お年頃の王子様は悶々とする⑥
最後まで王子様の心の声は残念です。
結界が崩壊していき、壁の隙間から本物の青空が見える。
黒頭巾の男が動揺し動きが鈍ったのを見逃さず、ユーリウスは魔剣を振り上げ男の左肩から袈裟懸けに斬り下ろした。
「ぐぁあ!!」
よろめく黒頭巾の男を駆け付けた護衛騎士二人が取り囲み、男の腕を後ろ手に捻り上げ縄で拘束する。
「ご無事ですか!? 殿下!!」
「ああ、リージア!」
黒頭巾の男を騎士達に任せ、リージアの方を振り返ったユーリウスは目を見開く。
驚くリージアの側で、暗部の隊服を着たガルシアが女の両手首を片手で押さえこみ、彼女の体を地面へ押し付けていたのだ。
「ちょっと!? 何するのよ!!」
「うるさい」
冷たく言い、ガルシアは暴れる女の首の後ろへ手刀を叩き込み昏倒させる。
ガルシアが立ち上がり離れると、昏倒して身動き一つしない女を騎士達が拘束していく。
「……無事か?」
「ガルシア先生」
「お前達とは距離をとっていたため対処できなかった。すまなかった」
暗殺者の女を押さえつけていた時とは別人のように、表情をやわらかくしたガルシアは微笑みリージアの乱れてしまった頭を撫でた。
拘束された暗殺者達は騎士に両脇を抱えられ、暗部へ引き渡されていった。
暗部が待機していたということは、最初から監視されており全ては叔父の手のひらの上だったということだ。
信頼の置ける側近と護衛以外にはデートプランを話さず、知られたら面倒な叔父に感づかれないように細心の注意を払っていたというのに。
護衛騎士達から謝罪の言葉と、内通者として捕らえられた使用人の報告を真面目な顔で聞き流し、ユーリウスは表情には出さず歯軋りする。
「使用人を装い情報を流していた者は暗部達が捕縛し、シュバルツ殿下の指示で背後関係を調べています。恐らくは、」
「後で聞く」
護衛騎士からの報告を遮り、ユーリウスはスキル抑制のピアスを付けているリージアの元へ向かう。
「リージア」
眉を寄せるガルシアとリージアの間に割り込み、ユーリウスは擦り傷だらけの彼女の頬へ手を近付けて回復魔法をかけた。
「ありがとうございます」
回復魔法の淡い黄緑色の光に照らされて微笑むリージアが可愛くて、ユーリウスはゴクリと唾を飲み込んだ。
彼女の隣に顰めっ面のガルシアが立っていなければ「可愛い!」と叫んで抱き締めていたのに。
「次の週末、デートの続きをしよう。石けんの店へ行く時間を作るよ。俺でも使えそうな石けんを選んでくれないか?」
「はい」
嬉しそうにリージアが笑った時、路地を強い風が吹き抜けた。
ふわっ
強い風で履いているスカートが大きく捲れ上がり、リージアは慌ててスカートを手で抑える。
「きゃあっ」
「リージア?」
決して見ようと思ったわけでなく、声を上げるリージアを反射的に見てしまった。
(はぅっ!?)
捲れ上がったスカートの下、破れたタイツの間から見えた小振りで可愛い尻の丸みと、白色のレースとサイドで結ばれているピンクのリボン。
黒色のタイツと剥き出しになった肌の色、レースの白色のコントラストで一瞬でもはっきりソレが見えた。
(今日のリージアのパンツは、レースの白!? 黒タイツに白色パンツを履くなんて。まさか、ブラジャーもお揃いの白色……)
白色レース下着上下セットのみを身に着け、顔を真っ赤にして恥じらうリージアの姿を想像してしまい、一気に全身の体温が上昇していく。
激しい動悸で苦しくなり、胸を押さえたユーリウスの脳内は沸点を超えた。
「グハッ!?」
ブハッ!
音を立てて両鼻から大量の鼻血を放出したユーリウスは、白目を剥いて前のめりに倒れていった。
「ユーリウス様!?」
至近距離からリージアの悲鳴が聞こえ、次いで温かくやわらかい何かが顔にあたる。そこでユーリウスの意識はぷっつりと途切れていった。
***
冷たく濡れた布が鼻と頬を拭い、闇の中に沈んでいたユーリウスの意識が浮上していく。
(ううっ)
薄っすら開いた目蓋は、傾きかけた陽光の眩しさに耐えきれず直ぐに閉じる。
咄嗟に目元を右手で覆う。
手が額に乗せられていた水で濡らしたハンカチに触れ、ハンカチが顔の横へずり落ちた。
「気が付きましたか?」
「……俺はどれくらい眠っていた?」
声が真上から聞こえることが不思議に感じ、手で目元に影を作り僅かに開いた目蓋の隙間に飛び込んできたのは、心配そうに自分を見下ろすリージアの顔。
裏路地にある、公園の片隅に設置されたベンチに座るリージアに膝枕されているのだと理解するのに、たっぷり数十秒要した。
「ごほっ、ごほっ」
声を上げそうになったのは咳をして誤魔化し、寝ぼけていると見せかけて頭を揺らして太腿のやわらかさを堪能する。
ツンッと鼻の奥が痛くなり、またもや鼻血が出てきそうなくらい血圧が上昇するのを感じた。
(離れなければ、また鼻血が……! しかし、もう少しこの状況を堪能したい!)
