24.モブ令嬢はヒロインと面会する
予約投稿するのを忘れていました。
簡易トイレと小さなテーブル、一人用の固いベッドが置かれたその部屋は、一見すると平民用の寮の一室かと思えた。しかし、小さな窓には鉄格子がはめられ扉は外から施錠されており、部屋の至るところには監視用魔道具が設置されていた。施錠された扉を開く者は、きつい面差しの女性兵士一人だけ。
部屋の中でしか自由に動けず、逃げだしたくても首にはめられた魔法封じの首輪のせいで魔法は使えない。窓は隙間が狭すぎて通れず、扉は頑丈過ぎて力尽くでは開けられない。
寒々とした室内で、メリルはベッドの上で膝を抱えて座っていた。
カツン、コツン、兵士とは違う靴音が聞こえ顔を上げる。近付く気配から訪問者の正体に気付いたメリルは扉を睨んだ。
「何の用? 私を笑いにきたの?」
「違う。貴女と話をしたいと思ったから来たの」
扉の向こうから聞こえてきた声は、メリルの予想通り自分が投獄される原因となったリージア・マンチェストだった。ぎりっと奥歯を噛み締める。
「今さら何を話すことがあるというのよ。私はバッドエンドが決定して、アンタは王子様とのハッピーエンドが決定したんでしょ?」
「ハッピーエンドとかバッドエンドなんて、作られた物語の終わりに過ぎないでしょ。生きている限り生活は続くし、この後どうなるかなんて貴女でも分からないんじゃない?」
「フンッ、ハッピーエンド確定だからって余裕ね」
敵意を剥き出しにするメリルにリージアは苦笑いした。扉が無ければ、彼女は掴みかかってきたかもしれない。
「一つ確認させて。……メリルさんは、自分はこの世界のヒロインだと言っていたけれど、もしかして貴女はこの世界とは違う、生まれる前の記憶というものがあるの?」
問われてメリルは息を飲んだ。大きく身動いで、ベッドが軋む。
「まさか、アンタも?」
「私がはっきりと自覚したのは、学園へ入学する時。前世では普通の会社員だった。この世界はゲームの世界観と似ていると気付いて本当に驚いたわ」
「だから、アンタは私の邪魔ばかりしたのね」
攻略が上手く行かないわけだと、メリルは親指の爪を噛んだ。
同じ前世の記憶持ちだと分かり、固かったリージアの声が僅かにやわらかくなる。
「邪魔するつもりは全く無かったし目立たないようにしていたのに、偶然ユーリウス様と出会って彼に一方的に巻き込まれたのよ」
「前世の記憶持ちでも、自分がストーリーに関係のないモブだと分かっているのだから、ユーリウスから離れなさいよ」
苛立ちの感情のまま、メリルは手元の枕をベッドへ叩きつけ、息を吐いた。
「……前世の私は大学生だった。彼氏も男友達もいっぱいいたし、毎日楽しく過ごしていたのに突然元カレから刺されて死んで、気が付いたらアネモネの聖乙女のヒロインとして生まれ変わっていたのよ。赤ちゃんの頃から前世の記憶があったから、お世話されるのが嫌で嫌で仕方なかった。この世界がゲームと同じだと気が付いたのは、ウルスラ男爵と初めて会った時で、その後は高熱を出して寝込んじゃった」
ゲームのヒロインへ転生したと知った時の衝撃を思い出して、メリルはくすりと笑う。
「ヒロインになったからには、良い男とハッピーエンドを目指したいでしょう? でも、実際の学園生活は、授業は面倒くさいし勉強しなくちゃならない。攻略対象との会話は選択肢じゃないし好感度は見えない。面倒なところはスキップも出来ないし、ライバルと男を取り合うだなんて嫌だったの。そこで、キャラごとの性格と性癖を思い出して、そこを攻めて落とすことにしたらルーファウスとマルセルは見事に落ちてくれたわ」
「性癖って……」
あっけらかんと話すメリルに対してと、図書館の学習室でルーファウスと繰り広げていた濃厚なやり取りを思い出して、リージアの肌に鳥肌が立った。
