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19.モブ令嬢はテンプレな展開に泣きそうになる

リージア視点に戻ります。

 強い目眩に襲われてその場に屈んでしまったリージアは、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしてよろめきながら立ち上がった。


 顔を覆っていた両手を外し「えっ?」と驚いた。

 たった今まで倉庫裏に居たはずなのに、いつの間にか学園の大ホール中央に立っていたのだ。

 周りを見渡せば、自分を遠巻きに見ている生徒達はスーツやドレスを着ていて、まるで卒業パーティーの会場に迷い込んでしまった気分になった。

 視線を下げれば、自分も浅葱色のドレスを纏っておりこれは一体どういうことかと、首を傾げてしまった。


 カツン、カツン、靴のヒールが鳴らす固い音が響き、顔を上げたリージアはギョッと目を見開く。


「え?」


 直ぐには理解できず、何度も目を瞬いて確認する。

 目前まで歩み寄ってきたのは黒色の燕尾服姿のユーリウスと、彼に寄り添う薄ピンク色の花弁を模したような可憐なドレスに身を包んだメリルだった。

 目を見開くリージアへ、ユーリウスは嫌悪感を露にした鋭い視線を向ける。


「お前には、私の愛しいメリルを苛めた罰を与えねば」


 はぁ?と発しそうになり、声に出すのは何とか堪えた。

 苦手を通り越して、メリルをアレルゲン扱いにしていたのに、ユーリウスは何を言い出すのだ。


「リージア・マンチェスト、貴様を国外追放とする!」


「ええっ?!」


 とんでもない宣言をされて、口と目を大きく開いてしまった。

 悪役令嬢の断罪シーンを何故モブキャラが経験しなければならないのだ。

 唖然となるリージアへ見せつけるように、メリルはユーリウスの腕に自分の腕を絡ませる。


「うふふ、ちょっとユーリウス様に優しくされたからって、いい気になっていた罰ね。ざまぁみろ」


 至極愉しそうに、メリルはくすくす声を出して嗤う。


「嘘、こんなのって、嫌です。ユーリウス様っ」


 胸の前に合わせた手を握りしめ、リージアの瞳に涙の膜が張っていく。

 ユーリウスに命じられた学園の警備員達が、涙を流すリージアを拘束するため近寄ってくる気配を感じた。




 ***




「っ?!」


 大きく目を見開き、リージアの意識は一気に浮上した。

 とんでもない夢を見たせいで、全力疾走した後みたいにびっしょりと汗をかき、呼吸が苦しい。

 息を整えようと深呼吸をして、卒業パーティーは夢で今まで自分は眠っていたと理解した。


(夢で、良かった。で、此処はどこだろう?)


 ほぅ、と息を吐いてから横たわったまま首を動かして周囲を確認する。

 寝ていたのは薄い敷布のような布の上で、薄暗い室内には地理の授業で使う壁掛けの地図や大きな三角定規などが壁際に置かれていた。置かれている物から、此処は学園の資材室だろうか。


「起きたか」


 人の気配がしなかった空間から声が聞こえ、リージアはビクリッと大きく体を揺らしてしまった。

 力の入らない腕を叱咤して、よろけながら上半身を起こす。


「えっと、はぁ?」


 声をかけたであろう人物の姿を確認して、間の抜けた声が出てしまった。

 横たわるリージアを観察するように椅子に腰かけていたのは、口元までを覆う体の線が分かるぴったりとした黒装束を纏った短髪の青年。見たことがある黒装束と暗がりでも分かる彼の鋭い眼光で、青年が誰なのか分かり背筋が寒くなった。


(この人って、隠しキャラのガルシア?!)


 隠しキャラの彼がどうして此処にいるのかとか、自分は一体どうなってしまったのかと、これって命の危機なのでは、という疑問で脳内が占められる。


「殺し屋さん、なの?」


 訊きたいことはいっぱいあるのに、口から出た言葉は自分でもよく分からないもので、言い終わった後に口を片手で覆った。

 混乱するリージアを見て、口元を布で覆ったガルシアがフッと笑った気がした。


「殺し屋か。まぁ、似たようなものだ」


(うわぁ! これってヤバイ展開じゃないの?! 逃げなきゃっ)


