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004:天正三年 三月中旬:謁見


種子島時尭。


種子島家十四代目当主にして、種子島を治める島主である。

何よりも知られているのは、鉄砲への並々ならぬ執着――いや、愛好ぶりであった。

かつてポルトガル人から鉄砲二丁を買い求めた際、その代価が金二千両だったのか、銀二千両だったのかについては諸説ある。

ただ、当時の種子島家の財政を考えれば、銀二千両とする方が現実味はあるだろう。

購入した二丁のうち、一丁は当時十六歳だった時尭が手元に置き、飽くことなく鉄砲を弄り回した。

そして残る一丁は研究のために分解され、その構造を詳しく調べられた。

それがやがて国産化、量産へとつながり、日本を鉄砲大国へと押し上げることになる。

また、主家である島津家と争っていた禰寝家から、密かに側室を迎えて子をもうけたという逸話もある。

もっとも、そのことが正室に露見し、ついには離縁されてしまった。

鉄砲に対する慧眼とは裏腹に、女房のこととなると……どうにも締まらぬ男である。

そんな種子島時尭が、赤尾木城の奥の間で、織部から話を聞いていた。


「本当かぁ? おじじ」


時尭は、いささか疑わしげな目を織部へ向ける。


「嘘偽りはなかでごわんど!」


織部はそう答えると、パンパンと二度、手を打った。

すると控えていた小姓たちが次々と姿を現し、それぞれ膳に載せた品々を運び込んでくる。

水、砂糖、液体石鹸、圧気発火器。そして、膳には載せられぬため、そのまま運び込まれたクッション。

いずれも次郎が作り出した品々である。


「これは……」


時尭は一つずつ手に取り、確かめていく

少し甘みを感じる清い水。

市場の砂糖よりも白く、純度の高い砂糖。

汚れを洗い落とすとされる液体。

火打石すら必要とせず、一瞬で火を起こせる道具。

そして、腰を下ろせば身体を柔らかく受け止める敷物。


「あぁ――ああぁ……」


もはや、それらを表す言葉が見つからない。

時尭は夢中になって品々を手に取り、眺め、触れ、確かめていく。

その様子を眺めていた織部は、思わず腹を抱えて笑った。


「がはははは! おいどんと同じ反応をしおっが!」


時尭の姿に、かつて自分が次郎の品々を目にした時のことを重ねたのである。

そして織部は、これらが単なる珍しい品ではないことを、時尭に懇々と説いた。

山田次郎という男が、種子島家にどれほどの利益と繁栄をもたらし得るのか。

その有用性を、余すところなく。

やがて、時尭は自らの目で次郎を確かめたいと思うようになった。




登城当日。


次郎は、ひどく緊張していた。

これから会うのは、種子島の最高権力者。

織部と親しく言葉を交わすようになったとはいえ、相手は島主である。

粗相があれば、ただでは済まぬ。

胃が、きりきりと痛む。


「織部様、本当にこれで大丈夫でしょうか?」


「何か失礼に当たることはありませんか?」


「話し方は……こうした方がよいでしょうか?」


登城する前から、次郎は織部に礼儀作法や立ち居振る舞いをあれこれ尋ねていた。

だが、当の織部はというと――


「よかよか」


そう言って、豪快に笑うだけだった。

次郎にしてみれば、それが一番気になるのである。




「――面を上げよ」


静かな声が響いた。

次郎が顔を上げる。

その正面に座しているのが、種子島時尭であった。


時尭は、じっと次郎を見つめている。

値踏みするような視線。

それは、かつて鉄砲を初めて目にした時と同じだった。

己の直感に問い掛けているのである。


――この男は、本物か?と。


「山田よ。そちが作った品々、どれも見事である」


時尭はゆっくりと口を開いた。


「他にも、新たな物を発明出来ると聞いておるが……まことか?」


「は、はい。材料さえあれば」


「ほう……」


織部から『この男は種子島家に必ずや繁栄をもたらす。決して手放してはなりませぬ』

と、念を押されていた時尭だったが、ここで少しばかり遊び心が湧いた。


「ふむ。では、何も持たずとも何か出来るか?」


「……はい」


次郎は迷うことなく答えた。

時尭の口元が、わずかに吊り上がる。

どうやら試すつもりらしい。

もっとも、織部から聞かされていた算術の腕前を確かめるため、廊下にはすでに勘定奉行まで控えさせている。


「では、襖を開けていただいてもよろしいでしょうか?」


次郎はそう願い出た。


「外の景色を見たいのです。屋久島と大隅国までの距離を測ってみたいと思います」


「……なに?」


時尭と織部が、同時に目を見開いた。

屋久島と大隅国。

その距離を、今ここで測るという。

時尭が小姓へ目配せすると、襖がすっと開かれた。


次郎が外へ出る。


その後を、時尭を先頭に家臣たちが続いた。

次郎はしばらく景色を眺めると、指を使って何やら測り始めた。


「ここから屋久島まで、およそ十二里」


