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お年頃の王子様は悶々とする③

お待たせしました。

またしても心の声がうるさいです。

 マンチェスト伯爵家のタウンハウスを訪れたユーリウスは、通された居間のソファーに座り神妙な顔で数日かけて熟考したデートプランを脳内で確認していた。


 邪魔はされず二人きりでデートを楽しめるように、最低限の人数だけの護衛には距離を置くことを命令しておいた。

 情報が漏れないよう慎重に計画を立てたとはいえ、諜報に長けた部下を持つ叔父は本日のデートを把握しているだろう。もしかしたら周囲に暗部を紛れ込ませ、デート中に横槍を入れてくるかもしれない。


「お待たせしました」


 執事が開いた扉から入室したリージアは、ユーリウスへ笑みを向ける。


 久し振りに制服やドレス以外の私服姿のリージアを見て、ユーリウスの脳内からデートの懸念は全て吹き飛んだ。

 一年前、ガルシアに切られたアプリコット色の髪は隣国から取り寄せた香油を使って手入れしている効果もあり、肩甲骨の辺りまで伸びていた。

 編み込まれた髪はリボンと小花の髪飾りで留められており、髪色に映える髪飾りを見てユーリウスは目を開いた。

 それは、初めてのデートでユーリウスがリージアへ贈った髪飾りだと気付き、胸の奥がキュンッと締め付けられる。


「ユーリウス様?」


 感激で固まるユーリウスを見て、リージアは不思議そうに小首を傾げる。


「どうして今日は眼鏡をかけているのですか?」

「あ、ああ、これは変装のつもりだよ。似合わないか?」

「ううん、いつもと違うから。その、眼鏡をかけていると雰囲気が変わって……眼鏡をかけているユーリウス様も素敵です」


 視線を下げたリージアは恥ずかしそうに頬をほんのりと染める。


(よしっ!! 計算通り!!)


 口元がにやけるのを気合で堪え、ユーリウスは心の中でガッツポーズをした。

 おもむろにジャケットに内ポケットから二枚のチケットを取り出し、リージアへ見せれば彼女は目を丸くする。


「フローレンスのチケット?」


 王都で人気の俳優が主演する純愛をテーマにした観劇、ユーリウスは全く興味無いが事前にリージアが観劇を見たがっていることを調べ、チケットを手配しておいた。


「ありがとうございます! でも、演劇会場に入って大丈夫ですか?」


 感染症予防と換気のため、魔道具を使い空気の循環をさせているとはいえ、他の建物に比べ劇場は密閉空間だ。

 さらにユーリウスが確保した席は、お忍びデートということを考えて高位貴族や王族用の特別席ではなく、一般民と同じ一階にある観覧席。上階の特別席よりも香水の香りが周囲に充満することが予想出来る。


「リージアが側にいて、手を握っていてくれれば大丈夫だ。今回は立場を忘れて普通のデートをしたいんだ」

「普通の……はいっ」


 不安そうに眉を寄せていたリージアは目を開き、次いで嬉しそうに微笑んだ。


(ああー!! 可愛いっ! 可愛い可愛い! どうしてこんなにもリージアは可愛い反応をしてくれるのだ!)


 体の心配してくれていることも嬉しいのだが、表情をくるくる変化させるリージアが可愛すぎて、両手で顔を覆って身悶えたくなる。歯を食いしばりどうにか衝動を堪え、ユーリウスはリージアの手を握り彼女の指に自分の指を絡ませた。


「では、行こうか」

「はい」


 しっかり手を繋いだ二人は、執事とメイド達のあたたかい視線に見送られ屋敷の玄関へ向かった。

 



 装飾を無くし商家を装った馬車は人々で賑わう噴水広場手前で停め、ユーリウスはリージアと共に馬車から降りた。


 広場の街灯と街灯の間を硝子の飾りや造花がついたサテンの紐がつけられ、噴水を中心に新鮮な食材を販売する店、クレープや果物を絞ったジュースを販売する店、服飾品や工芸品を販売する店が並んでいた。


