28.王子様の誤算①
お待たせしました。
ユーリウス視点になります。彼の行動の理由が判明していきます。
少し前まで凍えるように寒かったのに、今は温かくてやわらかいものがユーリウスの全身を包み込んでいた。
(だれ、だ?)
誰かが必死に自分の名前を呼んでいる。
靄がかかった記憶では、それが誰の声なのかは思い出せない。
ほとんど深淵へと落ちかけているユーリウスの意識と体を、必死で引っ張り上げようとする声は耳に心地よくてユーリウスは彼女が誰なのかおぼろげな記憶を探った。
『これはバグのせいで歪んだシナリオなのよ。歪みは元に戻さなきゃ、ヒロインが幸せになるようにしなきゃならないの!』
ガシャン!
空色の瞳に狂気の光を宿した女子生徒は、ブレザーのポケットから取り出した小瓶を床へ叩きつけた。
小瓶が割れた途端、強烈な香水の香りが室内に充満する。
突然のことに、防御結界を張ることも出来ずに香水の香りを吸い込んでしまい、呼吸が苦しくなり激しい頭痛に襲われたユーリウスは床ヘ膝をつく。
力を振り絞り、シャルロットへ手を伸ばして彼女の肩を掴んだ。
『お前は、一体!? ぐっ、』
問い詰める言葉を発したのを最後に、ユーリウスの意識はそこで途絶えてしまった。
(そうだ、俺はあの時……では、何故、あんな女を部屋に入れた? 彼女は、リージアはどうしたんだ?)
“リージア”と声に出した瞬間、漆黒から純白まで色とりどりの記憶の渦が出現してユーリウスを飲み込んでいく。
「オベリア王国の王女?」
休日でもないのに、国王命令で早退させられて王宮へ呼び出されただけでも嫌なのに、更に面倒なことを押し付けようとする国王の言葉に顔を顰めたくなった。
鍛えた表情筋に力を入れて堪えるが、唇の端が小刻みに動く。
「我が生誕祭後、イザベラ王女と侍女の二名を留学させたいとオベリア国王からの親書が届いた。王女の希望でとなっているが、オベリア国王はあわよくばお前の妃に据えたいという考えもあるのだろうな」
国王専用の豪華な椅子に座り、肘掛に肘を置いて頬杖をついた国王は無表情となった息子に気付き口角を上げた。
「正妃はリージアとして、イザベラ王女は側妃にするか? そういえば、娘を側妃候補に入れて欲しいと申し出て来た者達もいたな」
「父上、側妃は必要ありません。リージア以外は娶る気は無いと何度も申しております」
感情を抑えていたユーリウスの声と視線に若干の苛立ちが混じる。
「フッ、随分と惚れ込んでいるな。確かにリージアは稀有なスキルを保有しており、マンチェストの産業は魅力的だが老害どもを黙らせるのには弱い。王妃も何か企んでいるだろう。どうするつもりだ?」
「確かにリージアのスキルは貴重で、マンチェストの産業は我が国に利益をもたらすでしょう。しかしそれ以上に、私は彼女の全てが愛しいのです。一部の貴族達が納得しないのならば、認めさせるだけです」
「フ、共同出資したマンチェストの直売店とやらが注目されているようだな。平民、貴族だけでなく隣国からも注文が来ていると聞く」
「ええ。評判は上々のようですね」
不満を訴えている貴族達の奥方や娘からも注文が来ていると、ブルックスから聞いていたユーリウスは薄っすらと笑みを浮かべた。
未だにリージアの婚約に不満を持つ古参の貴族達を黙らせ、ユーリウスが王太子となるのを阻止しようとする王妃をどうするのかと、愉しんで成行きを見ている悪趣味な国王にこれ以上付き合うつもりは無い。
「父上のご期待に沿えるよう尽力いたします。では、失礼します」
退室の挨拶をしたユーリウスは、国王と目も合わせず王宮を後にした。
王宮から学園へ戻った時には放課後になっていた。
下校時刻まで生徒会長の執務をするためにユーリウスは生徒会長室へ向かう渡り廊下を歩いていると、中庭のベンチに座って友人と談笑するリージアを見付ける。
楽しそうに笑うリージアを見ているだけで、不思議と苛立ちが凪いでいく。
(可愛い)
今すぐ中庭へ下りてリージアの側へ行き、彼女に触れたい。
へにゃりと緩んだ口元から、ユーリウスの心情を見透かした護衛騎士が後ろで「ゴホン」とわざとらしく咳払いする。
「殿下、下校時刻までの時間はあと一時間しかありませんよ」
「分かっている。だが、少しぐらいリージアと話をしてきてもいいだろう」
護衛騎士を一睨みしてからユーリウスは歩き出し、直ぐに足を止めた。
「何用だ?」
気配に気付いた護衛騎士がユーリウスを庇い前に立つ。
柱の影から音もなく眼鏡をかけた男性事務職員が現れ、ユーリウスへ頭を垂れた。
一見、地味な顔立ちの事務職員だが、気配の調節や足さばきから彼はただの職員ではない。
眼鏡の奥から覗く鋭い眼光から、事務職員の正体を察したユーリウスは嫌そうに顔を顰めた。