次いで、遠くへ目を向ける。


「大隅の陸地までは、およそ十里ほどでしょう」


その言葉に、時尭も家臣たちも息を呑んだ。

次郎が行っていたのは、いわば指を使った簡易な測量だった。

だが、実際には測ってなどいない。

そもそも次郎の頭の中には、地球科学者として長年培ってきた知識と、現代の日本地図が刻み込まれている。

種子島から屋久島までの位置関係も、大隅半島までの距離も、次郎にとっては未知のものではなかった。

ただし、距離を表す『里』などの単位については、以前から綾に尋ねて覚えていた。


「……」


時尭も、家臣たちも、言葉を失っている。

そして、その後に行われた勘定奉行とのやり取りを目の当たりにして、時尭はようやく理解した。

この男は、ただ珍しい品を作れるだけの男ではない。

物事を知り、考え、そして知らぬことすら自らの知識から導き出すことが出来る。

種子島家にとって、これほど有用な男が他にいるだろうか。

やがて時尭は、印判状を取り出した。

こうして謁見は終わった。


その印判状は、単なる命令書ではない。

次郎に与えられたのは、島内を自由に調査する権利。

そして、その調査に必要となる場合、島民へ協力を命じる権限であった。

――島内自由調査権。

――島民への強制協力。

戦国の世において、それは次郎にとって何より強力な後ろ盾となった。




翌日から、次郎は積極的に近辺の散策へ出るようになった。

お供を務めるのは、先日の権兵衛と弥助。

そしてもう一人。織部の目を盗んでは、綾がこっそり付いてくる。

弥助は気さくな男で、次郎も気兼ねなく話ができた。

一方の権兵衛は、いささか堅い。

挨拶に始まり、挨拶に終わる。言葉遣いも振る舞いも律儀そのもので、いかにも実直な武士といった印象だった。

ところが、自作塩水の話を始めた途端、その口が驚くほど軽くなる。


「山田殿、この塩水というものは実に面白い。汗をかいた後に飲むと――」


「樺山殿、随分と詳しくなりましたね」


「……いや、これは、その……」


本人は照れ臭そうに咳払いをする。

どうやら権兵衛にとって、自作塩水はかなり気に入ったらしい。

そんな三人と綾を連れ、次郎は周辺の地質を調べ、使えそうな植物や鉱物を探して歩いた。

本当なら、もっと遠くまで足を延ばしたい。

現代にいた頃、何度か見に訪れたロケット発射場など、思い出深い場所も自分の目で確かめてみたいと思っていた。

だが、そう簡単にはいかない。

種子島は決して小さな島ではない。

島の反対側まで行こうと思えば、直線距離ですら五十キロを超える場所がある。

日帰りなど、とてもではないが無理だった。

そこで次郎は、織部に島全体の調査を願い出た。


「一週間ほどお時間をいただければ、島内を出来る限り調べて回りたいのですが」


しかし――


「ならん」


あっさり却下された。


「……なぜですか?」


次郎が尋ねると、織部は渋い顔をする。

何人かの供を付けることを条件にすれば、長旅そのものは認めてもよい。

だが、綾が同行すると言って聞かない。


「あたいも参ります!」


「ならん!」


織部は即座に言い切った。

何しろ一週間の長旅である。

日帰りの散策とはわけが違う。


「嫁入り前の娘に、そのような旅をさせるわけにはいかん!」


「でも――」


「ならんち言ったら、ならんッ!!」


結局、島全体の調査計画はお蔵入りとなった。

それでも綾は諦めない。

行儀見習いの稽古から抜け出しては、次郎たちの後を追おうとする。

見つければ侍女に引き渡す。

ところが、しばらくするとまた姿を現す。

それが何度か続いた。

そして夕刻、屋敷へ戻れば――


「山田! 綾!」


織部の説教が待っている。

なぜか次郎まで一緒に叱られるのである。


「私は連れて行った覚えはありません……」


「ならば、なぜ止めぬ!」


「……それは、その……」


返す言葉がない。

正直なところ、次郎としては懐かれるのは嬉しかった。

だが、どう接すればよいのかが分からない。

娘はおろか、姪っ子すらいない。

己の人生を振り返ってみても、研究に明け暮れるばかりで、気がつけば独身のまま五十歳になっていた。

そんな男に、十歳の少女の扱いが分かるはずもない。


「……子供って、難しいな」


そんなことをぼやきながらも、次郎は綾を邪険にすることができなかった。

こうして、調査と綾との追いかけっこに追われる日々が続いていった。

そんなある日のこと。

次郎のもとへ、一つの吉報が届いた。


「山田殿。織部様よりお達しです」


「……何でしょう?」


「領内見分に同行せよ、とのことです」


「――本当ですか!?」


次郎の目が輝いた。

それは、島全体を調べることこそ叶わなかったものの、次郎にとって初めて訪れる大きな調査の機会だった。



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