「でも、ユーリウスは駄目だった。幼いころ城を抜け出したユーリウスと私は街の外れで会ったことがあるのに、全く思いだしてくれない。だから、ゲームのキーアイテムとなるアネモネから抽出した香水を振りかけて会っていたのに、全然効果は無いし。やたら避けられるし、アンタを雑用係なんかにするし。アンタが邪魔していると思ったから、ガルシアのアジト周辺を彷徨ってやっと彼と会えて、殺害依頼したのに失敗するしで最悪よ」
「最悪って、私が言う言葉じゃない?」
殺害依頼をしたとはっきり言われて、リージアは思いっきり引いてしまった。最悪なのはこちらだと怒鳴りたいところだが、唾を飲み込み堪える。
(もしかして、ユーリウス様がメリルさんに会うと襲われていた不快症状は、アネモネの香りによるアレルギー発症だったの? メリルさんとアネモネのアレルギー症状が結び付いて、彼女が近付くだけで症状がでるようになった。……ユーリウス様、可哀想)
扉を挟んでの会話で良かった。顔を合わせていたら、メリルへ侮蔑の眼差しを向けていた。
「メリルさん、この世界はゲームじゃない。もう分かっているでしょう?」
「でも、イベントはゲームと同時期に起こっているわよ?」
メリルはくすりと笑う。
「アンタはマンチェスト伯爵令嬢なのよね。お兄さんは3年生のブルックスだっけ?」
「え?」
「前世で、ファンディスクはやったの?」
何を言い出すのかと訝しがりつつ、口元へ人差し指を当ててリージアは記憶を探る。
「私の記憶では、まだ発売されてなかったかな」
「ふぅん」と返し、メリルは口角を上げた。
「じゃあ、続編が出ていることも知らないんだ。うふふ、私がいなくなることで続編は始まるのかどうなのか知らないけど、せいぜいユーリウスを他の女に奪われないように頑張ることね」
「それって、どういうこと?」
椅子から立ち上がり扉へ手を当てるリージアの問いに、メリルはクスクス笑うのみで答えてくれない。
「お時間です」
さらに問おうとしたリージアを事務的な兵士の声が遮った。
「さぁ、リージア様行きましょう」
名残惜しいと扉を見るリージアへ、ユーリウスから付けられた護衛騎士が牢から出ることを促す。
「ふふふっ、じゃあまたね。リージアさん」
扉越しに戸惑う気配を感じたメリルは、ニヤリと猫のように目を細め笑った。
***
ガチャガチャ、キィィ…
解錠と扉の開く音が聞こえ、メリルは掛布を勢いよく捲り起き上がった。
「メリル」
新月の夜は室内を照らす光源は無い。暗闇の中、待ちに待った相手の声と気配を感じてメリルは満面の笑みを浮かべた。
「迎えに来てくれたのね」
ベッドから下り、足音を立てないようにメリルは扉へと向かう。
5日ぶりに室内から出られたことに歓喜の声を上げそうになるのを、息を吸って堪える。四六時中メリルを見張っていた3人の女性兵士は、壁際のテーブルへ突っ伏して眠っていた。
「君がいなければ生きていけないんだ。此処から、この国から出て、一緒に隣国へ行こう」
床へ片膝をつき、切なそうに見上げてくる彼の頬へ手を添えて「ええ」と微笑んで頷く。
差し出された大きな手のひらへ自分の手を乗せて、メリルは軽やかな足取りで多数の兵士達が倒れている廊下を歩きだした。
(アネモネの聖乙女1しかやっていないのなら、アンタは知らなくて当然でしょうね)
廊下に倒れている兵士達が、自分の新たな旅立ちを祝ってくれているように思えてきて、メリルは目を細める。
(ファンディスクには、バッドエンド確定でも攻略キャラの好感度がマックスの場合は、高確率でそのキャラが助けに来てくれる。ヒロインには、助けに来てくれた相手と国外へ逃亡するエンドもあるのよ)
「じゃあ、頑張ってね。モブ令嬢さん」
王宮の片隅に建つ建物外へ出ると、自分だけが聞こえる声で呟いたメリルは闇の中へ姿を消した。
メリルは逃亡エンドとなりました。逃亡相手が誰かは、次話で分かります。
誤字脱字報告ありがとうございます。早朝、深夜に打ち込んでいるため、見逃しが多くすみません。