 腕に力を込め後退しようとして僅かに動いた瞬間、腕から力が抜けカクンッとリージアの上半身が傾ぐ。

 床へ体が打ち付けられる寸前、黒い腕がリージアの肩へ回され抱き止める。


「わぁっ?!」


 椅子に座っていたガルシアが瞬く間に移動したことよりも、背中と密着した腕から彼の逞しい筋肉と体温を感じてしまい、顔に熱が集中するのを感じた。


「気を付けろ。神経毒を使った影響で体の感覚はまだ鈍いままだ」


 耳元で話されてしまい耳に心地いい低音の声に、今の状況を忘れて酔いしれてしまいそうになった。


「はぅ、あの、何で私を?」


 身を縮めるリージアの背へ手をそえて、ガルシアは上半身を支え起こす手伝いをしてくれる。

 ヒロイン以外の相手には、無慈悲だと思っていた意外な彼の優しさを知り、心臓の鼓動が速くなっていく。


「依頼を受けたからだ。私怨では無い」


「依頼……」


 以前、買い物へ出掛けた時に街角で見かけた、ガルシアと会話するメリルを思い出した。


(まさかメリルさんが? そんな、ヒロインが殺害依頼とかしていいの?!)


 嫌われているだろうと分かっていても、殺害依頼をするくらい彼女から憎まれていたとは。リージアの顔から血の気が引いていく。ガルシアが支えてくれていなければ意識が遠退いてしまうところだった。


「依頼者の話では、リージア・マンチェスト伯爵令嬢は、アプリコット色の髪を三つ編みにして眼鏡をかけた外見は地味な女。だが、王子を後ろ楯にして学園内では生徒を顎で使い、婚約者のいる男を誘惑しているような高慢で常識無しの女」


「それ、誰のことですか?」


 誤情報過ぎてあんぐりと口を開けてしまった。依頼者の言った通りだったら、悪役どころか極悪令嬢そのものだ。


「どんな女かと思い、直ぐには動かず暫くの間お前を観察していたのだが」


 濃紺色の瞳がリージアをじっと見詰める。


「依頼者からの情報と全く異なる、むしろ真逆で、目立たず仕事を押し付けられても文句のひとつも言わないような、お人好しの女だったのは正直驚いた」


『お人好しですね』


 学園祭前日に重たい籠を持ってくれた男子生徒は、回収物をリージア一人に押し付けたクラスメイトを自分の代わりに憤ってくれて、お人好しだと言った。あの男子生徒は、変装したガルシアだったのか。


「私を、殺すの?」


「そういう依頼だからな」


 半泣きでの問いに、彼は感情のこもらない声で答える。


「だが」


 背中から手を離したガルシアは、リージアと顔を合わせるように座る。


「リージア、俺と一緒に来ないか?」


「は?」


 一緒にご飯でも食べにいくか? と誘うように軽く言われ、固まるリージアの三つ編みに結った毛先を、ガルシアは自分の手のひらに乗せる。


「今まで暗殺した奴等は、人の恨みを買う明確な理由を持ち、殺されても仕方無いような屑ばかりだった。お前は、屑では無い。普通の女の子だ」


 無表情で淡々と話していたガルシアの眉が寄り、困ったように人差し指で頬を掻く。


「俺は殺人狂ではない。普通の女の子を殺すのは、躊躇する」


「貴方と一緒にいったら私は“リージア”のままでいられるの?」


 思考停止状態から復帰したリージアは、浮かんだ疑問を口にする。


「リージア・マンチェストは此処で死ぬことになる。俺が見逃したところで、依頼人が依頼を取り下げ無い限り他の奴等が殺しに来るぞ。一緒に来るなら、お前の名前と髪色は変えて生活してもらう」


「じゃあ、貴方とは一緒に行けない。殺される理由も分からず、命は生き延びても存在だけでも殺されるなんて御免だわ」


 十中八九ガルシアへ暗殺依頼をしたのはメリルだろうが、依頼者の欲求のために命を狙われて、生き延びても別人として生きていかなきゃならないとか嫌だ。いくらモブに生まれたとしても、こんな酷い扱いは冗談じゃない。


「そうか」


 目を細めたガルシアは音もなく立ち上がる。


「では、仕方無いな」


 心底残念そうに言ったガルシアは、腰へ挿した大振りのナイフへ手を伸ばした。


誘拐犯、男子生徒=ガルシアでした。



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