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25.王子様はモブ令嬢を陥落させるための計略を企てる

終話となります。

 許可された者しか入れない王族の居住区域の応接室。

 部下の気配を感じ取り、向かいの椅子に座る国王へ目配せをしたシュバルツは、結界の一部を解除し入室を許可する。


 解除された結界の隙間から、首から足の先まで黒色装束の青年が音もなく現れ、足を組んで椅子に座る国王とシュバルツ、ユーリウスの前で膝を折った。


「例の二人ですが、持ち出した貴金属を換金し、乗り合い馬車で国境の町へ向かいました」

「国境を越えるまで監視を続けろ」

「はっ」


 シュバルツの命令に頭を垂れて答え、影の中へ溶け込むように青年は音もなく姿を消した。


「シュバルツ、お前の予測通り隣国へ向かったな。しかし、すぐに足がつく国内で換金をするとは、阿呆な奴等だ」


 口髭を撫でた国王は愉しそうにクツクツと喉を鳴らす。


「どうする? 今なら捕縛出来るが?」


 応接室へ足を踏み入れた時から渋面のままでいたユーリウスは、シュバルツからの問いに首を横に振った。


「捕縛はまだ待ってほしい」

「フッ、お前を裏切った奴を見逃すとは、甘いな」


 肘掛けに両肘を置き、国王は器用に片眉を上げる。


「父上、私は選択肢を与えただけで見逃してはいませんよ。ルーファウスが身分と親の庇護の下の生活、全てを捨てる覚悟で選んだ道ですから、暫し夢を見させてやろうと思っただけです。見目が良く地位ある者を好んでいたような貪欲なあの女が、全てを捨てた貴族でも無くなった世間知らずな彼奴に満足するとは思えません。持ち出した宝飾品と金貨も直ぐに使い果たし、いずれ路頭に迷うでしょう」


 一週間前、領地で謹慎中だったルーファウスを見舞うついでに学園での出来事とメリルの捕縛を知らせた。


 激しく動揺し取り乱したルーファウスを心配し、メリルが移送される時期と考え得る彼女への処罰を知らせただけで、手を貸したわけでも見逃してもいない。

 謹慎期間を終え学園へ復学した後、上位の成績を修めれば国政には関われずとも、宰相である父親の補佐か領地運営を任されるという未来もあった。

 それなのに、メリルと一緒に国外逃亡をするという愚かな選択をしたのはルーファウス自身なのだから。


「兄上、監視魔法はかけてありますから、どうにでも出来ますよ」


 目先の自由しか見えていない愚かな二人は、何処へ逃げても一生監視されることには気付いていない。


「ふむ」と頷き、目蓋を閉じた国王が瞑った目蓋を開いた時には、すでに国外脱出する二人への興味は失せていた。

 国王(ちちおや)の切り換えの早さにユーリウスは内心苦笑いする。


「それはそうとユーリウス、婚約式を早めたいそうだな」

「ええ。最近、学園周辺を他国の間者と思われる者が彷徨いているようですから、面倒な者達が騒ぐ前に婚約式を終わらせたいと思いまして」

「フン、随分と惚れ込んでいるのだな」


 口では茶化しつつも、国王はいつになく感情を露にする息子の変化を懸念していた。

 意識を失ったリージアを抱えて王宮へ戻って来たユーリウスは、侍医の治療中も彼女の手を握り離れようとしなかった。

 報告を受けた時は、国王は我が耳を疑ったものだ。


 学業を優先したいというユーリウスの意思を尊重し、婚約者選考は学園卒業後、王太子発表前に行う予定だったのが、選んできたのは中央とは離れた立ち位置のマンチェスト伯爵令嬢。

 王家にとって無害な一族とはいえ、この婚約に反対している元老院議員も多い。

 近々、良からぬことを企む者も出てくることだろう。


(王太子となるのを邪魔している老害共と、王妃支持派を一掃するつもりか? ならば、面白い)


