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14.モブ令嬢はうんざりする

視点が戻ります。

 学園祭まで後ニ日となった。


 各クラスごとの特色を生かした出し物を考え、クラス総出で放課後も下校時間まで準備をしていた。

 学園の決まりで、学園祭準備は使用人の手は借りず生徒の力だけで行わなければならない。

 そうなると、動ける生徒と役割は決まってくる。平民や下級貴族の男子生徒は実働部隊として動き、高位貴族の生徒は材料提供、女子はデザイン案を考えたり差し入れを用意して応援へ回り、C組は他のクラスより揉め事も少なく順調に作業は進んでいた。

 教師側の計らいで午後の授業は全て準備時間となり、教室棟の教室から生徒の声と金槌を打ち付ける音が響く。

 

(うん?)


 装飾で使用する木の板を両手に抱え、ジャージ姿で中庭を歩いていたリージアは、校舎の方から視線を感じて顔を上げた。

 辺りを見回しているうちに視線は消えてしまい、何だろうと首を捻る。


(気のせい? 短期間に色々あったから過敏になっているのかな?)


 学園祭直前なのに厄介ごとに巻き込まれたら嫌だ。

 木の板を抱え直したリージアは、小走りで教室へ向かった。




 下校時刻間際となり、教室を出たリージアは階段へ向かう生徒達の間を縫って此方へ向かって廊下を歩いて来るピンク色の髪の女子生徒に気付き、ギクリと体を揺らした。

 教室入り口に立つリージアの目前で足を止めたメリルは、頭の先から足元までリージアを一瞥してから口を開いた。


「ちょっといいかしら?」

「え、ええ」


 高圧的な態度にムッとするが嫌とも言えず、教室横に設置されたベンチにメリルと並んで腰掛ける。


(あれ? 一人なんだ。珍しいな)


 ベンチに座るメリルの側には誰もおらず、周囲を確認してもマルセルとルーファウスやB組男子はいない。

 学園祭準備で慌ただしいとはいえ、珍しいこともあるものだ。


「ねぇ、今日からルーファウス様が休学したの。何でか知らない?」

「えっ、休学されたんですか?」


 だから一人なのかと納得した。

 侯爵家長男で、宰相子息のルーファウスの休学が生徒達間で話題に上がらなかったのは、学園祭前だからか。それとも教師達が情報操作をしたのか。

 リージアの薄い反応が気に入らなかったらしく、メリルの眉が吊り上がる。


「はっ? 知らなかったの? アンタが何かしたんじゃないの?」

「私はルーファウス様と話したことは無いですし、違うクラスのことまでは分かりませんから何も」

 ダンッ!


 言い終わる前に、メリルはベンチの背凭れへ握った拳を打ち付ける。


「白々しい! アンタがユーリウス様に何か吹き込んで休学させたんじゃないの?!」

「えぇ?!」


 いきなり何を言い出すのかと、驚いて目を見開いてしまった。

 怒りで顔を歪めたメリルは、今にも掴みかからんばかりにリージアを睨む。


「何で私の邪魔をするのよ! モブのくせに!」

「モブって、貴女は何を言っているんですか」


 沸点の低いメリルに呆れつつ、彼女の“モブ”発言のおかげでリージアの頭が冷えていく。

 “モブ”という言葉はこの世界では一般的ではない。

 モブキャラの意味をもつ言葉は、小説やお芝居では脇役と言われている。

 “モブ”という言葉が出てくるのは、メリルも前世の記憶がありリージアの前世と同じ時間軸に生きていた転生者なのか。

 さらに、この世界に似た恋愛シミュレーションゲームの存在を知っていて、ゲーム内には自分と似たヒロインがいるということを知っているとしたら。


「モブはモブでしょ! メインキャラ以外は私の引き立て役なのよ!」


 がたんっ!


(あ……)


