山に魅せられて[20]
「藤野君、何か嬉しそうね。いい事あったの?」
「い、いえ、久しぶりの新メンバー加入でしょ。しかも若い人。だからウェルカムイベントにも力入りますよ」
谷山さんから声をかけられた藤野さんは、満面の笑みでそう答えた。余程嬉しかったんだと思う。
京都ベルグ山岳会には、およそ50人のメンバーが居ると聞いている。
だけどその多くがご年配の方だそうで、藤野さんや谷山さんなどはいつも皆さんを気遣い、自身のペースでのハイキングやトレッキングが出来ないでいるとか。
それをストレスと感じる訳ではないけど、若年の会員が増える事は、どこか力強くも感じたりするかもしれない。
やっぱり嬉しいはずだ。
それなのに、逆に私…。
「何か考え事されてたみたいで、僕がお話してても、聞いてくれてるのかなぁって感じだったんです。イベント的な事、興味ないんですかねぇ」
笑いながらも怪訝そうな表情を隠せない藤野さんに、谷山さんは自分の事ではないというのに、申し訳ないと言わんばかりの苦笑いで応えたそう。
「あらぁ、そうなんだ。じゃあ私、明日会社で話してみるわ」
「すみません。お願いします」
お店では、私のあとから訪れた谷山さんと、そんなやり取りがあったそう。
それでも笑顔を隠しきれない藤野さん。
一方で私は、彼のそんな気持ちを知る由もなく、お話も上の空。
考える事といえば、朝比奈さんばかり。
休みなの? 今日は会えないの? 体調不良だったりしないよね?
そんな事ばかり。
あぁ、何て失礼な事を。藤野さん、ごめんなさい。
「田上さん。昨日、藤野君とお話した件…」
「あ、ウェルカムイベントですね?」
私があまり話をまともに聞いていなかった事は、谷山さんにも心配をかけるに至っている訳で。
「何か気になる事でもある? それか、そういうの苦手なのかな?」
「いえ、違うんです。藤野さんには悪い事したとおもってます。でもいつもお店に行ったら、最初に声かけてくれるのは朝比奈さんなので。昨日は居なかったから、どうしたのかなぁなんて心配しちゃって」
居ないだけでいちいち心配する方がおかしい。
仕事すれば、必ず休日がある。誰だって365日ずっと働いてる訳じゃない。それは労基法で定められてるんだから。
私がおかしいのは分かっている。でも、朝比奈さんの笑顔を見ると、私も元気になれる。笑顔になれる。
朝比奈さんは、人を元気にする力を持っている。
少なくとも私はそう感じているし、会いたい理由もそれだ。
―きっとそうに違いない。
「ちょっと…声、大きいわよ」
休憩時間ではあるものの、つい力が入ってしまった私を制止するかのように、谷山さんは私の言葉を遮った。
我に返って周りを見渡してみる。
ドキッとした。
宮地さんの視線が冷たく鋭い針の如く、私の胸を突き刺す。
「深入りすんな」
その言葉を思い出すと、何となく申し訳ない気がして、私は宮地さんにコクッと頭を下げた。
宮地さんは、それに応える事なく私から目線を逸らす。相槌を打つ気にもなれないって事なのね。
そしてその刹那、「チッ」と舌打ちするような音が聞こえた気がした。
さすがにこれはまずいと思ったのかもしれない。
宮地さんと私を交互に見ながら焦りを隠せない、谷山さんの表情が窺えた。
私は気まずくなって、また「お手洗い」などと誤魔化して部屋を出た。
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次回、「山に魅せられて[21]」
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