第十話 浅草浪花家の焼きそばとたい焼きとかき氷
その日も雨が降っていた。
7月も半ばを過ぎてもなかなか梅雨が明けない。雨が降ると、このごわごわの硬い紙質の黒髪がうねって大変なことになるのであまり好きではない。縮毛矯正をかけるのは月に一度。わりとシャレにならない金額が飛んでいく。
遠くで雷の音がしている。遠雷、とも言うんだっけかな? ゴロゴロとしている間はいいんだけど、あのドカーンという音が苦手でね。いくつになっても心臓に悪い。と、言っているうちにピカッ!と空が輝いた。
「……いーち、にーい、さーん」
昔、誰に教わったのかは忘れるほどの昔に、10数えるまでに音がしなければ遠いから大丈夫なのだと聞いたことがあるのだ。それからずっと稲光が光るたびに、数を数えている。
「ごーお、ろーく、」
「ふーくー」
「ひゃあっ!」
傘を握りしめて数を数えるのに夢中になっていたら、周りへ気を配るのを忘れていた。突然声をかけられてびくっと飛び上がるほどに驚く。
「……なんだぁ、あっちゃんかぁ」
「あっちゃんて呼ぶのやめろ」
あっちゃんは家の近くにある八百屋さんとこの息子さんだ。私の幼馴染でもある。ちょっといかつい風体をしているけれど、江戸っ子らしく義理人情に厚い。あと、野菜食べろってうるさい。髪は赤茶色で肌は浅黒い。身長がそこそこ高いので見上げるようにして話すと首が痛い。
「あっくん?」
「篤志だって言ってんだろが。それよりお前、雷平気なのかよ」
「平気じゃない。全然平気じゃない。駄目」
そういえばさっきの雷はどうなったんだろうか、と思っている間にまたビカっと光った。
「いーち、にーい、」
途中まで数えたところでドンっという空気を震わす衝撃が走る。ぴゃっと飛び上がって走り出そうとしたところで、あっちゃんに左手を掴まれて止められた。
「お前、すぐすっ転ぶんだから走んな」
「だってー」
「雷が鳴ってるってことは雨もすぐ止むだろ。雨宿りしようぜ」
「仕事じゃないの?」
「あと店に戻るだけだから多少遅れても文句言われるだけだ」
言うが早いか、あっちゃんは付けていた八百屋さんのエプロンをぱぱっと外して肩から下げていたカバンにしまってしまった。どうでもいいけど、しまってしまうって親父ギャグっぽい。本当にどうでもいい。
「何か食ってこうぜ。腹減った」
「えー、じゃあ、浪速家さんにする?」
「おお、そうだな」
浅草浪速家さんは国際通りに面した場所にあるたい焼き屋さん。たい焼きがメインなんだけど、この季節になるとあの冷たいアイツの取り扱いも始める。簡単に軽食も食べられるので、小腹が減った時なんかはちょうどいい。
傘をたたんで店内に入ると、奥の席が空いていたのであっちゃんと向かい合わせに座る。わりとこじんまりとした店内で席数も多くないからか、背の高いあっちゃんがちょこんと座っている光景は見ていて面白い。
「何笑ってんだ」
「なーんでもないよ。あっちゃんとこうして寄り道するのも久しぶりだなって思っただけ」
「ああ、そうだな」
泣き虫ふくちゃんを知っている人は少ない。はずだ。私がこちらへ越してきた時に、最初に大声でその名前を呼んだあっちゃんのことは軽く締めたけど。小さい頃の私はたまにこちらへ遊びに来るだけの子どもだったから、むしろあっちゃんが覚えていたことに驚愕したものだ。
あっちゃんは私よりも二つ年下で、でもその頃の私にとってはでっかいガキ大将みたいな存在で、いじめるとかではなく色々面倒も見てくれていたことに気付いたのは大人になってからだった。
真剣にメニューとにらめっこしている厳しいその顔からはあんまり想像がつかないけど、本当はやさしい。
