01.モブ令嬢は3年生になりました
三年生編開始です。
魔術師団長、宰相、相次ぐ高官の辞任で混乱していた王宮内が落ち着きを取り戻した頃、突如国王の口より発表された第一王子ユーリウスの婚約者決定は、まさに貴族にとって青天の霹靂だった。
しかも、婚約者となるのは貴族内の派閥に与してない辺境のマンチェスト伯爵令嬢。自分の娘を第一王子の婚約者候補に推していた高位貴族達は一斉に異を唱え騒ぎ出した。
どうにかして婚約の破談、または婚約式の延期をと筆頭公爵家を中心に動くも、王都から離れた辺境の豊かな自然と水資源を持つマンチェスト伯爵領からは良質な魔石と、ここ十数年間で著しく成長した絹織物や魔石加工技術は国内外から高く評価されており、筆頭公爵家とはいえども圧力をかけて婚約を破談にすることは出来なかった。さらに婚約は王命、元老院も了承しているとなれば気に入らぬ婚約でも表向きは祝福するしかない。
発表から3ヶ月後、王宮内広間にて行われた婚約式には多くの貴族、高官が集まった。
儀礼用の軍服姿のユーリウスにエスコートされたリージアが入場すると、集まった貴族達の視線が彼女へ集中する。
白から薄桃色のグラデーションに染められたドレス、マンチェスト伯爵お抱え職人の技術で繊細な細工が施された髪飾りを付け、小柄ながら背筋を伸ばして歩くリージアの姿はまるで、可憐な容姿と凛とした芯の強さを合わせ持つ清楚な花のよう。
デビュタントの舞踏会は不参加で、初めて多くの貴族達の前に立ったリージアは値踏みするような視線の中に興味、嫉妬、など好意的とは思えない様々な思惑が混じる感情を浴び、引きつりそうになる口元を何とか笑みの形にする。腰に回されたユーリウスの手が無ければ倒れてしまっていたかもしれない。震える手を叱咤して婚約誓約書に記名した。
婚約発表後、王子様が選んだのは地味な女子だと知った生徒達が騒然となり、一時授業どころじゃなくなった学園も新年度へ入る頃には落ち着きを取り戻していた。
第一王子の婚約者となっても、変わらず親しくしてくれる友人達のフォローのおかげで学生と王子妃教育の二重生活も何とかこなせていた。
1、2年生はC組だったリージアの第一王子の婚約者という立場と警護の関係で、3年生からはA組へ入るとべきだという声が学園教師達から上がった。しかし、3年生からクラスを変えても高位貴族子息子女達と馴染めそうにない。C組のままにして欲しいと懇願するリージアと、本人の意思を尊重すべきと言うユーリウスの圧力に負けた学園側の協議の結果、期末試験結果をみて三年生の一年間はB組所属となった。
メリルに同調し、成績と生活態度から評価を著しく下げた2年B組だった者と入れ代わる形で、2年C組だった生徒と仲の良い友人がB組となりリージアは安堵した。
「リージアさん、少し、よろしいかしら?」
「何かご用でしょうか?」
敵意を隠さない声で呼び止められ、友人と一緒にいたリージアは半ばうんざりしながら振り返った。
振り返った先には、赤みがかった金髪の毛先を綺麗に巻き、化粧もバッチリ施した切れ長の目がきつい印象を与える迫力美人が腰に手を当て立ってた。
派手な女子生徒はミンティア・サンジェス侯爵令嬢。ユーリウスの婚約発表直前まで、貴族達の間では彼の婚約者候補最有力とされていた令嬢だった。
「何か、ですって?」
ピクリとミンティアの片眉が器用に上がり、彼女の左右に立つ取り巻き女子達の表情も険しくなる。
「貴女、ユーリウス殿下の婚約者となったというのに、以前と変わらず平民や低い身分の方々と親しくするなど、自分の立場をちゃんと理解しているのかしら?」
「立場ですか? 学園では身分の差は関係無い、と学則にあります。ユーリウス殿下ご自身も、平民貴族関係無くご友人として親しくされていらっしゃいます」
溜め息を吐きそうになるのを堪え、ミンティアの目を見据えて言う。
苛立ちを露にしたミンティアはリージアを睨み、綺麗に口紅が塗られた唇をニィッと吊り上げた。
「貴族としての格も、成績もA組には及ばない貴女が殿下の婚約者だなんて、分不相応で恥ずかしいとは思いませんの? わたくしはユーリウス殿下の婚約者となるべく幼い頃より日々精進してきました。それをマンチェストなど辺境の伯爵家の貴女が選ばれるなど……あぁなんたることでしょう。身の程をわきまえなさい」
「あの、ミンティア様。昨日の合同実技訓練で私に負けたのが、そんなに悔しかったのですか?」
「え、」
リージアに問われて数秒間固まった後、図星だったらしいミンティアの顔が真っ赤に染まる。
昨日、A組B組合同の試合形式の魔術演習でリージアはミンティアと対戦していた。
