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第10話 10色の脅迫

 6月7日。

 大宮市長選挙が告示された。


 岡林陣営は大宮駅西口そごう前で第一声を上げた。


  うわ~、すごい人!


 選挙カーの上で梨奈は足が震えた。


  人! 人! 人! 人 !人!


 たくさんの人が集まっている。

 ペデストリアンデッキは人で埋まっている。ソニックシティまで人でいっぱい。

 

 OMG劇場のステージとは次元が違う。


  落ち着け! 


 梨奈は心を奮い立たせた。

 一流のアーティストやアイドルにとっては見慣れた景色。


 梨奈、お前は、国立競技場のステージに立つんだろ!


  駄目だ


 声が出ない。


「オカリナ、僕がやるね」

 群衆を前に固まった梨奈に代わって安田がマイクを握った。


「女性のみなさん、自独党の横暴を許していいんでしょうか!」


 選挙運動の準備は全く出来ていない。


 ポスターなし。ビラなし。

 協和党の公認は書類だけ。

 掲示版に貼る人、ビラを配る人がいない。

 選挙カーは安田に借りた。

 

 選挙カーの写真はデビュー当時の梨奈。

 南銀のОMG劇場に貼られていた写真を加工してスーツを着せた。


 10年前の写真。

 あ~、恥ずかしい。


「しかし、みなさん、ご安心ください!」

 狂ジローと奈良たか子首相を批判した安田は梨奈を指さした。


  はい、なんでしょう


「大宮の市長に立候補した岡林梨奈さんは、OMGに身も心も捧げました!」


  そうです


 梨奈は頷いた。

 アルバイトもしていません。


「皆さん、陰謀論に惑わされないでください!」


 そのとおり!

 枕営業なんかしていません。

 相手が、蠅島。

 問題外。


「オカリナは、男性経験がありません! 真っ白な女性です!」


  はい?


 安田のバカ、何を言い出す。


 足の震えが止まった。身体が、か~と熱くなった。


「ホントなの?」

 応援に来た協和党代表の蓮沼が梨奈に顔を近づけた。


「はい」


  事実です

  嘘偽り、ありません


 選挙カーの上で梨奈が顔を赤らめて肯く場面。

 集音マイクでしっかり取られ、ワイド・ショーで繰り返し流された。




「リーダー、当選確実ですね」

 夜公演、灯里は親指を立てた。

「祝勝会は、盛大にやりましょう」


「駄目だよ。残念会になるかもね」


  レッドラビット恐るべし


 6月7日午後1時。

 狂ジロー陣営は、大宮駅東口高島屋前で集会を開いた。


 集会は、さいたま市の歌「希望《ゆめ》のまち」の大合唱で始まった。


「わあ~、きれい」

 映像を観た梨奈は感嘆の声をあげた。

 

  あお

  みどり

  ふかみどり

  オレンジ

  そらいろ

  バラ色

  さくら色

  あか

  レモン色

  やまぶき色


 高島屋の前が、さいたま市の10の区の色に染まっている。


  希望のまちに戻ろう  


 集会の参加者は、スローガンが印字されたTシャツ、タオルを身にまとい、のぼりを掲げている。


 駅前通りは通行止め。

 車道に設けられた10基のステージの上で子供たちが、「希望《ゆめ》のまち」のダンスを躍り、周りを10色に染められた群衆がくるくると巡る。

 

  レッドラビット

  凄いなあ

 

 狂ジロー陣営は大宮駅東口を占有。

 誰が許可したのかな。

 

 狂ジローの演説が始まった。


「皆さん、昨日、大宮で何があったか知っていますか?」


  ドキ


 梨奈の胸が高まった。


「今朝、そごうの前で集会を開いた女性が代表を務めるグループが、警察や行政の許可を得ず、南銀で、握手会を強行しました」


 握手会に許可がいるの?

 梨奈はОMGの代表じゃないよ。


「オタクと呼ばれている汚らしい連中が、たくさん、たくさん、集まりました」


 女性のファンもたくさん来てくれた。


「奴らは、路上で煙草を吸い、徒党を組み、酒を飲んで騒ぐ。大宮駅の周辺は大きな混乱に巻き込まれました」


 煙草、酒、徒党を組む。

 全部、狂ジローの配下の仕業。


 ОMGの古くからのファンはゴミ拾いまでやってくれた。


「みなさん、大宮が、さいたま市から離れて、本当によかったのでしょうか? 

 大宮は政令指定都市でなくなりました。

 財政、教育、市民の皆さんの生活水準は、大きく低下します。

 市長選挙の期間も1週間です」


 短くて助かった。

 政令指定都市のさいたま市の市長選挙の選挙期間は2週間。


「離脱は南銀に劇場があるグループの代表の私利私欲によるものです」


 だから、違うって。

 OMG劇場は大宮市営になって欲しいけど。


「私は、決してくじけません。

 当選後は、さいたま市に、再度の合併を申し入れます。

 みなさん、大宮を、10の色に、再び染めましょう!」


  バ~ン!