「シュバルツ殿下がお呼びです」
護衛騎士からの威嚇の圧にも怯むことなく、事務職員は表情を変えず淡々と用件のみを告げる。
叔父、王弟シュバルツの裏の顔は諜報に長けた暗部、国王直轄特別捜査部隊の統括者。
事務職員に変装した暗部の者を使いに寄越すのは、何らかの緊急事態が起こったということ。
護衛の一人に、「今日は会えそうもない。翌日の昼食を一緒に食べよう」というリージアへの言付けを託し、事務職員に扮した暗部の者に先導されて教師達の研究室がある研究棟の更に奥、シュバルツのために作られた特別区画へと向かった。
特別区画内は幾重にも結界が張られ、いたるところに監視魔道具魔法が設置されており監獄以上の警備が敷かれていた。
学園の教師を隠れ蓑にしているシュバルツが、実は暗部の統括者で国内外の情勢を監視する役を担っているということは極秘扱いにされている。
教師をしているのは完全な趣味と、学園は王宮よりセキュリティ面が良く使い勝手も良いから、らしい。
シュバルツの部屋の前に立つ助手の姿をした若い女性は、ユーリウスへ頭を下げると扉をノックした。
珍しく特別捜査部隊の隊服を着用した渋面のシュバルツに出迎えられ、ユーリウスは室内へ入ってから異様な雰囲気に息をのんだ。
壁際に控える白衣を着た助手に見える若い男性達は皆暗部。
彼らに囲まれているのは、簡易ベッドに横たわっている半分以上の髪が白髪になりやせ細った老人男性だった。
頬と目元はこけ、はだけた襟首から見える胸元は骨が浮き上がっていた。
僅かに胸が上下していなければ、土気色の顔色をした老人が生きているとは思えない。
「面倒なことになった」
腕組みをしたシュバルツは老人を見下ろして吐き捨てるように言った。
この衰弱しきった老人が“面倒”にはとても見えず、ユーリウスは老人を見詰める。
昏睡状態の老人は誰かに似ている気もするが、誰に似ているのかが分からない。
「この者が面倒だと言うのですか? 私には弱り切ったご老人にしか見えませんが」
「この者は、老人に見えるが……」
一旦言葉を切ったシュバルツはユーリウスと視線を合わせる。
「ルーファウスだ」
「は?」
思いもよらない名前を言われ、ユーリウスの口から間の抜けた声が出た。
前宰相の息子でありユーリウスの側近候補でもあったルーファウスが、メリルとともに行方不明となってから半年前しか経っていない。
若々しかったルーファウスの姿とベッドに横たわる衰弱しきった老人は似ても似つかず、シュバルツと老人と化したルーファウスを見る。
「魔力を根こそぎ奪われた上に、精気も奪われたようだな。これは、ルーファウスが禁術を使った代償だろう」
「禁術だと? どういうことですか? ルーファウスには監視がついていたのではないのですか?」
ルーファウスがメリルを連れて国外へ逃亡した際、暗部の者数名が彼らの監視につけられていた。
暗部に所属している者達は皆手練れの者達ばかりで易々と倒されはしないはずだ。
「監視に付けていた者は、こやつが起こした魔力爆発に巻き込まれてしまい命を落とした。そのため何が起きたのか詳細不明だ。そして、一緒に居たメリルは行方不明になっている。二人は……」
ガチャリ、奥の部屋へ続く扉が開く。
「オベリア王国で冒険者となっていたのだが、我が王家が管理していた古代遺跡へ侵入し内部を荒らした上に古の魔道具を盗んだのだ」
開いた扉から現れたイザークは、普段の飄々とした態度とは違い氷の様に冷たい声でシュバルツの台詞の続きを言う。
「なん、だと!? イザーク、それは本当なのか!?」
「盗み出した魔道具をルーファウスは使用したのだろう。魔力増幅の力を持つ魔道具を発動させ魔力爆発を起こした。一緒に居たメリルは魔道具を持って行方を眩ませたようだ。俺としては、メリルが行方不明でなければ今すぐ罪人としてルーファウスを引き渡してもらいたいのだがな」
冷笑を浮かべたイザークは、感情の消え失せた瞳でルーファウスを見る。
イザークの視線はかつての友人を見るものではなく、完全に罪人としてルーファウスを見ていた。
衰弱した老人のような姿になっていてもこのまま意識が戻らなくとも、メリルの身柄が確保された時点でルーファウスはオベリア王国へ罪人として引き渡されるだろう。
「叔父上、ルーファウスはこの後どうなるのですか?」
「一生このまま廃人同然となるか、回復していくのかは私には分からん。どんな姿になろうとも、こやつは罪は償わなければならない」
「くっ、馬鹿な奴だ」
一年前までは、幼馴染として共に学んでいたルーファウスの変わり果てた姿はさすがに衝撃的で哀れに思えて、ユーリウスは唇と噛んで目蓋を閉じた。
次話へ続きます。




