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第十一話 鎮護堂とたぬきおむすび

 浅草には、いくつかのパワースポットがある。

 いわゆる霊験(れいけん)あらたかってやつだ。私はわりと信心深いので(それを自分で言ってしまうあたり、そうでもないような気もしないでもないけど)、お参りは欠かさない。というより、見かけるとつい、立ち寄ってしまう。

 芸能人、有名人の手形が並ぶことで有名な浅草公会堂の近くに、鎮護堂(ちんごどう)と言う名前のお堂がある。

 ずらりと並ぶ(たぬき)の焼き物の異形(いぎょう)さもさることながら、千社札(せんじゃふだ)が張り巡らされたお堂の中もある種の異空間みたいだ。あまり有名ではないからか、そうそうお参りをしている人がいないというのも個人的にはポイントが高い。


「さて」


 このお堂に(まつ)られているのはお狸さま。その昔、浅草の奥山から逃げてきて伝法院(でんぽういん)のあたりに住んでいた狸が伝法院の住職の夢枕(ゆめまくら)に立って、狸を祀れば火難(かなん)から退けよう、と告げたのだという。

 そのおかげもあってか、この辺りはあの関東大震災や東京大空襲で焼け野原になりながら、伝法院と鎮護堂は焼失することなく、今も健在というのだ。

 そして今日、私がここに来ているのには意味がある。火難を除けるというもの以外に、ここのお堂にはひとつ、いわれがある。

 「た・ぬき」。つまり、他を抜くと言うことで、落語家さんや歌舞伎役者さんなどの信奉(しんぽう)も厚いのだ。


(どうか、今回の企画、通りますように!)


 一生懸命、頭をひねりにひねって出したアイデアだったけれども、自分の出来る限りの力は出し切ったつもりだったけれども、それが採用されるかどうは分からない。というわけで、最後の最後は神頼み。ちょっとだけ、お賽銭(さいせん)も奮発してしっかりと願っておいた。

 もうここまでしたら、どういう結果が待っていても怖くはない。うん。いわゆる、人事は尽くしたのだからあとは天命を待つのみ。

 でもなー、これが通るか通らないかで給料の査定も変わってくるし、出来たら、いや、絶対通ってほしい。


(そしたら、重成くんと何か美味しいもの食べに行きたいなぁ)


 なし崩しで暮らし始めたふたり暮らしは、案外とうまくいっている。今のところ。

 でもそろそろ気が緩む頃だし、取り決めを破られてしまうんじゃないかと心配したこともありました。そう思った自分をぶん殴りたくなるくらいに、重成くんは誠実でした。

 むしろ私の方がお酒飲んで迷惑かけてしまった。年上なのにねぇ。

 だけど、こんな時間が長くは続かないことも分かってはいるつもり。いっしょにいるのが居心地がいいというのは、まずい。すごく。自分が引き込んだくせに酷い言い草だけれども。


(……怖くなっちゃうんだよなぁ)


 いつもそう。誰かと付き合うときは、いつも、別れを意識する。

 馬鹿だとは思うけれども、その感情はなかなか止められないし、この悪癖はなかなかおさまらない。


『まぁた猫背になってる! しゃんとおし!』


 ばしっ! と背中を叩かれたような気がして、少し苦笑する。祖母の姉はそういう人だった。私が背中を丸めて泣いていると、ばしっと背中を叩いて怒るような。うじうじぐだぐだしていると、また怒られるかな。怒って、もらいたいな。

 気付けばかなりネガティブな気持ちになっていたので、頬をぱちんと叩いて正気を取り戻す。これはいけない。はやく帰っておいしいものを食べなければ。

 いろいろ切り替えた私は早足で、夕飯の買い物をするために家路を急いだ。





「あれ? まだ起きてたんですか?」


「うーん。何か寝付けなくて」


 リビングにやってきた重成くんは、椅子に座ってスマホをいじっていた私を見つけるとちょっと驚いた顔をした。時間は夜の11時。深夜だねぇ。


「ごはん、何か食べた?」


「夕飯は食べたんですけど、ちょっと小腹が減ったから何か食べようかと」


「そうなんだ。私も小腹が減ったなぁ。ちょっと待ってて」


 冷蔵庫の野菜室から三つ葉を取り出して、まな板の上に置くと茎はちょっと細かめに刻み、葉は適当に刻んでおく。それから冷蔵庫に入れておいたあげ玉をボールに入れて麺つゆで少しふやかす。あげ玉って最近は粉ものコーナーにもあって、日持ちするものがあるのでありがたい。さて、あげ玉がめんつゆを吸ったら朝に炊いておいたので少し硬めになったご飯を投入。あげ玉の追加と、さっき刻んだ三つ葉も入れてよく混ぜる。ラップに包んで三角ににぎれば、これで完成。


「はい! たぬきおむすび!」


「おおー。たぬき?」


「ほら、たぬきそばとかあるじゃない? 天かすが入ってるやつ。あれのおむすびバージョンです」


 悪魔のおむすびとかいってコンビニでも最近見かけるけど、家で作るとまた美味しいんだよねぇ。


「なるほど。あ、しっとりしているのとサクサクのがあって美味しいですね。これ」


「私、三つ葉も好きなんだよねー。多めに入れちゃったけど、ごめんね」


「俺も好きなんで問題ないですよ」


 にっこりと笑う重成くんにつられて、私もにっこり。うーん。お世辞だとしても嬉しい。


「余ったら次の日お茶漬けにしても美味しいの」


「なるほど」


 ぱくぱくと食べる重成くんを見つめながら、小さめに握った自分の分をもう一個だけ食べて、明日は一駅余分に歩こうと思った私なのだった。すごく美味しいんだけど、カロリーが不安になるのよね。正に、悪魔のおむすび。

 でも、幸せそうに食べる人が目の前にいるというのには代えられないか。






 翌日。私の企画は、なんとなんと、無事に通った。

 お参りしたお蔭かな、と思ったので、もちろんその日の帰り道に暗くなって閉まってしまった鎮護堂の門の前で、深々と頭を下げてお礼を言う私の姿があったのだった。

 

たぬきおむすび好きなのです。

でも天かす使うとカロリーが心配。

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