小さな復活
あれはあの夜だ。
僕は柴崎の両親が哀れで柴崎が可哀相で、そして失った小さな命と短い命の自分が辛くて悲しくて髙の腕の中で泣きじゃくっていたのである。
彼のスーツは僕の鼻水や涙で濡れてぐしゃぐしゃになってしまっていた。
「良いから、玄人君。気にしないで泣いていていいから。」
抱きしめる髙の腕も時々背中を軽く叩く手も、父親が子供を慰める手の感触だった。
僕が泣いても壊れても、揺るがない温かみのある安全な懐。
カラン。
心地のよい氷がグラスに当たる音に顔を上げると、楊がソーダの入ったグラスを僕に差し出していた。
グラスを受け取ると、ソーダにはほんのりとウィスキーの香りもする。
「ほら、水分補給だ。それで、泣きたいだけ泣きな。」
ぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷい。
僕達は一斉に数秒間固まり、その数秒の間の後に、音のした方向へブリキになったような動きで一斉に首を向けた。
異音を立てた方向には、弔い用で白い大判タオルが掛けられて白い棺となったケージがあるだけだ。
「……泣きました?」
「嘘、鳴いていた?」
「ちゃんと死んでたでしょ。確認したよね。」
ぷいぷいぷいぷーいぷーいぷーいぷーい。がちゃんがちゃんがちゃん。
「暴れているって。嘘。」
「ペットセメタリー?」
死んでいた生き物の甦りに髙も楊も怯えている。
僕だって信じられないよ。
願いたくても僕は願わなかったのだ。
柴崎みたいに生き返らされた者が可哀相ではないか。
「お前らちゃんと死んでいたか確認したのかよ。」
誰よりも破壊的で懐疑的な良純和尚がケージに向かった。
「やめなって、百目鬼。きっとそいつは凶暴な魂が入った凶悪な生き物だ!」
「おかしなものになっていたら玄人君がもっと傷つくから、彼を部屋から出してからにしましょう。ちょっと、百目鬼さん!」
そんな事を聞く訳が無いのが我らの良純和尚だ。
そして僕は動けなかった。
別の生き物になっていても、動くアンズをもう一度殺すなんて僕には絶対に出来やしない。
何よりも、動くアンズにもう一度会いたいのだ。
ケージの中はがちゃがちゃと今も騒いでいる。
バサッ。
無情なる良純和尚によってタオルは剥がされ、そこにはケージに体当たりしたばかりの万歳姿のアンズがいた。
「嘘、凶悪なほど可愛い姿。」
楊が驚きに右手で自分の口を押さえ、絶賛の声を上げた。
「アンズちゃん!」
僕は駆け寄り、ケージの中の彼女に手を差し伸ばした。
触れてみてすぐに判ったが、彼女は凶暴でもゾンビでもなく、数時間前に事切れた時と同じ魂の、生きている可愛いアンズだった。
「どうして君が生き返るの?そんなこと誰も願わなかったのに。」
アンズの体に頬ずりをすると、彼女の鼓動がよく聞こえた。
「あぁ、本当に生きています。どうして?本当に、どうして?彼女の寿命も延びています。」
僕はアンズを彼女が大好きなように抱きしめ直した。
服にうんこが付いても知るものか。
「ちょっと、俺にも触らせて。確かに一緒にケージに戻した時は死体だったよな。」
信じられない顔の楊がアンズを撫でた。
「生きているよ。普通に。マジ生きているよ。良かったな、お前。良かったな。」
楊はアンズを触ったばかりの手で僕の頭をガシガシと撫でた。
「死んでいなかったんだろ。気絶していただけじゃないのか?お前みたいに。」
いつの間にか僕が貰ったハイボールを飲んでソファで寛いでいる良純和尚が、騒ぎ立てる僕達に面倒臭そうな口調で言い放った。
「いえ、確実に死んでいましたって。」
そこで僕は見通したのだ。
大丈夫だと、見通してアンズが悪魔でも、僕は彼女を決して手放さないと決意しながら。
なんと、アンズの向こうにはサラサラと艶やかな葉っぱが揺れていた。
あぁ、ダイダイだ。
「ダイダイが命をくれました。ほんのちょっと。自分はまだまだ生きれるからって。」
なんて優しい木なのだろう。
人間が対の仲間を切ってしまっても変わらずこの土地を守り続けている。
そんなにもあなたの守る神様は輝いていたのか。
あなたはそこに生き続けることで記憶を守っているのだ。
それはそれは、大事な特別なものだから。
「アンズちゃん。君はとてもとても特別なんだよ、僕には。そして、良純さんも楊さんも髙さんも、僕には特別です。」
良純和尚も楊もいつもの「当たり前だ馬鹿。」を連発してくれたが、髙はとても安心したような温かい笑みを僕に返してくれた。
これがあの夜の顛末だ。




