山に魅せられて[21]
最近、本当に自分が分からない。
仕事は楽しい。
ファッションに興味があって、洋服が好きで、夢を持って学び、憧れの会社に入り、そして重要な工程を担っている。
それはとても名誉な事で、胸を張って挑めばいい。
そんな仕事だからこそ、繊細な技術が求められる。だけど、多少失敗したって自分自身を卑下する必要もない。
昔から「失敗は最高のもと」なんていう言葉もあるけど、それを踏み台にして、さらに上にある目標に向かって手を伸ばしていけという事。
納期はあるけど、納得いく1着のためにはじっくり時間をかける。
憧れて入社した会社は、そんな社風だし、そんな中で働けるなんて、私は幸せだと思う。
型紙を作る。
衣服の製作工程の中でも、寸法や形状に対し、とても繊細さが要求される。
言うならば、どの工程であっても繊細さを欠くことは出来ないんだけど、型紙はデザイナーの意図を、布をカットする工程に的確に伝える作業。
細かくサイズ設定されているのなら、サイズ毎にバランスも変わるので、そこまでを意識しながら各サイズ用の型紙を作る。
そして、ここから切り出された布を縫い合わせて、1着の衣服が出来上がる。
その先には、着用するお客様の笑顔があるはず。
なんて素敵な仕事なんだろう!
そんな難しいけれど素敵な仕事に携わる私も、徐々に上司や先輩の信頼を獲得しつつある。
胸を張っていいはずなんだ。
なのに、自分自身の満足度は極めて低い。
何でなの?
もっと笑顔になればいいじゃん。
部屋のテーブルに置いた、伊吹山のパンフレット。
手に取ってみると、藤野さんの笑顔がぼんやり浮かぶ。
鮮明ではないけど、とても嬉しそうに、そして凄く楽しそうに私にウェルカムイベントを提案してくれたはずなのに、そのお話を上の空で聞いていた私って何なんだろう。
考え事。
ずっと頭から離れなかったのは…?
何故なんだろう。私の頭の中を支配するのは、朝比奈さんの屈託ない笑顔。
初めてベルグを訪れたその日から、私の脳裏にはいつも朝比奈さんが居る。
あの明るさ。
童顔だけどとても整った顔立ち。
あの笑顔。
比べてみると、私って何でこんなに暗いんだろうなんて思う。
こんなに恵まれた環境で、こんなに素敵な仕事をしているのに、何で笑顔になれないんだろう。
「伊吹山かぁ。藤野さんは私のために山岳会の皆さんを集めてのイベントを企画してくださってるんだ…」
このイベントには、朝比奈さんは参加してくれるんだろうか?
そう思うと、一瞬にして仕事のことが頭から離れていく。
そしてそこに気付くまでには、大した時間を要しない。
1人の時間に私は、何度もこれを繰り返しては勝手に自己嫌悪に陥る。
あぁ、私って何なんだろう…?
「あの…谷山さん…」
「どした? 急に…」
何だか泣きたくなって、私は谷山さんに電話をかけた。
谷山さんはいつものように優しい口調で、私の心の傷を包み込むように癒してくれる。
だけど…?
その傷って何? どこにそんな傷があるって言うの?
ただ勝手に自己嫌悪に陥って、訳もなく泣いてるだけじゃん。
「私…、何でだろう。朝比奈さんが頭から離れないんです」
谷山さんは、少し間を置いてから吹き出すかのように言った。
「それってぇ、別に悩む事じゃなくない? 歩果ちゃんはそれだけ華のある子よ」
その言葉に私は、ひとつ新しい事を知った。
歩果…朝比奈歩果って言うんだ。
大好きな仕事でも、身が入らない事ってありますよね。
雑念とは言わないけど、そこに苦悩する事でまた別の思考が生まれて、仕事にまで影響しちゃう。
人の心って、結構脆いのです。
アクセスありがとうございます。
次回、「山に魅せられて[22]」
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