06.モブ令嬢は隣国へ向かう③
遅くなりました。
扉を開いた護衛騎士の手を借りて、馬車から降りたリージアとイザベラを出迎えたのは、伝令を聞き走って来たであろうオベリア王国の兵士達だった。
「リージア」
先に馬車から降りていたユーリウスが駆け寄り、リージアが馬車から降りるのに手を貸していた護衛騎士の手を叩く。
「私の婚約者に触れるな」
騎士を一睨みして退かせたユーリウスは、驚くリージアに微笑みかけて彼女の手を取る。
「もう、ユーリウス様ったら」
役割を全うしていただけの騎士に嫉妬心に呆れ半分、嬉しさ半分の気持ちでリージアは隣を歩くユーリウスを見上げた。
王宮内へ入ってすぐに、出迎えた女官と連れられてイザークとイザベラは両親である国王夫妻のもとへ向かい、リージア達は貴賓室へと案内された。
「ルブランの王宮も華やかですが、オベリアは色彩が豊かというか、凄いですね」
王宮内は壁面や柱の細部まで金銀と宝石で装飾され、通された貴賓室も室内の見事な装飾と調度品が置かれおり、室内を見渡したリージアは感嘆の息を吐く。
「オベリアは金鉱山と様々な宝石の鉱山があり、砂漠の下にも魔石の原石が埋まっていて、昔から宝石類の加工が盛んなんだ。気に入ったなら、明日金細工の店を見に行こうか?」
身を屈めて、椅子に施された金細工を確認するリージアの隣に座り、ユーリウスは彼女の髪に触れる。
「はい。金細工職人の仕事を見てみたいです。マンチェストの事業の取引先を確保出来るかもしれませんし」
「……職人の方に興味を持つとはリージアらしいな」
瞳を輝かせるリージアの答えを聞き、ユーリウスは苦笑いした。
「あー疲れたな」
窓を開けて庭園を眺めていたブルックスは、ソファーに腰を下ろすと整えていた髪を手櫛で崩して大欠伸をする。
「馬車だと寝転べないし、うるさくて寝られなかったから眠い。少し寝かせてもらうよ。呼ばれたら起こしてよ」
「ブルックスお兄様?」
立ち上がったリージアが視線を向けた時には、すでにブルックスの目蓋は閉じており規則正しい寝息も聞こえてきた。
「馬車の中でも眠そうにしていたし寝かせてやろう。イザークから話しかけられて、寝られなかったんだろう」
リージアの手を握ったユーリウスは、眠るブルックスの向かいのソファーに座るよう促す。
「イザーク殿下とはどんな話をしていたのですか?」
「それは、まぁ、色々だよ」
眠るブルックスを横目に言葉を濁したユーリウスは、扉の横に立っているオーギュストを見上げた。
「……オーギュスト、部下と一緒に少しだけ外に出てくれ」
「殿下、いくら愛しい婚約者殿と離れていて寂しかったとはいえ、不埒な行為はいけませんよ」
「なっ、不埒!?」
「不埒?」
キョトンとなったリージアは、顔を赤くするユーリウスと楽しそうに笑うオーギュストを交互に見た。
「そ、そんなことはしない! 長時間離れていたんだ。リージアとゆっくり話してもいいだろう」
「ぷっ、了解しました。リージア様、危険を感じたら叫んでくださいね」
「オーギュスト!」
立ち上がりかけたユーリウスに向かって頭を下げて、笑顔のオーギュストは部下の騎士を連れて部屋の外へ出て行った。
息を吐いてソファーに座り直したユーリウスは、赤くなった顔を片手で覆う。
「ユーリウス様、大丈夫ですか」
触れたユーリウスの手は熱く、羞恥で赤くなった彼の目の下には隈が出来ており、魔獣との戦闘と馬車旅での疲労以上に彼が消耗していると、ようやくリージアは気付いた。
「魔獣と戦って魔力を使ったのに側にいられなくて、王宮の装飾に気を取られてしまってごめんなさい」
寄りかかるユーリウスの背中に手を回してそっと抱き締める。
「あの程度の戦闘、魔力の消費は問題ない。あるとしたら、この香りだ。王宮内に焚き締められている香、イザークによる魔除けらしい。香水にように甘ったるい香りも苦手だが、この香りも刺激が強いな。呪いなんだろう。魔力が込められている」
オベリア王宮内に焚き締められているのは、砂漠地帯で栽培されている特殊な花の香。
香辛料に似た独特な香は、微弱な魔力によって結界の役目をしているらしい。
息を吐いたユーリウスは、凭れ掛かったリージアの肩に頭を乗せて、彼女の髪の香りを胸いっぱい吸い込む。
「確かに、ここは独特な香りがしますね。イザーク殿下にお願いして、滞在する部屋だけでも結界を張らせてもらいましょう」
「……結界石を使えばいい」
「お兄様?」
閉じていた目蓋を開いたブルックスは、軽く頭を振り目元にかかる前髪を掻き分けてから、ジャケットの内ポケットから紫紺色の魔石を取り出して手のひらの上に乗せた。
「これ、まだ開発途中の試作品だけどね。殿下の魔力は使わないし、安眠効果のある魔道具だって言い張れば、オベリア側に怪しまれないだろう。あと二人とも、近いよ」
「何が、あっ」
自分の状態を思い出したリージアは、ビクリと体を揺らしてユーリウスの背中に回していた手を退けた。
リージアが身を縮めたことで、凭れ掛かっていたユーリウスとの間に僅かな隙間が出来る。
「駄目だ」
離れようとするリージアの手を握り直して、ユーリウスは自分の膝の上に置く。
「殿下の体調管理をしていた、ということで見なかったことにするけど」
「これくらいならいいだろう」
「これくらい? 学生のうちは婚約者でも節度を守った関係でいるように、と釘を刺されているだろう? 兄として、これ以上妹にくっつくのは止めてもらいたい」
「お、お兄様」
睨み合うユーリウスとブルックスとの間の空気が張り詰めていく。
トントントントン。
「殿下、謁見の準備が整ったようです」
扉越しにオーギュストの声が聞こえ、張り詰めていた部屋の空気が幾分か和らいだ。
「……分かった。入れ」
「失礼します。どうかしましたか?」
室内に入ったオーギュストは、室内の微妙な雰囲気を感じ取りどうかしたのかと、首を傾げた。
「リージア、行かなければ。オベリア国王がお待ちだ」
オーギュストの問いに答えず、リージアの手を握り立ち上がったユーリウスは、部屋の外へと促す。
憮然としていたブルックスもちゃんと付いて来るだろうかと、確認する猶予すら与えられずにユーリウスに手を引かれ、扉へ向かって歩き出した。
迎えに来た侍従に先導されて、ユーリウスと手を繋いだリージアは赤い絨毯が敷かれた通路を歩き、謁見の間へ向かう。
繋いだ手を離して欲しいと視線で訴えても離してくれず、互いの指を絡めてしっかりと繋ぎなおされてしまった。
「リージア、緊張するならば俺に寄りかかって歩けばいい」
「寄りかかりません。もう少し離れて歩きましょう」
「駄目だ。この絨毯は歩きにくいだろう?」
オベリア国王との謁見のために履き替えた靴では、赤絨毯にヒールが引っ掛かり歩きにくくて、よろめいてユーリウスにしがみつくリージアを見て彼は嬉しそうに笑った。
ゆっくりですが、更新再開します。




