27.モブ令嬢は後悔の涙を流す
ここ三日間で色々な事があったせいか、脳内の情報処理が追い付かない。
声に出さず、心の中で「倒れた」と数回復唱してようやくユーリウスが倒れたのだ、と理解出来た。
「ユーリウス様が、倒れられた?」
「はい。放課後の生徒会長室で、突然倒れられたのです」
ドクンッと心臓が大きく脈打ち、ぎゅうっと締め付けられる。息苦しさを堪えるためにリージアは胸元を押さえた。
「何が、何があったのですか!?」
「それが」
声を荒げたリージアに詰め寄られ、護衛騎士は視線を彷徨わせて言い淀む。
「放課後、生徒会の仕事が終わった頃に、殿下を訪ねて生徒会室へ女子生徒がやって来たのです」
「女子生徒とは、シャルロットさん? 彼女と、何かあったのですか?」
以前、堂々とシャルロットが生徒室を訪れていた光景が思い浮かんだ。
イザークから聞いた話では、ユーリウスは理由があってシャルロットに勉強を教えていると言っていた。
騎士の口調からは、今日シャルロットが生徒会室を訪れたのは予定外だったように聞こえた。
勉強を見てもらう以外に彼女が生徒会長室を訪れる理由があったのか。
「女子生徒はリージア様から嫌がらせを受けていると殿下に訴えましたが、殿下は訴えを聞き入れず上級生の教室へ行き無礼な行為をしたことを咎めたのです。すると、女子生徒は殿下に「これで私を思い出して」と言いながら、ポケットから出した香水を辺りに振り撒きました。その直後、突然苦しみ出された殿下は意識を失われたのです」
「香水って、そんな!」
リージアの顔から血の気が引いていく。
植物、特に加工された香料に含まれる魔力でアレルギー反応を起こすユーリウスは、シャルロットが撒いた香水によって急激なアレルギー反応を起こしたのだ。
「その場で女子生徒は控えていたガルシア殿が拘束、暗部へ引き渡しましたが、呼吸困難になった殿下の意識は戻らず、治癒魔法に長けた魔術師が懸命な処置を行っている状態です。今すぐリージア様をお連れするようにと、シュバルツ殿下から命を受けてお迎えに上がりました」
「ユーリウス様……」
意識を失うほどのアレルギー反応は、アナフィラキシーショックではないか。
力が抜けて座り込みそうになるのを歯を食いしばり耐える。
震えだしそうになる全身を叱咤して足に力を入れて踏ん張って立った。
「直ぐに馬車の手配をします」
「いいえ、それでは遅いわ」
メイドの申し出にリージアは首を横に振った。
「ユーリウス様が倒れられたことは極秘なのでしょう? 今から馬車を手配したら、他の生徒に勘ぐられてしまうし時間もかかる。王城までは騎士様にお任せします」
着替える暇すら惜しくて、制服の上から外套のフードを目深にかぶったリージアは寮の裏口から外へ出た。
リージアを抱えるようにして待機させていた馬へ乗った騎士は、学園から王城へ続く森の中を単騎で走り抜ける。
王宮の裏手に広がる森、舗装されていない獣道を走る馬上から振り落とされまいと、リージアは手綱を持つ騎士の腕にしがみ付いた。
婚約者がいる身として、婚約者以外の男性に抱えられるのは褒められる行為ではないと分かっているが、乗馬の方が馬車よりも速く移動できるのだ。
「速すぎましたか。申し訳ありません」
「いえ、私が無理にお願いしたのですから、このまま走ってください」
速度を緩めようと手綱を引こうとする騎士を止め、リージアは前を向いて木々の間から見える城の一角を見上げた。
(ユーリウス様っどうか間に合って!!)
