14.モブ令嬢は王子様の秘密を知る
学園へ戻ります。
国王の生誕祭から三日後、王立学園へ留学してきたオベリア王国イザベラ王女はイザークの妹だということや一年生とは思えない大人びた容姿、更には国王に認められたユーリウスの側妃候補ではないかという話題性から、留学初日から学園中の注目を浴びた。
兄と同じく派手な外見と違い穏やかな性格をしているらしく、行く先々で生徒達から注目され声をかけられても嫌な顔をすることもなく、にこやかに対応する彼女の姿に憧れを抱く者は多かった。
生徒の一部からは、イザベラ王女こそユーリウス殿下の妃に相応しいという意見も出ており、時折聞こえてくる自分に対する陰口にリージアの気分は沈んでいくばかり。
放課後、渡り廊下を歩いていた女子生徒達は、中庭の端を歩いているユーリウスとイザベラに気が付き、歓声を上げて窓へ駆け寄った。
「ユーリウス殿下とイザベラ殿下、お二人でどちらへ行かれるのかしら?」
「イザベラ殿下を案内してさしあげていらっしゃるのね。お優しいわぁ」
彼女達が窓から見下ろした先、背後にロベルトと数人の護衛を連れたユーリウスとイザベラは、中庭を抜けて図書館へ向かって歩いていた。
「王子殿下と王女殿下ですもの。身分も釣り合いがとれたお似合いのお二人ですわ。やはりイザベラ様が側妃候補かしら?」
「それは、もしかして、」
言いかけた女子生徒の腕を、隣に居た友人が引っ張り止める。
「しっ、止めなさい」
唇に人差し指を当てた女子生徒の視線は、渡り廊下を歩いて教室棟へ向かうリージアへ向けられていた。
「あ、リージア様、失礼いたしました」
そそくさと立ち去ろうとする女子生徒達へ、妃教育で培った笑顔を張り付けたリージアは会釈を返してやり過ごす。
(何が失礼しました、よ。聞こえるように話していたくせに!)
張り付けた笑顔の下は、湧き上がる女子生徒達への怒りで眉を吊り上げていた。
渡り廊下を歩くリージアに気付いていながら、楽しくお喋りする彼女達はユーリウスとイザベラをお似合いだと評したのだ。
彼女達は後輩とはいえA組に在籍している高位貴族の令嬢だった。それならば、自分達より身分が低い辺境の伯爵家出身で特に目立つ成績でもないリージアを気に入らないと思われていても仕方がない。納得はしても、気分は晴れず溜息を吐いてしまった。
「あんなの気にすることはないわ。殿下の婚約者はリージアでしょう」
励ましてくれる友人に「うん」と小さく返す。
あくまでも生徒会長の仕事で、ユーリウスはイザベラに学園を案内しているだけだ。彼らの後ろにはロベルトと護衛が付いており、二人きりではない。とはいえ、経緯を知らない生徒達からしたら二人はお似合いに見えるのだ。違うと分かっていても、輝かしい王子様とエキゾチックな魅力を持つ王女様の組み合わせに、リージアが抱いた不安は消えてくれない。
沈んでいるリージアへ友人が声をかけようとして、前方から歩いて来る人物に気付き姿勢を正した。
「リージア嬢、いいかな」
「イザーク殿下、あの、私に何か?」
誕生祭での正装姿が夢か幻だったように、普段通り制服を着崩したイザークが笑顔でリージアへ声をかけた。彼から一歩下がった後方に立つ従者の青年が深々と頭を下げる。
「妹の事で相談があるんだ。君の意見を聞きたくてさ」
返答に困ったリージアは横目で窓から中庭を見る。図書館へ向かって歩いていたユーリウスとイザベラの姿はとうに消えていた。
「じゃあ、少しだけリージア嬢を借りるよ。ユーリウスがリージア嬢を探しに来たら、適当に誤魔化しておいてね」
「はい」
イザークが歯を見せて笑えば友人は頬を赤く染めて頷く。
先導するイザークと後方の従者の青年に挟まれたリージアを、友人は手を振って見送った。
