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第23話 ひめ子の部屋

「待ってください」

 友麻くんが梨奈の袖をつかんだ。


「サン・ジェストさんは、一般の人に絶対に会いません」


  確かに


 ビターバレー芸能事務所は同族企業。

 社長サン・ジェスト・カオルはメディアに出ない。

 経歴不明。

 写真すら公表されていない。


  ルイ・アントワーヌ・レオン・ド・サン=ジュスト


 フランス革命の美貌の革命家。

 別名。


  死の天使長


 革命の名の下、たくさんの同志を処刑した。


  ギロチン

  

 梨奈も断頭台に送られるかも。


  望むところだ

 

「会わないなら、スクランブル交差点で訴える。

 ビターバレーは、アイドルを搾取する最低最悪の事務所だって」


  友麻くんを救うためだったら梨奈は何でもやる


 渋谷のスクランブル交差点は外国人の聖地。

 全世界にアピール。

 サン・ジェスト・カオルと刺し違えだ。


  待てよ


 英語でなんて叫べばいいのだろう。

 大矢先生に聞いてみようか。


「岡林さん、中学で英語の授業を受けなおしなさい」


  叱られる


 とにかく渋谷に行こう。

 最悪、ボディランゲージだ。

 


 市民会館を出た梨奈はビデオカメラを突き付けられた。


「市長、どこへ行くんですか?」


  稲田媛子


「まだ勤務時間中ですよ」


 稲田は梨奈にマイク付きのビデオカメラを向けている。


  ひめ子の部屋


 稲田は、YouTubeを開設。

 旧大宮市役所から撮った映像を流している。


  ちょうどいい


「私はこれから乃木坂のビターバレー本社に行きます」

 梨奈は稲田のカメラを見つめた。


「大宮で生まれ育った渡辺友麻くんやサン・ジェストさんに搾取されているビターバレーの子たちを救うためです」


 稲田に視線を向ける。


「稲田さん、ひめ子部屋にアップしてください」


「ちょっと、ちょっと!」


 大きな声がした。

 サングラスをした男がカメラの前に立ちはだかった。


「変な言いがかりをつけてもらっちゃ困りますねえ。名誉棄損で訴えますよ」


 別の男が市民会館から出ようとしている友麻くんを抑えている。

 ビターバレーのボディガードだ。


「かまいません」

 梨奈は男を押しのけて稲田のカメラの前に立った。


「私は旭を救いたいんです。

 友麻くんは疲れています。

 須田くんは演劇をやりたがっています。

 旭のみんなは、ふたりの願いを尊重して、旭を解散するつもりでした。

 だけど、サン・ジェストさんは」


「カメラを止めろ!」

 男が稲田のカメラに手を振りかざした。

 

  バキ! 


 大きな音。


  なんだ? 


 男が消えた。


「続けてください」

 稲田は梨奈にビデオカメラを向けたまま。


 男はどこに行った。


  うわ!


 梨奈を制止した男が市民会館の前の木に引っかかっている。


  何が起きたんだ


「なにしやがる!」

 友麻くんを抑えていた男が稲田に襲い掛かった。


 稲田が左手を振った。

 

  ド~ン! 


 男が消えた。


「キャー!」

 市民会館隣の山丸児童公園から悲鳴があがった。


  白井助七翁之碑

  しらいすけしちおうのひ


 男が児童公園に展示されている蒸気機関車C1229の前に立つ、大宮に鉄道の駅を作ろうと運動し、鉄道工場を誘致した大宮維新の人、白井助七を称えた石碑に蛙みたいにへばりついている。


「友麻くんを救う理由をお話ください」

 稲田は右手でビデオカメラを構えたまま。


 梨奈を見つめる丸いメガネの奥の目。


  怖い


 怯むな。


「私はアイドルです」


 梨奈はチームMのリーダー。

 大宮市長だ!