「休日で市が立っているな」

「市ですか。色々なお店が出ているのですね」


 以前は、「ヒロイン、メリルのイベントに遭遇したくない」という理由から休日に街へ買い物に出ても噴水広場へ来たことは無く、初めて見た市にリージアは瞳を輝かせた。

 甘い香りに誘われるように、クレープ屋の前に置かれた立て看板に描かれたイラストを興味無いないふりをしてチラチラ見ているリージアが可愛くて、ユーリウスは彼女の耳元へ唇を寄せた。


「寄っていくか?」


 笑いを堪えたユーリウスの問いに、リージアは大きく目を開いてぱちぱちと瞬かせた。


「まだ演劇の開演時刻まで時間がある。少し見て行っても十分間に合うよ」

「ありがとうございます。ユーリウ、あっ、ユーリ」


 口に手を当てたリージアは、不安そうに周囲を見ながらユーリウスを愛称で呼ぶ。

 小動物めいたリージアの動きが可愛いくて、身悶えたくなるのをユーリウスは理性を総動員して抑えこんだ。

 買い物客の間をすり抜け、手を繋いだ二人はクレープ販売の出店へ向かう。


「チョコバナナクリーム一つください」


 三角巾を被った中年女性が慣れた手付きで生地を伸ばし、切り分けたバナナとチョコレートチップを生地の上へ並べて並べて折り畳む。


「はい。熱いうちはチョコレートが垂れるから、綺麗な服を汚さないように気を付けてね。お嬢さん、王子様と婚約したお嬢様と同じ髪色をしているから、バナナを多めにしておいたよ」

「ありがとう。同じ髪色だと、よく言われます」


 太子妃教育で培った笑顔で動揺を隠し、リージアはクレープを受け取った。


 護衛達に確保させておいたベンチに先に座って待つユーリウスの元へ、クレープを大事そうに両手で持ったリージアが小走りに駆け寄る。

 まだ熱いクレープ生地に苦戦しつつ、一口齧れば口内に甘い味が広がりリージアは満面の笑みとなった。

 口の中のバナナを飲み込み、顔を上げればユーリウスと視線が合う。


「ユーリも食べますか?」

「では食べさせてもらおうかな」


 期待に満ちたユーリウスから、食べ途中のクレープに視線を移したリージアは頬をほんのりと染める。


「あーん、して?」


 恥ずかしそうに頬を染めながら言い、リージアは齧っていないクレープの端を差し出した。


(うっ!!)


 恥じらう姿と上目遣いの破壊力の強さに心臓が大きく脈打った。

 心臓の音が聞こえてしまうのではないかというくらい鼓動は速くなり、息苦しさと高まる感情の勢いのまま胸を押さえて叫びたくなった。

 リージアの手を掴み、クレープに勢いよく食い付く。

 本音を言えばチョコレートと生クリームで甘さが増したクレープよりも、勢いよく食いついた時にチョコレートが垂れた細い指を食みたい。

 唇を離す際に、リージアの指先へ垂れたチョコレートを舌先で舐め取った。


「あっ、な、舐めちゃ、だめ……」


  舐められたことに困って、眉尻を下げたリージアは顔を真っ赤に染めて眉尻を下げた。


(くっ、こんなに可愛い顔をして! 恥ずかしがられるのも、破壊力が、堪らない!!)


 横を向いて片手で顔を、熱を持つ鼻を覆い隠す。

 興奮し過ぎて垂れてきた鼻血を、ジャケットの内ポケットから取り出したチリ紙で拭き取り、こっそり回復魔法をかけた。


「ユーリ? どうしたの? チョコレートが甘過ぎた?」


 見えないように鼻血を拭いたチリ紙をポケットへ仕舞い、赤くなった鼻を誤魔化して甘さに噎せたふりをして咳払いする。


「たまには、こういう場で食べるのもいいなと思っただけだ。それと、リージアに食べさせてもらえるなら、甘いクレープも食べられそうだ」

「もうっ」


 笑い合う二人は傍目からは王太子と婚約者ではなく、付き合ったばかりの若い恋人にしか見えない。


 遠くから見守る護衛騎士達は、普段清廉潔白な姿とあまりにも違う王子様に砂を吐きそうになりながら「何も見ていない」と心の中で呟いていた。


王子様が脳内で悶絶していてなかなか進みません。

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