お年頃の王子様は悶々とする⑤
結界に閉じ込められた話の続き。
うっすら戦闘描写が入ります。
幼いころより騎士達や国王直轄部隊で暗部達を統括している叔父から鍛えられ、学園での座学実技共に上位の評価を受けているユーリウスにとって護衛が側に居なくとも、自分の命を狙い送り込まれる刺客は一人で対処できると自負していた。
いくらリージアとのデートに気持ちが浮ついていたとはいえ、結界が発動して直ぐに気が付けなかったのは術者が並み以上の実力の持ち主だということだ。
背中にリージアを庇いながら、目視だけでは繋ぎ目が分からない精錬された結界を張れるほどの実力者と戦えるのかと、ユーリウスの中に焦りの感情が生じる。
「結界って、まさかユーリウス様を?」
「ああ、狙いは俺だろうな」
幾度となくユーリウス暗殺を企てた一部の貴族達は、数か月前に処刑された廃王妃の祖父、ロニエル前公爵の代替わりと前公爵の領地への静養という名の王都からの追放で大きく勢力を削がれた。とはいえ、未だにロニエル前公爵の影響力は大きい。
デートの邪魔者が結界を張り護衛と切り離した目的など考えなくても分かる。
ぎりっと、ユーリウスは奥歯を噛み締めた。
(あの暴れ馬も術者が俺を害すために用意したのだろうな。情報が漏れていたということは、側近に内通者がいたのか。くっ、それ以前に楽しみにしていたデートの邪魔をするとは……俺がデートの時間を捻出するためにどれだけ苦労したか!! 許さん!!)
ジャケットの内ポケットから魔剣を取り出し、柄を持ち一気に鞘から引き抜いた。
「結界内に閉じ込められたことは気が付いている。出て来い!」
怒りの感情を露わにしたユーリウスの怒号に空気が揺れた。
姿を現さない術者へ対し、苛立つユーリウスの体から魔力を立ち上る。魔力に呼応し、魔剣の刀身が短剣の長さから長剣へと変化していく。
「出てこないならば、引きずり出してやろうか」
言い終わるや否や魔剣の刀身は赤く輝き、先ほど空気が揺れた方向へ向けてユーリウスは軽く剣を振るう。刀身に込められた魔力は赤い衝撃波となり放れた。
ドオーン!!
放たれた衝撃波は結界へ当たり、閉ざされた空間がぐらぐらと大きく揺れた。
衝撃派が結界の壁に当たり、壁の広範囲が燃え上がる。
炎の中からくすくすと笑う女の声が聞こえ、ユーリウスは魔剣を両手で持ち直した。
「ウフフフ、評判通りの冷静沈着な王子様かと思いきや意外と血気盛んな方なのですね」
黒煙の間から姿を表したのは、道の隅に置かれた木箱の上に立つ女だった。
豊満な胸を見せつけるように胸元を大きく開き、体の線がはっきり分かる黒装束に身を包み腰までの長さの真っ赤な髪と派手な化粧をした若い女は、右手を軽く振り魔力で風を起こして煙を吹き飛ばす。
赤髪を靡かせる女の影から姿を表したのは、長身で筋肉質な体躯の黒頭巾を頭からかぶり全身を黒装束で覆った男だった。
典型的な暗殺者の姿をした男と対象的な派手な女。
何方が結界の術師か分からない以上、結界を解除させるために二人を説得させるか、戦闘不能にさせなければならない。
(説得して引き下がるような奴等ではないか。魔剣を持ち出して良かったな)
黒頭巾の男が腰に挿した剣を鞘から引き抜く。それだけで周囲の空気が張り詰めたものへと変化していった。
「ユーリウス殿下、貴方の死を望まれている方々がいらっしゃる。申し訳ありませんが、此処で死んでいただく」
一歩前へ出たユーリウスはリージアを自分の体で隠す。
「ああ、安心してもらいたい。そこの伯爵令嬢は利用価値があるらしく、生かして連れて来るようにと言われている」
「フッ、私の死を望んでいるのはロニエル前公爵の傘下の反王家派の者達だろう。私を亡き者にしてフリウスかフローラを担ぎ上げるつもりか。王位継承権は叔父上も持っているというのに、うまく事が進むわけはない。それに、お前達にリージアは渡さない」
利用価値とは何なのか答えを聞かなくとも、リージアを人質にしてマンチェスト伯爵家の技術を譲渡させる交渉材料にするつもりなのだろう。マンチェスト伯爵家を派閥へ引き入れれば、国王も反王家派を無下には出来ない。
「さぁ? お嬢様の処遇など我々には見当つきませんわ」
赤髪の女は肉厚の唇を笑みの形に歪め、リージアを見下ろした。
「ユーリウス様、私も戦います。女の人の方は任せてください」
「リージア!?」
ユーリウスのジャケットの裾を掴み、前へ出たリージアは驚く彼の隣に並ぶ。背伸びをしたリージアはユーリウスの耳元へ唇を近付けた。
「二人を相手にするのは危険です。何とか結界の壁へ近付き隙を見て解除します」
声をひそめて言うリージアは、片手で無効化スキルを抑制しているピアスを外す。
武芸に秀でていようとも、経験値の差から玄人の暗殺者二人同時に相手するのは難しい。リージアの無効化スキルの力で結界を解除するのが得策だとは理解出来る。
しかし、スキルを発動させるということは彼女にかけている防御魔法も無効化されてしまう。
自分の力不足を感じ、情けなさからユーリウスは下唇を噛む。
「……すまない、俺の力不足だ」
「大丈夫です。私も戦えますから」
安心させるようにリージアから微笑まれ、苦痛に顔を歪めたユーリウスは両手で魔剣の柄を握り身構えた。
スキル抑制のピアスを外し、雰囲気を一変させたリージアに暗殺者の女は器用に片眉を上げる。
「お嬢様が私の相手をすると? ウフフ、舐められたものね」
腰のベルトに巻き付けていた鞭を手にした女は、バチンッと勢いよく鞭を地面へ叩きつけた。
「舐めないで欲しいのはこちらです。アイシクルエッジ!」
無詠唱で唱えたリージアの周囲に出現したのは氷の礫。
目を猫の様に細めた女は、愉しそうに口角を吊り上げた。
バキィッ!