  あお

  みどり

  ふかみどり

  オレンジ

  そらいろ

  バラ色

  さくら色

  あか

  レモン色

  やまぶき色


 号砲とともに、高島屋が10色の紙吹雪に包まれた。


  美しい


 梨奈は感動した。

 

 すごいなあ。

 お金がかかっている。

 演出も素晴らしい。


  選挙は祭り


 宇都宮線の上級国民のお爺さんの例えは当たっている。

 

「安田さん、私、やっぱり、市長選挙、辞めます」

 午後4時半、梨奈は堀の内の選挙事務所でため息をついた。


「狂ジローには勝てません。

 選挙を辞めて、供託金を返してもらいます」


 レッドラビットは凄い。


 物量、資金、人員、集会の演出。

 梨奈とは段違い平行棒。

 お祭り騒ぎに慣れている。


「それに、私、市長になっても、なにをするのかわかりません」


 梨奈の公約。


  愛の市政を目指します

  大宮をふるさと納税に選ばれる魅力的な夢の街にします

 

 具体的施策、なし。

 考えてもいない。


「立候補受け付け時間終了後は、立候補の取りやめはできないよ」

 安田は梨奈に冷たく告げた。

「受け付けは5時まで。今からじゃ間に合わない。

 供託金は返ってこない。いいの?」


  困る


 供託金は梨奈の貯金から納付した。


 蓮沼が公認しても、お金を支払うには協和党のいろんな部署の決済が必要。

 供託金は取り返したい。選挙運動、やるしかない。


 供託金の没収ラインは、有効投票総数の10%。


 大宮市の有権者数は45万人。

 市民は投票に行かない。

 さいたま市長選挙の投票率は20%。


  45万人×20%×10%=9,000


 目指せ、1万票!


 梨奈は、朝5時起き。

 始発で選挙事務所に向かい、状況分析と打ち合わせ。

 8時から選挙カーに乗って遊説開始。


「岡林梨奈で~す。よろしくお願いしま~す」


 マイクを握るのは梨奈。

 運転手は安田の奥さん、百合子さん。


「買い出しで慣れているからね。運転、まかせてよ」

 

  大丈夫かなあ


 ポスター、ビラの作成。

 選挙カーのレンタル、運転手の日当、ガソリン代。


 選挙の経費には公費負担制度がある。

 事前に業者と契約、申請が必要。


「早く申請しましょう」


 ポスターくらい作りたい。


「供託金が没収されたら、経費は、全部、オカリナが払うんだよ」


 安田の指摘により断念。

 選挙カーの運転は、百合子さんに頼る。


「リーダー、私たちも、ウグイスさん、やらしてください」

「ボイストレーニングです」


 ОMGの若手メンバーからの申し出を梨奈は断った。


  危険だ


 梨奈の選挙カーは、さいたま市の区の色に塗装された車に囲まれる。


 前10台。


  あお

  みどり

  ふかみどり

  オレンジ

  そらいろ

  バラ色

  さくら色

  あか

  レモン色

  やまぶき色


 後ろ10台。


  あお

  みどり

  ふかみどり

  オレンジ

  そらいろ

  バラ色

  さくら色

  あか

  レモン色

  やまぶき色


 対向車線を走る車。


  あお

  みどり

  ふかみどり

  オレンジ

  そらいろ

  バラ色

  さくら色

  あか

  レモン色

  やまぶき色


 10色の車に乗っている人は何も叫ばない。

 梨奈の選挙カーの走行を妨害をしない。

 交通法規を守り、梨奈の選挙カーを、粛々と包囲。

 

  すごいなあ

  お祭りの山車だよ


 梨奈の選挙カーは10色に埋没。

 

 東大宮駅東口。

 選挙カーを砂の万灯を描いたロータリーに停める。

 さあ、演説だ。


 駅前を群衆が行き交う。


 老若男女。

 着ている服の色。


  あお

  みどり

  ふかみどり

  オレンジ

  そらいろ

  バラ色

  さくら色

  あか

  レモン色

  やまぶき色


 10色の群衆は無言。行き交うだけ。

 梨奈の声は、10色の波に吸収され、消えて行く。

 

  たいしたもんだよ

  統制が取れている


 ヘイトスピーチ、つきまとい。明らかな選挙妨害、なし。


 自独党だかレッドラビットだか知らないけれど、すごいね。

 なんとしてでも狂ジローを市長にしたいんだ。

 

 ОMGのメンバーが参加したら大変。

 どんな嫌がらせをされるかわからない。


 傷つくのは梨奈だけでいい。


 梨奈は安田から選挙戦の厳しい情勢を告げられている。


 期日前投票の投票率は30%を超えた。

 異常に高いのは狂ジロー陣営の締め付け。


「投票しているのは、中小企業や商店の人たち。従業員の人も狂ジローに投票している。投票用紙を写メして月下茂太後援会に報告しているんだって」


「それって、違反じゃないんですか? チクりましょう」


 灯里の問いに梨奈は首を振った。


「写メは禁止されていない。月下の後援会も報告を求めていない。

 みんな、自主的にやっている。岡林梨奈に投票したって疑われたら、仕事がなくなるって怖がっているんだ」


 供託金没収ラインが上がる。

 投票率30%で13,500票。40%で18,000票。


  あ~あ


 梨奈の訴えを誰も聞いてくれないのなら、選挙公約に掲げればよかった。


  岡林梨奈は、見沼区を、なくします!


 見沼区の有権者数は13万4千人。

 二割の人が梨奈に賛同して投票してくれたら供託金が取り戻せる。


  無理だね


 劇場公演に集中しよう。

 松を維持しなきゃ。

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