アナフィラキシーショックを起こしたのならば、時間の経過とともに症状が悪化していく可能性が高い。
現段階ではこの国にはアレルギーを抑える薬は無く、アレルギーに関する知識も無いだろう。
ユーリウスのアレルギー体質とリージアのスキルは極秘扱いにされており、二人の事情を知るシュバルツから呼ばれるということは、侍医や魔術師達では手の施しようが無いということだ。
うろ覚えの前世の記憶では、アナフィラキシーショックの症状は全身の発疹と呼吸困難、血圧低下による意識喪失、心停止の危険だったはずだ。
今まさに命の危険に晒され苦しんでいるユーリウスを思い、溢れ出そうになる涙は目元に力を入れて堪えた。
森を抜け、王宮を囲む結界の継ぎ目から庭園の片隅へ入る。
騎士団の宿舎にある馬屋へ騎乗していた馬を預けた騎士に先導され、使用人用の出入り口からリージアは城内へ入った。
夜間、王宮内へ入ることはほとんどなく珍しさから周囲を見渡したい衝動に駆られたが、警備にあたる衛兵が不審な目でフードを目深にかぶったリージアを見ており叶わない。
「何用だ?」
「申し訳ありません」
騎士に睨まれた衛兵は慌てて視線を逸らす。
姿勢を正す彼等が見慣れぬリージアの動向を伺っているのが分かり、騎士の影に隠れるように早足で歩く。
(あっ、)
王族専用区画へ入った途端、リージアは空気が変わったことに気が付いた。
初めて訪れる王宮の王族専用だけあって幾重にも張り巡らされた結界と、重々しく警戒と緊張感を感じさせる空気は暗く息苦しい。
先導する騎士の歩みが止まり、プライベート用応接室の扉を開きリージアの入室を促した。
「失礼します」
入室したリージアは椅子に座る人物に気付いて頭を下げた。
「シュバルツ先生、ガルシア先生」
椅子に座るシュバルツの傍らに立つガルシアは、目を細めて反応する。
「急に呼び出してすまない」
「シュバルツ先生、ユーリウス様の容態はどうなのですか?」
問い掛けにシュバルツの表情は険しくなる。
「ユーリウスの状態は、治癒魔法で何とか呼吸の確保と臓器の保護はしているが、回復魔法や投薬をしても全く症状が治まらない。このままでは長くはもたないだろう」
「そんな……」
「原因を作ったシャルロットはガルシアが拘束し、今も部下が尋問している。だが、全く要領を得ないことばかり言っていて話にならない」
想像していた以上に深刻なユーリウスの状態に、リージアの頭の中が真っ白になっていく。
リージアを呼び寄せたのは、シュバルツはユーリウスに残された時間は少ないだろうと判断したということか。
「シュバルツ先生、ユーリウス様の所へ連れて行ってください」
カラカラに乾いた舌を動かして、リージアは絞り出すように震える声を発した。
王宮の最奥、離宮の1室にユーリウスは搬送され懸命な治療を受けているという。
彼が意識不明の重体であることは国王とシュバルツに近しい者しか知らされていない。
搬送されたことは知られていても、詳細は王妃派の者達に漏らさないように離宮各所にシュバルツの部下が配置されており、完全な人払いもされている。
「異変に王妃は気が付いているだろう。すでに息子を王太子に推そうと動き出しているはずだ。だが、王妃はユーリウス暗殺を企てた協力者として、シャルロットと一緒に叩き潰すつもりだ」
暗い笑みを浮かべたシュバルツは、リージアの前を歩き室内へ入る。
警備と結界に護られたい薄暗い室内には、薬草と消毒液の香りが充満しており病院の一室を彷彿させた。
部屋の中央に置かれたベッドに寝かされているユーリウスは身動き一つしない。
「ユーリウス様っ」
室内へ足を踏み入れたリージアは、ハッと息をのんだ。
ベッドに横たわるユーリウスの全身は、発疹で真っ赤に腫れ上がっているのが遠目からでもよく分かった。
「ひどい」
整った顔全体は腫れ上がり、言われなければ彼がユーリウスだとは分からない。
ベッドへ近付くとヒューヒューという苦し気な呼吸音が聞こえた。
呼吸維持のための治癒魔法の術式が彼を取り囲んでおり、淡い薄緑色の魔力の光を放っていた。
「ユーリウス様、ごめんなさい」
見える範囲の顔と首以外、掛布の下の肌も真っ赤に腫れあがっていることだろう。
ここ数日間は、最低限の時間しかユーリウスと会っていなかった。
今日は一回も顔を合わせていない。
アレルゲンは彼の体内に蓄積されていたはず。その状態で香水をまき散らされたのだ。
アナフィラキシーショックを起こして当然だった。
涙の膜で覆われた視界の中では、ユーリウスが歪んで見える。
無効化のスキルを抑えている髪飾りとピアスを外し、治癒魔法の術式には触れないよう注意しながらユーリウスの頬へ手を伸ばした。
彼を蝕むアレルゲンの除去を願いながらそっと頬へ触れる。
「駄目、なの?」
無効化のスキルにより、治癒魔法の効力が消えて呼吸困難となったユーリウスが苦しそうに呻く。
慌てて頬から手を離すと、治癒魔法の効果は戻りユーリウスの呼吸は戻っていく。
何時もだったら直ぐにアレルゲンを除去する無効化のスキル。
ストッパーを外した今の状態でユーリウスに触れて、改善が見られなければリージアにはもう打つ手はない。
「そんな……」
絶望感からその場に崩れ落ち、床に両膝をついたリージアは天井を仰ぎ見た。
「こんな、こんなことになるなら、ちゃんと理由を聞いておけばよかった」
苦しそうな顔をしてまでユーリウスがシャルロットに関わらなければならない理由を、何故二人っきりになれた時に聞いておかなかったのか。
この後、イザークやシュバルツから聞くのではなく、ユーリウス本人ときちんと話をするべきだった。
ポタリ、堪えきれない涙がリージアの頬を伝い、ユーリウスの頬へ落ちる。
「私を置いて逝かないで。ユーリウス様、目を開けて。まだ貴方に言いたいことがあるの」
消え入りそうな声で言い、リージアは敷布を握り締める。
(まだ、何も伝えてない。次のデートへ行って食べたい物も、貴方のことを好きだということも)
もっと早く、ユーリウスの意識があるうちに伝えておけば良かった。
真っすぐな想いを伝えてくれていたのに、自分はあいまいな返答しか彼にしていなかった。
ポロポロと、零れ落ちるリージアの涙はユーリウスの顔と首元へ落ちる。
「ユーリウス様、好きです。貴方のことがずっと好きです。お願い、私を一人にしないでっ」
涙を流してしゃくりあげながら告白をしたリージアは、意識の無いユーリウスの胸へ縋りついた。




