脱衣所にて
楊の家の脱衣所は、初めてこの家に来た時の僕には一番怖い場所だった。
ダイダイの木の下に埋められた遺体の恨み、それが神木のパワーに乗ってこの家に向かってきていた。
その呪いの根元に近い場所なのだから、一番濃くて一番強烈なパワーを浴びるところだったのだ。
しかし、遺体はダイダイの根元にはもうないし、呪いは良純さんが全て祓ってくれた。
そして、この脱衣所を含むバスルームは、忙しいくせに家事を怠らない楊によっていつもきれいに磨かれている清潔そのものの空間となっている。
「いい方に変わるなら動く方がいいんだ。」
僕は自分のそう言い聞かせた。
本当はもっと生きたいという自分を正当化したかっただけかもしれないが。
体を拭き終わった僕は下着を履いた。
その時に見慣れていたものが消えている事に気が付き、洗面台の鏡を覗き込んだ。脱衣所の洗面台の大きな鏡に、自分の上半身が映っている。
鏡に映る青年?少年にしか見えない体には、鳩尾の下から下腹部にかけて三つの痣があったはずだった。
けれども今は二つしか残っていない。
右手を持ち上げると、そこにあるのは傷一つどころか痣も消えた手の甲だ。
「やっぱり良純さんは凄いなぁ。」
僕は呟く。
彼はあの土地の汚れ全てを吹き飛ばしたのだ。
一切合財。
僕の苦しみも悲しみも一部だけ含んで。
僕は振り返り、この脱衣所の壁一枚隔てた直ぐ向こうを見通した。
青い葉は艶やかに輝き、金色の実をたわわに実らせて風に幹を揺らしている。
実際はほとんど葉が落ちて実も取り除かれた哀れな姿になったダイダイの木だけれど、僕はあの木に救われたのだ。
「本当の君だったら、この成長しない体を厭うたかな?それならいいよね。僕には贈り物でしかないから、この体をもらってもいいよね。」
鏡の中の少年に語りかける。
胴体は小学生並みにしか成長しておらず、手足だけが伸びて長いという蜘蛛みたいな不恰好なこの体。
僕は女でも男でもない僕でしかない魂だけれど、本物の玄人は男の子の意思を持って成長していたのだとしたら、この遺伝子異常を持つ性の無い体に苦しみ悩んだのだろうか。
「僕が本当の君じゃないかもしれなくても、僕はもう少しこの体で生きていたい。ごめんね、この体を僕のものにしたからね。だから、君を愛してくれた人達に時々でも安らぎを与えるから、どうか許してくれる?君を愛した人達を騙し続ける事になるけれども、僕も彼らを愛し続けるから。だから、許してくれる?」
どん。ドアを叩く音にびくりとした。
「おい。お前の子供が呼んでいるから早く出ろ。俺も早くシャワーを浴びたい。」
ドアの向こうの楊に叱られてしまった。
僕は慌てて楊から借りた長袖シャツとジャージズボンを身につけ、急いで脱衣所を飛び出した。
「すいません。どうぞ。」
楊は僕との入れ替えで脱衣所に入り、そしてすれ違いざまに楊は僕の頭をそっと撫でた。
彼は僕の独り言を聞いていた?
「まあいいや。」
僕はリビングルームへと楽しい気持ちで歩いていく。
僕の子供が待っているのだ。