「アイドルは夢を与える仕事です。

 私はОMGの子たちに言っています。

 お金を、コインを求めるな。

 お客様の笑顔を糧《かて》にしろ。

 ステージで勝負しろ。

 お客様に夢を与えろって」


 去年の憲法記念日の劇場公演。

 コインをねだっていた駒場咲良と円阿弥(えんなみ)沙織は、研究生から正規メンバーに昇格。

 指導した甲斐があった。松を目指せ。


「ビターバレーは逆です。

 旭のみんなが国立のライブを断ったのに、ソバーバに情報を流しました。

 大きなお金がかかっている国立ライブを中止したくないからです」


 お金が大事なのはわかるけどね。

 

 OMGは南銀の劇場の家賃も払えなかった。

 梨奈は松を譲らない。


「お金儲けの優先の事務所にいる子たちが可哀そうです。

 雷電のリーダーの大杉勉くん、おーちゃんが宮古島から出てこないのは、事務所に嫌気がさしたからです」


『ジョージさんは金儲けが好きだからなあ』

 ヒロムくんは寂しげに語っていた。


『利潤、効率、右肩上がりの成長戦略。

 リーダーは戻ってこないだろうね』


「そもそも、雷電が、いけないんです」


 ヒロムくんを思い出したら腹が立ってきた。


「リーダーのおーちゃんは釣り、ヒロムくんは政治。

 国立競技場のステージに立とうとしないなんて、アイドル失格です」


 梨奈は稲田のカメラを見つめた。


「国立競技場はアイドルにとって夢の舞台なんです」


  夢は大きく

  おかりんりん

  みんなで行こう

  新国立~!


「アイドルは、みんな、国立で単独ライブをやること、7万人の歓声を浴びることを夢見てレッスンに励んでいるんです」


 いつの日にか

 きっと


  国立競技場

  7万人


 大きなステージで!

 大観衆の前で!

 スポットライトを浴びて!

 

  歌い、踊るんだ!


「ファンも同じです。

 国立競技場で大好きなアイドルと夢を共有したいんです」


 現実は厳しい。


  MUFGスタジアム

  国立競技場


 矢沢永吉、めいちゃん、Ado、SnowMan、櫻坂46、ミセスグリーンアップル、=LOVE、TWICE、Stray Kids。


 国立でライブが開催できるアーティストは、ほんの一握り。

 

「夢をお金儲けの手段としか考えないビターバレーのサン・ジェスト社長。

 ファンが待ち望んでいた最高の舞台を蹴った雷電は許せません」


 雷電は、国立ライブを、出来たんだ!


「どっちも私が潰してやります。

 失礼します!」


 稲田のカメラに向かって一礼をし、梨奈は大宮駅に向かって歩き出した。


「市長、車でお送りします」


 サングラス、黒服の男が立ちふさがった。

 慇懃な口調。

 ビターバレーのボディガードだ。


「結構です。電車で行きます」


 利益供与。

 受けてたまるか!


「オカリナさん、僕も行きます!」

 友麻くんがついてくる。


 ♪ムーブ 君が好き

  ムーブ さあ動くんだ♪


 歌声が聞こえた。

 振り返ると稲田媛子がM!(ムーブ) を口ずさみながらビデオカメラを畳んでいる。


  そうだ

  稲田も

  動け!