赤髪の女が振るう鞭が大きくしなり、向かって来る氷の礫を粉々に砕く。
無数の氷の礫を砕き、空気を割きながら向かってくる鞭をリージアは後ろへ飛び退いて避けた。
避けた鞭は地面を抉り、飛び散る石畳の破片がリージアのスカートとタイツを破り、白い肌に細かい傷を付ける。
「平凡なお嬢様だと聞いていたけれど、逃げ足はまぁまぁ速いのねぇ」
「鞭を使うなんて、女王様な見た目通りなのね。鞭に魔力を込めておき攻撃対象に当たる直前、衝撃波を放出して攻撃力を高くしているのね」
ピクリと、女のこめかみが動く。
「分かったところで、避けるのがやっとのお嬢様に勝ち目は無いわよ」
「さぁ、それはどうかしら? 実家の山間部に住んでいるベヒーモスに比べたら貴女の攻撃は遅いもの」
「は? ベヒーモスですって?」
巨大な牛形魔獣と比較された女は、馬鹿にされた怒りからこめかみに血管を浮き上がらせる。
風魔法で出現した刃と鞭による攻撃を避け、氷の弓矢で反撃しながら女に気付かれないようにリージアは結界の壁へ向かって走り出した。
黒頭巾の男からの斬撃を受け流したユーリウスは、背後からリージアに襲い掛かったかまいたちに風魔法をぶつけて相殺させる。
「これが殿下の実力ですか? もしも時間を稼ごうとしているのでしたら無駄なことだ。此処へは外から入れない。抵抗しなければ苦しまずに死なせてあげますよ」
「そう言われて殺されてやる馬鹿が何処にいるというのだ」
「フ、確かに。では仕方ありませんね」
息を吐いた男は剣を下ろし空いた手を軽く振るう。魔力によって指の間に出現させたのは3本の小振りナイフ。
ユーリウスが動く前に、目では追いきれない速さで男はナイフを投げた。
曲線をえがきながら襲いかかって来た2本のナイフは魔剣で叩き落とし、残り1本のナイフは寸でのところで避けた。ナイフの先端が頬をかすり、皮を薄く切って飛んでいく。
(ちっ、変則的な攻撃の起動が読めない。面倒な相手だな)
ギイン!
ナイフに気を取られた一瞬の隙に、懐へ忍び込んできた黒頭巾の男の斬撃を咄嗟に防ぎ、回し蹴りを鳩尾へ叩きこむ。
後ろへ飛び退いた男の胸元をユーリウスの靴が浅く割き、黒装束の布が散った。
「浅いか」
「流石、王太子殿下だな。だが、婚約者を気遣いながら戦うのも限界があるだろう。そろそろ終いに、なに!?」
黒頭巾の男が言い終わる前に結界が激しく揺れ、男はバランスを崩して転倒しかけた。
両足に力を込めたユーリウスは不敵な笑みを浮かべて結界の壁を見る。
何事かと黒頭巾の男は背後を振り向き、大きく目を見開いた。
結界の壁付近で戦っていた女も、驚愕の表情で結界の壁に触れるリージアを凝視する。
バキバキ、バリンッ!
リージアが触れている箇所を中心にして、結界はひび割れていく。
ひび割れは広範囲へ広がっていき、大きな音を立てて砕け落ちる。
「これで、終いだ。お前達にはデートの邪魔をした報いを受けてもらう」
崩壊していく結界の間から護衛騎士達の姿を認め、ユーリウスは安堵の息を吐いた。
終われなかった。
あと一話、続きます。