日頃、敵意を向けてくるミンティアと対戦することになるとは、くじ引きで決まったとはいえ何らかの作為があるのかと勘繰ってしまう。
地味で大人しい女子を装うことも周囲に合わせることも止め、幼い頃から野山を駆け回り兄たちと一緒に魔獣退治までしていたリージアと教本通りの魔法しか扱えない侯爵令嬢。本気を出したリージアに敵うはずもなく、瞬く間に勝敗は決まったのだった。
「なんっ、なんですって?! あ、あの時は油断していただけですわ!」
「ミ、ミンティア様っ……」
眉を吊り上げて両手を握り締め、地団駄を踏む勢いで大声を上げたミンティアに取り巻きの女子は戸惑い、やり取りを遠巻きに見ていた生徒達も会話を止め辺りは静まり返った。
「リージア」
静まり返る中庭にリージアへ近付く足音と男子生徒の声が響き渡る。
「此処にいたのか。探したよ」
リージアの傍らまで歩み寄った彼はごく自然な動きで腰へ腕を回す。
横を見て確認しなくても、声と気配で自分を抱き寄せたのはユーリウスだと分かる。生徒達の前で抱き寄せられる恥ずかしさから、リージアは体温が上昇するのが分かった。
「遅くなってすまない」
「ユーリウス様」
頬を染めて見上げるリージアへ王子様は優しく微笑む。
だが直ぐに笑みを消し、冷たい眼差しをミンティアへ向けた。
「君は、サンジェス侯爵令嬢だったか。私の婚約者を、マンチェスト伯爵家を馬鹿にしているようだが、マンチェスト伯爵家は領地の繊維産業や魔石加工技術を向上させ、我が国の発展と他国との貿易に貢献してくれている。ちなみに、君が付けている髪飾りもマンチェスト伯爵家お抱えの職人達の作品だな。透かし細工の美しく繊細な作りの髪飾りは、今や王都の女性達が憧れる品なんだろう?」
小馬鹿にしたようなユーリウスからの指摘に、ミンティアの顔色が羞恥で赤くなる。
「まぁ、私がリージアを選んだ理由はそこではなく彼女自身の魅力に惹かれたから、だけどね」
フッと笑ったユーリウスはリージアの髪を指へ絡ませ口付けた。
目の前で対応の違いを見せつけられ、ミンティアは悔しさに唇を歪ませ小刻みに肩を震わせる。
「ああ、サンジェス侯爵へ泣きついても無駄だよ。私とリージアの婚約は王命だ。リージアが婚約者に相応しくないと言うならば、国王と私から叛意有る者達だとみなされるだけだ」
いくら気位が高いとはいえ、ミンティアもユーリウスの言葉の意味が分からないほど愚かな令嬢ではない。震える手を動かしてスカートの裾を摘まむ。
「お見苦しい真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」
真っ直ぐに自分へ向けられるユーリウスからの圧力を感じ顔色を悪くしながらも、淑女の礼をしたミンティアは取り巻きの女子達に支えられるようにして校舎へ向かって歩いて行った。
「大丈夫か?」
「は、はい」
顔を覗き込むように問われ、互いの息遣いを感じられるくらいの近さで密着していたことと、いつの間にか距離を置いていた友人が向ける生暖かい視線を感じてリージアはぎゅっと身を縮めた。
「申し訳ないが、少しの間リージアを借りるよ」
「はいっ!」
友人の返答にユーリウスが「ありがとう」と王子様の笑顔を見せれば、友人の頬は真っ赤に染まる。周囲の女子達からも黄色い声が上がった。
熱い視線を送る周囲の女子達には目もくれず、リージアの腰を抱いたユーリウスは中庭を通り抜け校舎裏へと歩く。
木陰の人目につかない場所にユーリウスの側近が用意したと思われる敷布が広げられ、ご丁寧に大きめのクッションまで用意されていたのにはリージアも目を丸くした。
「おいで」
クッションに凭れて座ったユーリウスから差し伸べられた手に、リージアは自分の手を重ねる。そっと引き寄せられて彼の隣へ座った。
「あの女、前にもリージアに絡んでいたな。クラスでも俺に馴れ馴れしく話しかけてきて目障りだ。サンジェス侯爵に圧力をかけようか」
学園での柔和な王子様の仮面を脱いだユーリウスの瞳に剣呑な光が宿る。
「あの、圧力をかけるのは止めてください。別に絡まれるだけで嫌がらせはされていませんし、ミンティア様の取り巻きの方々が何か仕掛ける前にガルシア先生が対応してくれていますから大丈夫ですよ」
ガルシアの名前を出した途端、ユーリウスの目付きが険しくなり一気に機嫌も下降していく。
「俺より、あの暗殺者がいいのか?」
「もう、ユーリウス様ったら」
不機嫌になったユーリウスの声に拗ねた響きを感じ取り、リージアはクスクス声を出して笑ってしまった。
のんびり更新となります。
ガルシア先生の説明は次話で。




