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  王子様の誤算②

またもやお待たせしてすみません。

前話の続きです。


 変わり果てたかつての幼馴染ルーファウスは、ユーリウスの視線に応えるように顔を歪めて小さく呻き声を漏らした。


「罪人、追放者が犯した罪とはいえ、このままではオベリア王国との関係を悪くしかねない。現在、暗部総出で魔道具とメリルの行方を追っている。ユーリウスも協力してほしい」

「協力、ですか? 暗部が動いているのならば、私が出ては足手まといになるでしょう」


 諜報と暗殺に長けている暗部が動いている以上、余計な手出しは無用のはずだ。というのはユーリウスの建前で、本音はあんなメリルには二度と関わりたくはなかった。


「魔道具を発動させたのはルーファウスだ。発動した魔道具をメリルが所持しているならば遠くには行けない。ルーファウスから離れてしまうと効力が切れるからな。そのため、王都に潜んでいる可能性がある」


 植物から作られる香料を嗅ぐと、くしゃみ鼻水発疹と呼吸困難を起こすという厄介な体質とトラウマを植え付けてくれたメリルが近くにいるかもしれないという事実に、ユーリウスの顔から血の気が引いた。


「学園内では俺達の方が動きやすい、ってことだろう」


(あの女が近くにいるというのか!?)


 込み上げてくる吐き気に口元を右手で覆う。

 顔色を悪くするユーリウスの肩へ手を置いたイザークは、内心を察してか励ますように軽く肩を叩く。


「メリルがリージアとユーリウスを恨み、接触してくることも考えられる。兄上の生誕祭後、リージアと距離をとれ。わざと隙を作ってメリルが近付きやすいようにしておくんだ」

「リージアと距離を置けだと?」


 カァッと頭に血が上る。

 食って掛かりそうになるのをイザークの手が押し止めた。


「ユーリウス、自分の立場を忘れるな」


 冷ややかな視線をシュバルツから向けられて、ユーリウスは口を閉じるしかなかった。


「この件には協力者がいる。メリルを捕縛できなくとも協力者の証拠を掴むことが出来れば十分だ。卒業までに解決することが出来たならば、お前を王太子に推し邪魔な王妃は排除しよう」

「出来なかった場合は?」

「出来るだろう?」


 目を細めたシュバルツの態度は冷然としたもので、叔父の裏の顔を知っているユーリウスは言葉に詰まる。

 国王にとって邪魔な者達を排除する国王直轄特別捜査部隊の統括者としての顔。

 メリルの行方を見付ければ、痕跡一つ残さず彼女を排除することが出来るのをユーリウスは知っていた。

 叔父が後ろ盾になれば自分が王太子と成れることも、学生時の評価から王太子に相応しいのかと見定められていることも、理解していた。


 シュバルツから発せられる圧力に屈し、コクリと唾を飲み込んだユーリウスは頷いた。




 国王生誕祭後、不本意ながらユーリウスは少しずつリージアと距離を置き始めた。

 距離を開けていても影ながら見守ることは出来るだろうと、リージアの姿を見付ける度に切なげに彼女を見詰める。

 姿を見れば声を聞きたくなる。声を聞けば触れたくなる。

 声をかけたいのに、出来ない。

 体育館の壁に凭れ掛かり、テニスコートに居る女子達に混じってテニスをしているリージアを目で追いながら、ユーリウスは深い息を吐いた。


「片思い中の女子みたいだな」


 気配を消して近付いてきたイザークから指摘され、ユーリウスの頬は赤くなる。


「イザークッ」


 胸倉を掴みそうになり、クラスメイト達が周囲に居ることを思い出して踏みとどまった。


「で、手掛かりは見つかったのか?」

「いや、見つからない」


 首を横に振るユーリウスへイザークは皮肉気な笑みを返す。


「自分を妄信する男を使い捨てする女だ、そう簡単に見つからないだろうな。王弟殿下と暗部の目を誤魔化し潜伏を続けるとはさすがといったところか」

「どういうことだ?」

「いや? 多くの男を手玉にとるなど恐ろしい女だと思っただけだ」


 半年前のことを思い出せば、マルセル、ルーファウスだけでなく取り巻きの男子生徒数名がメリルの甘言に乗せられ退学処分を受けた、恐ろしい女というイザークの意見には同意する。


