりあえず顔見せ程度はしないとなとは思う。
ついでに、一緒にデミスと戦ってくれたセフィーラとエールに謝礼金をまだ払っていなかったこともリリアは思い出す。
これまた久しぶりに自らのマンションに行き、ファイトマネーを持っていこうと思った。
「それじゃあ、ボクはもう行くよ」
杏里は空間転移を発動。
リリアの前から姿を消した。
「……誰かとしゃべっているの?」
眠そうに横たわったまま、セシルが語る。
目も開かずに。
「全くこの人は……今さっきまでお母様と杏里さんがいたんですよ」
「そうなんだ……」
再び、セシルから寝息が聞こえ始めた。
今の反応には、リリアは正直ムッとしている。
「リリアお母様」
セレニアがリリアの足を伝ってよじ登ってきた。
「さっきの人の魔力を少し奪っておきました。とても強力な魔導人ですね」
「本当ですか、セレニア? 貴方は将来有望な、とても優秀な子です」
口ではそういうが、なんと怖いもの知らずなのか。
なるべく武の道から遠ざけなくてはと、リリアは思わざるを得ない。
「調子も良くなってきましたから、少し散歩でもしましょうか」
セレニアを抱っこして、リリアは城の中庭に向かった。