「話はこっちの部屋でいいかな」
教室棟へ着いて直ぐにイザークが示した部屋は、ホール横にある相談室だった。すかさず従者がドアノブに手をかけて扉を開く。
「此奴も一緒だし、一応二人きりではないから安心してくれ」
先に相談室内へ入ったイザークに促され、リージアは緊張の面持ちで室内へ入る。
普段は生徒と教師が向かい合って座るのであろう椅子に、テーブルを挟んでイザークと対面で座った。一応、婚約者がいることを考えてくれているのか、二人きりではなく従者が半開きの扉の前に立つ。
「それで、お話とはどういったことでしょうか?」
誕生祭と偶然会った時以外イザークと話したことは無いのに、彼が妹の相談をしたいとはおそらくユーリウスとの婚約に関わる内容。リージアの喉がコクリと鳴る。
笑みを消したイザークはリージアと目を合わせると、両膝の上に手を置き彼女へ向けて頭を下げた。
「妹の、イザベラの件は申し訳ない。国王陛下の発言は何か思惑があってのことだろうし、俺はイザベラがユーリウスの側妃となるのを応援していない。そのことは分かってほしい」
「そう、なのですか?」
王太子と目されているユーリウスとイザベラが結ばれることは、政略的にも両国にとって有益なものでイザークも両手を上げて賛成しているのだと思っていた。
てっきり、自ら婚約解消を申し出るようにとでも言われるのかと、覚悟していたリージアは拍子抜けした気分でイザークを見詰めた。
「ユーリウスが義理の弟になるなど、考えたら気持ちが悪くなる」
うぇっと舌を出し顔を歪めて言うイザークは、心底そう思っているらしい。
「まぁ、リージア嬢がユーリウスと婚約解消して俺と婚約してくれるなら、イザベラを応援するかもしれないけどね。君を俺好みに躾けるのは愉しそうだし」
「ちょっ、それは」
語弊を招く発言に、慌てだすリージアに対して彼は唇へ人差し指を当てる。
「ユーリウスのデレデレした姿を見たら、絶対に婚約解消をしないのは分かっているよ。君に手を出したらキレたユーリウスと決闘する羽目になりそうだし、今も向こうの校舎から怖ーい教師が目を光らせているしね」
苦笑いするイザークの指差す方を見れば、相談室の窓から見える特別教室棟の一室の窓際に立ち、腕組みをしているガルシアが此方を睨んでいた。今にも攻撃を仕掛けてきそうな、彼の纏う剣呑な雰囲気は離れていても伝わってくる。
「危険を冒してまで君を連れ出したのは、確認したいことがあってさ。単刀直入に聞くよ」
息を吐いたイザークの顔から柔和な表情が消える。
「君には、前世の記憶があるのか?」
窓を揺らす風の音、壁に掛けられた時計の音……全ての音が室内から消えた。
「な、ぜ、ですか?」
驚きのあまり、問われた内容を理解するのに時間がかかってしまった。ようやく出せた声は掠れていて、途切れ途切れなものになっていた。
「やっぱり、記憶があるんだな」
顔色を悪くするリージアの反応に、イザークは至極楽しそうにそして嬉しそうに笑う。
「ユーリウスがメリルを拒否した時点でおかしいと思っていた。リージア・マンチェストというキャラは名前すら出てこなかったのに、君の存在がずっと不思議だった。その様子じゃあ、この世界があの世界に存在していたゲームの世界観に似ていることも理解しているんだ?」
クツクツ喉を鳴らすイザークに寒気がしてきて、リージアは思わず自分の両腕を抱く。
「貴方は、何が言いたいの?」
「ハハッ、そんなに警戒しないでくれよ。俺も君と同じなんだ。この世界に似たゲームが販売されていた世界の、前世の記憶を持っているんだよ」
「えっ!?」
驚愕のあまり上半身を大きく揺らしたリージアは、大きく目を開いてイザークを見詰めた。
イザークの告白は次話へ続きます。