「それと、もう一つ気になることがあってな」

「気になること?」


 頷いたイザークはユーリウスの隣へ移動し、同じ様に体育館の壁に寄りかかる。


「俺の妹、イザベラの侍女候補として留学して来たシャルロットのことだ」

「シャルロット?」


 イザベラ王女と共に留学してきた女子生徒と暫時考えて、最近何かと話題に上る一年女子へと辿り着く。


「ああ、あの一年生か」

「シャルロットとメリル、外見は全く違うとはいえ、生徒間での問題を起こすところは似ていると思わないか?」

「何だと? イザベラ王女の側仕えとする前にきちんと身元を調べたのだろう?」

「勿論、調べてある。とはいえ、腑に落ちないことがあってな」


 一旦言葉を切ったイザークは、テニスコートから此方を見て熱い視線を送る女子生徒へ手を振る。


「そこでユーリウスにも協力してもらいたい。メリルと似た行動をとり、似た思考の持ち主ならば、俺かユーリウスが近付けば必ずボロを出すだろう」

「あの一年女子に近付けと? 冗談じゃない。これ以上リージアに誤解されることはしたくない。女子を相手にするのはお前の方が得意だろう」


 テニスコートから顔を背け、イザークは女子達へ向けていた笑みを消す。眉を寄せて嫌そうに顔を顰めた。


「俺にも好みがある。ああいう女子は苦手というか、無理だ」

「お前、私に丸投げする気か。私も生理的に無理だ」

「「…………」」


 顔を見合わせた二人は、この話の着地点を探って思考を巡らす。


(国際問題とはいえ、この厄介な体質のことはイザークには言えない。今後の動きしだいでは弱みとなる。リージアに触れたい。距離を置くなど無理だ。……あぁ、そういえば)


 吹き抜けた風に体育館の外に咲いている花の香りが混じっており、むず痒さでユーリウスは鼻を鳴らした。


「香り……香りが同じだな。一年女子はあの女、メリルと同じ香りを纏っていたな」

「香り? 偶然か、それとも……いやまさかな」


 自問自答して黙り込んだイザークと、腕組みしてテニスコートに居るリージアを見詰めるユーリウスの重苦しい雰囲気に、試合が始まると呼びに来たクラスメイトは声をかけられず引き下がる。

 授業終了間際まで二人は考え、辿り着いた答えはシンプルなものだった。




 ***




『留学生シャルロット・スラーに関する行動報告』


 暗部が纏めた報告書を読み、ユーリウスは息を吐く。

 一年女子からの投書で発覚した留学生シャルロットへの嫌がらせは、関わった女子生徒達の指導で表面上は落ち着いた。

 近いうちに、嫌がらせを行った女子の実家が娘を退学とするだろう。


 今回はシャルロットの立ち振る舞いにも問題があるとされ、イザベラ王女の提案で王女が淑女教育を行いユーリウスとイザークが学習面のサポートをすることになった。と、いうのは表向きで本来の目的は、シャルロットの動向を探るためだ。

 王子達がシャルロットを構うことで流れるだろう不本意な噂も計算に入れていた。

 リージアと過ごす時間が減れば体調不良になることも彼女に勘違いされることも覚悟していた。

 だが、特別視されていると勘違いしだしたのか、大胆な行動が目に付くようになってきたシャルロットが単身三年ᗷ組へ向かい、直接リージアに嫌がらせをやめるように直訴しに行ったと聞いたときは目眩がした。

 監視とストッパーを頼んでいたイザベラ王女不在時を狙っての行動だと気付き、腸が煮えくりそうになる。

 お人良しで素直な性格のリージアが嫌がらせなどするはず無いのに。




 沈んだ顔のリージアに素っ気無い態度など取れず、「五分だけ」と護衛騎士に言い、丁度よく空いていた生徒指導室へ入った。

 毎日触れていた彼女の温もりとやわらかさを堪能し、不快ではない石けんの香りを肺いっぱいに吸い込む。


「彼女に嫌がらせをするように、指示も出していません」


 震えた声の最後の方は弱々しく、今にもリージアが泣き出してしまうのではないかと胸が痛んだ。

 眉尻を下げたリージアの頭へ手を乗せたユーリウスは、慰めるように彼女の頭を撫でる。


「リージアが誰かに嫌がらせをするような性格でないことは分かっている。思っていることが全て顔に出てしまうのに、陰で皆を操ることも出来ないだろう?」


 口を半開きにして目を丸くしたリージアを見て、ユーリウスは表情を崩して笑った。


「面倒な噂が流れているのは知っている。叔父上からの課題が終わったら、必ず事情を話すしいずれは落ち着くから。それまで……俺を信じていて欲しい」

「はい」


 安堵の表情になったリージアを見下ろして、そうなるように行動していたとはいえ勘違いされていたと実感し、ユーリウスの瞳の奥がツキりと痛む。

 気を抜けば泣き出しそうになってリージアの首筋に顔を埋めた。

 控え目に背中へ手を回して慰めるように撫でてくれたリージアへ、『俺を見捨てないで』と喉元から出かかった懇願はどうにか飲み込んだ。




(リージア、君に触れたい。早くこの茶番を終わらせて、誤解を解かなければ)


 体は鉛の様に重く指先を動かすどころか、目蓋も開かずしだいに呼吸も苦しくなっていく。

 確実に死へ向かっている体を叱咤してもがいていたその時、温かいものがユーリウスの頬と首元へ降り注いだ。


「ユーリウス様、好きです。貴方のことがずっと好きです。お願い、私を一人にしないでっ」


(リージアッ!?)


 嗚咽まみれの声は、会いたいと触れたいと願っていたリージアのもので。

 彼女が自分から好意を示してくれたのだと理解した途端、ユーリウスの全身が熱を持ち淡い橙色の光に包まれた。



ユーリウスの事情でした。


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