「稲田さん、一緒に乃木坂に行きましょう。

 ひめ子の部屋で独占生中継をしてください」


「私は、大宮を動けません」


 稲田は寂しげに答えると旧大宮区役所に戻っていった。




 南銀の入口。

 朝から飲めるいずみや本店の前で梨奈はたくさんの女性に取り囲まれた。


「市長さん、お願いです。ビターバレーを潰さないでください」

「雷電は私の生きる力なんです。復活を毎日お祈りしています」

「ビターバレーがなくなったら、私、死んじゃいます」


 友麻くんの周りはビターバレーのボディガードが円を作って固める。

 ファンは近寄れない。


「安心してください。私も、ビターバレーが大好きです」

 梨奈は立ち止まって応えた。


  やばい


 稲田媛子のカメラの前で言い過ぎた。

 修正しよう。


「私はビターバレーが今以上に素晴らしい事務所になって欲しいのです」


  嫌だなあ


「雷電の復活も願っています。サン・ジェストさんとヒロムくんに頼んでみます」


  嫌だ、嫌だ


 政治家の答弁。

 いつの間にか、身についちまった。


 しっかし、みんな、早いなあ。


 稲田媛子、誉めてやろう。アップが早い。

 なんで、大宮市に移らないんだ。


 ボディガードも根性がある。

 稲田に弾き飛ばされた二人の服はボロボロ。サングラスも曲がっている。

 めげずに友麻くんのガードを続けている。

 ビターバレーが潰れたら大宮市で雇おう。



 ♪ムーブ 君が好き

  ムーブ さあ動くんだ

  私が動けば

  ムーブ 世界が動く

  変わる変える♪ 


 梨奈と友麻くんが大宮駅のエスカレータを昇ると構内に、M!(ムーブ) の大合唱が響いた。


「SNS、観ました。オカリナ市長、がんばってください」

「応援しています、ビターバレーを救ってください」


 たくさんの女性に握手を求められる。

 いずみや本店前での梨奈の発言を誰かがSNSに投稿したらしい。


  がんばります

  任せてください


 握手をしながら大宮駅の改札口を抜ける。

 湘南新宿ラインで渋谷、地下鉄銀座線、千代田線に乗り換えて乃木坂に向かおう。


 逗子行きの電車が4番線に入ってきた。


  あちゃ~、10両


 座れない。


 友麻くんはボディガードに囲まれて4号車グリーン席。


  いいなあ


 梨奈は普通車。


 3号車は池袋、新宿、渋谷に向かう人たちで大混雑。


「市長さん、お座りください」

 柄が黒いメガネをかけたオールバックのお婆さんが席から立ち上がった。


「ビターバレーとの戦いに備え、渋谷までお身体を休めてくさい」

 

  黒いマオカラー


 中央はボタン留め。下はパンツ。

 両方の胸と袖には、蓋がついた4つのポケットがある。

 

「ありがとうございます。大丈夫です」


 梨奈は断った。

 お婆さんの席に座る。

 ありえない。


  戦い


 お婆さんの口調も怖い。

 立つ場所を変えようかな。


「市長さん、私は、四人組のファンでした」

 黒いマオカラーのお婆さんが微笑んだ。

「赤い手帳を振り回して、渋谷を練り歩いていたのよ」


  紅衛隊!


 四人組の過激ファン。


「メンバーのポジションを変えろと紅衛隊が事務所に押し掛けた。

 ビターバレーがでっち上げた嘘です。

 私は、応援メッセージを渡しかっただけなのです」


 ♪希望(ゆめ)のまち♪


 発車のメロディが大宮駅4番ホームに響いている。

 JRは発車チャイムを変えない。

 

「ビターバレーには新しいグループが次々と生まれていました。

 四人組、がんばれ。

 私は、ずっとついてゆくよ。

 それを伝えたくて、独りで宮益坂にあった事務所に行ったのです」


  プシュ


 逗子行湘南新宿ラインの扉が閉まった。


「お座りください」


 梨奈は紅衛隊のお婆さんに促した。

 湘南新宿ラインは揺れる。

 

「ビターバレーは、なんの力もない、普通の女の子だった私を俎上に載せ、四人組を自己批判に追い込みました」


 紅衛隊のお婆さんは座らない。


「百花斉放。日本の芸能界に革命を起こす。

 サン・ジェスト・カオルは叫んでいました。

 だけど、走資派、商業主義に飲み込まれた」


 お婆さんが微笑んだ。


「市長さん、民衆を連れて行きなさい。

 独りで闘ってはだめです。

 公開の場で、討論をするのです。

 民衆は、みんな、あなたを応援しています」


 梨奈のスマホが鳴った。


「失礼します」

 梨奈は紅衛隊のお婆さんに断ってスマホを取り出した。


『リーダー、ネットですごい反響です』

 大和田灯里からのライン。


『リーダーの動き、生中継されています。注意してください』


 梨奈は背筋を伸ばした。

 梨奈にはスマホが向けられている。


  オカリナ市長が私の隣にいる

  素敵、普通の女の子

  電車が混んでいるのに、お婆さんとにこやかに話をしている

  私も見習わなきゃ


 女性を中心とした多くのツイートが飛び交っている。


  いいぞ


 SNSを利用しよう。

 公開の場で、サン・ジェストさんと話すんだ。


 紅衛隊のお婆さん、ありがとう。


  あれ?


 メガネ、オールバック。

 黒いマオカラーのお婆さんがいない。


 湘南新宿ラインは、さいたま新都心に停車しない。

 紅衛隊のお婆さんはどこに行ったのだろう。

 

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