目を閉じたユーリウスはデートの邪魔をしてくれた黒頭巾の男を思い浮かべた。
呼吸を整えつつ、回し蹴りをして裂いた黒装束の胸元、着やせするタイプなのか逞しく盛り上がった胸筋を思い浮かべ、荒ぶる気持ちを萎えさせていく。
「倒れてから、30分くらいです。先ほどシュバルツ先生がいらっしゃって、「この後は何とかするから、ゆっくりしていていい」とおっしゃっていました」
心を無にしようとしているユーリウスの苦悩を知らないリージアは、体温を確認しようと熱を持つ額と頬に手の平で触れる。
鼻孔を擽る良い香りに、抑え込もうとしている煩悩がむくむくと増していく。
「はぁ、当然だ。叔父上の陽動に乗ってやったのだから」
衝動を理性で押さえようにも、こうも密着している状況では無駄な抵抗だと諦めた。
開き直ったユーリウスは、ここぞとばかりにリージアの香りを思いっきり肺へ吸い込んだ。
(ああ、リージアの匂いだ。膝枕は嬉しいが、反王家派を一網打尽にするためにデートを利用されたのは腹が立つ。暴れ馬の時点で気が付いてはいたが、こんなに手間取るとは思っていなかった。くそっ、今頃はリージアと初めて演劇を見終わり、手を繋いで帰っているはずだったのに)
目蓋を開いたユーリウスは、頬に添えられたリージアの指に自分の指を絡ませる。
「そういえば、俺が倒れた時にリージアが手を伸ばしてくれた気がしたのだが?」
「咄嗟に抱きとめようとしたのですが、支えきれずにいたらガルシア先生がユーリウス様を抱えてくれました。汚れてしまった服を着替えさせてくれたのもガルシア先生が……どうしましたか?」
「ガルシアが俺を抱えて着替えまで、いや、リージアが抱きとめようと? では、あの感触はまさか……」
ガルシアに抱えられた上に着替えまでされたと知り、抱いた不快感など瞬時に霧散する。
手を伸ばしてきたリージアの悲痛な顔と、両頬に感じた感触を思い出してユーリウスは口元を片手で覆った。
(顔がやわらかいものに包まれて、リージアの香りがした。あの感触は、む、胸!?)
がばっ!
「ひゃっ!」
勢いよく起き上がったユーリウスに驚いたリージアは声を上げた。
大量に鼻血を出した後、膝枕の状態から急に起き上がったためユーリウスの視界が揺れる。込み上げてくる嘔気で俯き、浅い呼吸を繰り返す。
(やわらかい胸の、あの感触は一瞬しか感じられなかった。あぁあー!! リージアの胸に包まれる美味しい状況だったのに、どうして俺は気絶したんだー!!)
「ユーリウス様? 具合が悪いのですか?」
困惑するリージアの問いに落胆のあまり答えられず、暫くの間ユーリウスは両手で頭を抱えて自分の不甲斐なさを痛感していた。
その日は妄想と煩悩との戦いで一睡も出来ず、悶々とベッドの上を転がり朝を迎える。
翌朝、目の下に隈を作ったユーリウスは体育の授業中に貧血で倒れ、再びガルシアに横抱きで運ばれてしまうのだった。
デートを邪魔されて演劇は見られなかったし、鼻血出して気絶するという恥ずかしい姿を晒してしまったけれど、パンツを見て鼻血を出して気絶する寸前に胸に顔を挟まれる&目覚めるまで膝枕をされた王子様は、それなりに幸せな一日を過ごせました。
因みに、ガルシア先生が王子様を抱える姿が素敵で、男女問わず熱狂的なファンと二人のカップリングを推す女子のファンが出来たらしい、です。
気を失っている間のガッカリな夢をブログに載せました。気になる方は、活動報告にリンクを貼ってありますので、そちらからブログへどうぞ。
リージアの胸の大きさは?という感想をいただきました。リージアは着痩せするタイプです。普通以上かな?
その後の話、王子様視点はこれにて終話となります。
最初から最後まで残念な感じになってしまいましたが、王子様も好きな女の子を前にして悶える健全な青年とだと思っていただければ、嬉しいです。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
また、活動報告にも載せましたが、第8回アイリスNEOファンタジー大賞様にて銀賞を受賞いたしました。支えてくれた読者様のおかげです。ありがとうございました。
えっちゃん