 結論を導きだした国王は、ニヤリと口角を上げた。


「リージア嬢がユーリウスの弱みとなるのも、魔力無効化スキルの情報が他国へ漏れるのは面倒だな。よかろう。婚約式を早めるように伝令を出そう」


 頬杖をついた国王は、隣室に控える侍従を呼ぶベルを鳴らした。



 すんなりと婚約式の件を了承した国王を訝しがりながらも、ユーリウスは笑いだしそうになるのを堪えていた。

 力を入れた頬がヒクヒクとひきつる。


(リージアに興味を持ちだした彼奴が動く前に、婚約式を終わらせる。国内外に婚約を知らせて、逃げ道を塞いでしまわないとな)


 完璧な王子を演じているユーリウスは、裏ではリージアに懸想する男子生徒を彼女が気付かないよう排除したり、毎日彼女と過ごすために睡眠時間を削って公務をこなしていた。


 少しばかり重たいユーリウスの執着ぶりを見知っているシュバルツは、噛み合わない親子の思惑を感じとり呆れ混じりの視線を向けていた。




 ***




 過ごしやすい季節は過ぎ、最近は日暮れの時刻が近付くにつれて気温が下がってきている。


 自分の背の半分ほどもある大きなゴミ箱を抱えたリージアは、風が吹き抜ける校舎裏を歩き倉庫へと向かっていた。

 腰まであった長かった髪は今や肩につく程度の長さ。スキルを抑える眼鏡は外して、代わりに魔石をはめ込んだピアスと髪止めを付けていた。

 ピアスと髪止めは魔石を加工して作られた特注品で、勿論ユーリウスから贈られたもの。

 魔石の色はユーリウスの瞳を彷彿させる翡翠色。


「わっ」


 風が吹き髪が舞う。両手でゴミ箱を抱えているため、手で直すことが出来ず首を振って乱れた髪を整える。


 後夜祭の一件から1週間後、髪が短くなり眼鏡を外して登校したリージアに、クラスメイト達は騒然となった。


 その日のホームルームでは、緊急のクラス会議が開かれ学園祭準備を一部の生徒に押し付けていたことや、クラス内の格差について話し合いが行われた。

 後夜祭の後、1週間休み髪まで短く切ったリージアの姿を見て、クラスメイト達は次々に謝罪の言葉を口にする。

 その結果、雑務は当番制となりクラスの団結力は強まり、授業にも真剣に取り組むようになった。

 先日行われた試験結果は学園内でも注目をされるほど良かったと、担任が喜んで話していた。


 色々あった2年生も残すところあと3ヶ月。


『続編が出ていることは知らないんだ? せいぜいユーリウスを他の女に奪われないように頑張ることね』


 沈みかけた夕陽を見ていたリージアの脳裏に、行方不明になったメリルの言葉が響く。

 平穏な学生生活は長くは続かず、ゲームの物語通りの展開となっていくのだろうか。


(もう、がっつり巻き込まれちゃっているしな)