 勢いよく立ち上がったメリルの後ろから、教師の姿が見えてリージアは開きかけた口を閉じた。


「メリル・ウルスラ、そこまでにしなさい」

「シュバルツ先生っ、ジョージ先生も」


 シュバルツの後ろに立つ、ジョージ先生から立ち上る威圧感に圧されメリルは後ずさる。


「ルーファウスの休学理由は彼のご両親の意向によるものだ。リージアには何一つ関係無い」


 冷たい口調でシュバルツに言われ、メリルは悔しそうに下唇を噛む。


「……シュバルツ先生も、私ではなくそこのモブを庇うんですね」

「庇うも何も、一方的に責め立てていたら止めるだろう」

「くっ、分かりました。失礼します」


 軽く頭を下げ、リージアを睨みつけたメリルは、小走りで立ち去って行った。


「廊下は歩けよー!」


 ジョージ先生の大声は廊下中に響き、生徒達の視線が走って行くメリルの背中へ集中する。



「話にならないな」


 走り去るメリルの背中が見えなくなり、シュバルツは呟いた。


「メリル・ウルスラのことは気にすることは無い」


 立ち上がったリージアの頭をシュバルツは軽く撫で、一瞬だけ彼女の耳の側へ唇を近付ける。


「ユーリウスが待っている」


 リージアにだけ聞こえる声で伝えられた言葉。

 顔を動かすより早く離れたシュバルツの唇は声は出さず、不自然に見えない動きで「早く行け」と動く。


「は、はい。ありがとうございました」


 動揺を抑えて二人に一礼したリージアは、ベンチに置いた鞄を肩に掛けると図書館へ向かって歩き出した。


「助けたぞ」


 リージアを見送ったシュバルツは、何もない空間を見上げて笑いかけた。




 早歩きで向かった図書室は人の気配は無く、学習室前を通り抜け王族専用閲覧室へ向かう。


 閲覧室の重厚な扉の前にリージアが立つと同時に、待っていたとばかりに音もなく扉は自動で開いた。

 入室したリージアを出迎えたのはフルーティーなアップルティーの香り。


「遅かったな」


 憮然として長椅子へ腰掛けるユーリウスの前にあるテーブルの上には、色とりどりのマカロンと注がれたばかりであろうアップルティー入りのティーカップ。

 リージアが来たタイミングで用意してくれたのだと思うと、メリルに絡まれたことなど吹き飛んで笑顔になってしまう。


「すみません。ちょっと色々ありまして」

「知っている。こっちへ」


 自分の隣をポンポン叩くユーリウスに促され、彼の隣へ腰掛ける。

 ティーカップに淹れられたアップルティーを「いただきます」と言ってから一口飲む。

 乾いた喉がほどよく潤い、ほぅっと息が漏れた。


「あの、ユーリウス様、ルーファウス様の休学って、もしかして?」


 エリート貴族の長男が王立学園を休学するとは大事である。

 成績が出されたのは生徒会役員選挙直前で、成績だけでは休学の理由は弱く、王子であるユーリウスが動いたに違いない。


「提出物が未提出だったり成績の低下、俺の補佐を疎かにしたという事実を知った両親が激怒し、学園を休学させる形で領地へ連れていかれた。一から領地運営を学ばせて性根を叩き直すらしい。暫くは、2年の間は学園には来れないだろうな」

「じゃあ、あの時の映像は……」


 口ごもるリージアへ、ユーリウスはニヤリと口角を上げる。


「勿論見せた。宰相は顔面蒼白になり卒倒寸前だったな。母親のフリューゲル夫人は、耐えきれず途中で退席した」

「それはまた、何と言っていいか」


 成績の低下もそうだが、実の息子が女子生徒との変態行為に溺れているという事実を知り、さらに映像を見るのは精神的な負担が大きかったであろう。

 高位貴族のご婦人には耐えがたい苦痛だったことは容易に想像できる。


「相手のメリル嬢は、素行に問題があると危険視されて国王直属の監視がついている。学園祭後に、本人を拘束してスキルと光属性の再鑑定を行うそうだ。それから、今の話は全て極秘だからな」

「そんな極秘な話、簡単に教えないでくださいよ」


 極秘事項を一般生徒に話さないでほしい。思わず横を向いてしまった。


「協力者なのだから、共有する必要があるだろう」


 協力者と言われたら仕方無いと、リージアは渋々背けた顔を戻す。

 本人は隠しているつもりでも隠しきれない膨れっ面に、ユーリウスはクツクツと喉を鳴らした。


「で、何もされなかったか?」


 ラズベリー味のマカロンの味に舌鼓を打っていたリージアは、ユーリウスから何を問われたのか考えて、メリルから怒鳴られたことかと理解した。

 マカロンを咀嚼してから飲み込み、口を開く。


「メリルさんに、ですか? すんでのところでシュバルツ先生とジョージ先生が来てくださって助けてもらい、大丈夫でした」

「そうか。ここのは全部食べていいからな」


 ユーリウスは色とりどりのマカロンを指差す。

 このマカロンは街で人気のスイーツ店で並ばないと買えないという、人気の品。

 王子様自ら店まで行き並んだとは考えられないから、護衛が買って来たとのだと推測できる。

 それでも、長い時間並んだのに買えなかったと、以前愚痴を言ったのを覚えていてくれたのだったら、嬉しい。


(協力者をしている報酬だとしても、イケメンはやること全てがイケメンなんだなぁ)


 ピスタチオ味のマカロンを齧り、リージアはユーリウスを見る。紅茶を飲む姿が様になっていて、改めて彼は綺麗な顔をしていると見とれそうになる。

 視線に気付いたユーリウスが目を細めた。


「そうだ、マルセルにも監視がついていてな。どうやらメリル嬢は、的確に男の好みを把握して篭絡していったようだ」

「好み?」

「マルセルは胸に顔を埋めて甘えるのが好きらしい」


 メリルの胸に顔を埋めるマルセルという光景が脳裏に浮かび、リージアの口元が引きつった。


(ゲームの中でも、そんなスチルがあったような)


 前世の自分は、弱音を吐いているマルセルをヒロインが抱き締めるという恋愛イベントを、感動的なものだと感じていた。

 でも、伯爵家に生まれて多少なりとも淑女教育を受けた今は違う。婚約者がいるのに、他の女子と二人っきりになり、胸に顔を埋めて甘えるのは如何なものかと、眉を顰められて当然だ。


「弱い部分につけ入り甘えさせて、自分に依存するように誘導していったのだろうな」


(なるほど、短期間で二人を攻略したのは弱みにつけ入るような言動と、彼等の性癖の攻略か。メリルさんはすごいテクニックを持っていたのね)


 成熟し男性経験豊富な女性並みのテクニックだと、まだ学生の彼女が使いこなしているのは大したものだと、感心してしまった。


「風紀を乱したとして直ぐにも動きたいところだが、学園祭が近いため監視だけに止めている。今のところ、ルーファウスが休学したことや、教師陣の監視、マルセルも学業不振を理由に父親から叱られたことで、メリル嬢とB組の連中は大人しくしているからな。だが、前回の事もある。リージアは学園祭が終わるまでは一人になるな」


 一人で行動していて絡まれる、材料を取りに行った資材倉庫に閉じ込められる等、有りそうな展開は容易に想像できる。

 唇をきつく結んだリージアは、マカロンを持つ手を止めて頷いた。


いつも誤字脱字報告をありがとうございます。

前話の閑話が思いの外評判が良く、時々男子達の話を入れようと考えています。


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