「ふくは何にすんの?」
「私はかき氷! きな粉にしよっと」
「じゃあ、頼んじまうか」
すいませーん、と手をあげて店員さんを呼んでくれる。
「俺は焼きそば、麺大盛でトッピングの目玉焼きも付けて。あとたい焼きセットでほうじ茶で」
「私はかき氷のきなこをお願いします」
すらすらっと出てくるあたり、よく来てるんだなー。私はたまにしか来ない。そして焼きそば、いい匂いするんだよね。
外はひどい雨。雷鳴ってたし、夕立かなぁ。
「お前、雷除けの御札買った?」
「ほおずき市のやつでしょ? 買えなかったんだよねー、今年」
「前は御札だけだったけど、最近お守りも出たらしいぞ」
「うっそ! 知らない! ほんと?!」
「俺もスマホで見たんだけどさー」
あっちゃんと話していると昔に戻ったみたいな感じがする。ちょっとほっとするというか、家族といるみたいな気持ちになる。年下に思えないんだよねー。しっかりし過ぎてて年上っぽい。
「お待たせしました」
そして運ばれてきた焼きそばのいい香りよ。ソースの香ばしさがまた堪んないよねー。
私の目の前には山盛りのかき氷。いつも思うけども、芸術的なほどの盛り。こぼさずに食べられたことがない。残念ながら。
「しかしかき氷にきな粉って俺ここくらいしか知らないぜ?」
「私もそうなんだけどさー、これ食べちゃうと他が食べられなくなっちゃう」
みつがかかった氷はしっとりしているのできな粉でむせることはない。程よい甘さで美味しい。追いみつとして黒蜜が付いているところも私的にはポイントが高い。あとこぼしても大丈夫なようにお盆に乗っている点も加点です。助かります。
「はー、しあわせー」
「さっきまで雷でビビッてたくせに」
「うーるさいよー」
ずばばっと麺をすすってあっちゃんは黙々と焼きそばを食べすすめる。うまそう。そうこうしている間にたい焼きも運ばれてきた。ここのたい焼きは天然ものだ。一匹ずつ焼く形なのが天然だそうで、この一匹ずつ焼くために大量生産は難しい。皮はぱりっとしていて、中のあんこはたっぷり。甘すぎなくて美味。
「ほうじ茶がうまい」
「それに気付くとはあっちゃんも大人の階段のぼったねー」
「っるさいわ。たい焼き食うか?」
「え? いいの?」
ほれ、と半分にしてくれたたい焼きを受け取る。そういえば、小さい頃もチューペットを半分に折ってくれて分けてくれたりしたっけ。
「ありがとー!」
ほんのり甘いあんこだけど隅っこまでぎっしりで、そしてこの皮のぱりぱりー。たまらーん!
「おいしーい!」
「静かに食え。はしゃぐな」
「うまうまなんだよ? すっごく美味しいんだよ? 叫ばずにいられないのは仕方ないよ」
「迷惑行為を正当化すんな」
ぱちんと弱めのでこぴんを食らったので、大げさに痛がってみせると、会ってからずっと不機嫌そうにしていたあっちゃんの唇がにっと笑みの形を取った。
「何?」
「何でもねぇよ。なんか元気なさそうだな、と思っただけだ」
ふい、と横を向いて、お茶をすすっている顔を見ながら、私は分かりやすく凹んでいたことに気付いた。そうか。そう見えちゃったか。
「……ありがとね」
「おう」
以心伝心。こういう友達がいるというのもいいことだ。
お腹が満足してお店から出る頃には、雨は上がっていた。
「ほーらな」
にかっと笑ったあっちゃんは、じゃあな、と手を振ってお店の方向に走っていく。私は不器用な幼馴染がくれたあったかい気づかいに感謝しながら家路についた。
そういえば、今家に同居人がいる話をしようと思ってて忘れちゃったな。また会った時でいっか。
浅草浪花家さんの食べ物はどれも美味しいので
絞り切れなくて三品!
あっちゃんはいいひとです。