 もう少しヒントをくれてもいいじゃないかと、心の中でメリルへ文句を言いつつ風が吹く度に身震いしながら歩き、片手で倉庫の扉を開く。


 薄暗い倉庫内の所定の場所へゴミ箱を置き、赤くなった両手のひらを軽く叩いて教室へ戻ろうと、扉のドアノブへ手をかけた。


「きゃあ!?」


 急に扉が開き、ドアノブを掴んでいたリージアは勢いよく引っ張られる形で前のめりに倒れた。


 傾ぐ体を上から伸びてきた腕が抱き締める。

「ひっ」っと出そうになった悲鳴は、抱き止めた相手の顔が見えて誰か分かると、溜め息へと変わった。

 背中へ回された腕が体を支え靴裏が床につき、リージアは眉を吊り上げて相手を見上げた。


「ユーリウス様、吃驚するから脅かさないでくださいよ」

「すまない。出てくるのを待てなくてな」


 もう少し文句を言いたくとも、こう素直に謝られると文句は言えず、リージアは開いた扉から外を見る。

 リージア絡みで暴走しかけるユーリウスを真っ先に諌めるであろう、護衛兼補佐として常に彼の側にいる護衛の姿が見当たらない。


「こんな場所に、お一人で来たのですか?」


 学園内とはいえ、王子様が人気の無い倉庫へ一人で来るとは無用心だ。

 埃っぽい倉庫など、王子様には無縁の場所だろうに。


「ああ、煩いから色々押し付けて置いてきた。此処へはリージアの気配を追って来たんだ」

「煩いからって」


 意地の悪い笑みを浮かべるユーリウスのことだ。

 追跡できないように痕跡を全て消して此処まで来たのだろう。

 真面目な護衛騎士の彼は、今頃慌てふためいているはず。


「これを運んだのか? リージア一人にごみ捨てをさせるなど、C組の奴等はどういうつもりなんだ」


 ゴミ箱とリージアを交互に見たユーリウスは顔を顰めた。


「今日の当番は私ですから。A組は独自で清掃員を雇っているのでしょうけど、C組では皆平等に仕事を行うと、クラス会議で決まったんですよ」


 高位貴族子息子女が大半のA組は、王子様もいらっしゃるという理由で専属の清掃員が雇われている。

 学園側が雇ったのではなく、クラスの生徒が話し合い決めたらしい。


「リージアがそれでいいなら、仕方ないな」


 背中へ回したままの腕に力を入れて、ユーリウスは抱き寄せたリージアの首へ顔を寄せる。

 僅かに混じる甘酸っぱい汗の香りを肺一杯に吸い込み、そっと口付けた。


「あの、ユーリウス様」

「なんだ?」


 顔を埋めたままユーリウスは答える。

 首に吐息がかかる擽ったさと、薄暗い倉庫内で抱き合っている気恥ずかしさから、リージアの思考がぐるぐると渦を巻いて混乱へ陥っていく。


「離してくれませんか。その、誰かに見られたら……」

「見られてもいいだろう。三ヶ月後には婚約式を行い、皆も俺たちの婚約を知ることとなるのだからな」


 耳元で囁くように言われて、リージアの全身は音を立てて真っ赤に染まる。


「でもっ、でもっ見られたら恥ずかしいし、汗をかいているので、その、離してください」


 俯いていたリージアが顔を上げて、ユーリウスはひゅっと息を飲んだ。

 腕の中のリージアは、全身を羞恥で赤く染めて目元も赤くした半泣きになっていた。


「なっ、なんで?」


 頬を赤く染めたユーリウスは腕の中のリージアを解放するどころか、さらにぎゅうぎゅうと抱き締める。


「はぁ、可愛い過ぎるのがいけない」

「えぇ~?!」


 密着する二人の間に少しでも隙間を作ろうと、ユーリウスの胸へ手を当てたリージアだったが、鼻を啜る音が聞こえて視線を上げた。

 頬を染めてリージアを見下ろすユーリウスの白目は、少し充血しており鼻の頭も赤らんでいる。


「ユーリウス様、また囲まれてしまったのですか?」


 アレルギー症状を発症したユーリウスは、香水の香りや化粧品の香料に過敏に反応する体質になってしまった。

 王子様なのに、女子達に囲まれるとくしゃみと鼻水が止まらなくなってしまうのだ。


「だから、癒してくれ」


 二度(ふたたび)、ユーリウスはリージアの首に顔を埋めて包み込むように華奢な体を抱き締める。


「リージア……」


 息を吐いたユーリウスはリージアの香りを吸い込む。


 この世界の香水や化粧品には、加工時に使用する魔石や製作者の魔力が微量に込められている。

 特殊な魔力とアレルゲンとなる香料が反応を起こしアレルギー症状が出て来るのではないか、というのが王宮医の見立てだった。

 魔力無効化スキルを持つリージアが傍に居ることで、ユーリウスを苛むアレルギー反応が消失するのだ。


「仕方ないですねぇ。埃も良くないですし、早く此処から出ましょう」


 溜め息混じりで言うと、リージアは胸の前においていた手を伸ばし、甘えるように顔を擦り付けるユーリウスの背中をゆっくり撫でた。




この話で『雑用係編』は完結となります。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

多くの皆さまから、この後の話を読みたいというご要望を頂きました。ありがとうございます。

一旦完結として、少し時間を頂きストックを貯めてからこの後の話、3年生編を開始します。

それから、メリルのその後も出す予定です。彼女のざまぁはこれから、ですかね。もう少しお待ちください。



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて一気に読んでしまいました。 リージア可愛い\(//∇//)\ 続編も楽しみにしてます!
[一言] アレルギー症状を発症して残念な感じになりましたね。メリル脱走の手引きは変態さんでしたね。ゲームの続編があるのか、リージアの兄が関わるのか気になりますね。
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