<4話 表> 永遠への船出
帰宅して、ようやく妙な事に気が付いた。
最後に言った合言葉、何でそうなるんだ?
「良い旅を……か」
思っている事がこれなのか。
ありがとうとか、そういう事を言うはずだと思っていたが、
どうしてこんな言葉が出てきたのか、謎だ。
(そもそも何処に旅立たせるつもりだったんだ……)
異世界に帰すのも確かに旅にはなるだろうが、
間違いない、この先にまだ何かがある。
そして、何故か俺の机の上にまだ残っている本。
彼女が持っていた物語の書いてある本ではなく、
中身がほぼ真っ白な状態の本の方である。
(これの謎も、一切解けてないんだよな)
しかし、時間も時間なのだ。
そろそろ寝るとしよう……
翌朝、俺は目が覚めて驚愕の光景を目にする。
「んにゅぅ……」
横で寝てるのは……
待て、そもそも誰かが横で寝ている時点でおかしい。
相手の顔を確認する。
100%見た事のある相手だ。
元の世界に戻ったはずの……
「おはよう」
とりあえず、何事も無かったかのように振舞え。
勘違いなら失礼極まりない。
「ん、もう朝なんだ……」
確定、昨日とほぼ同じ展開じゃないかこれは。
「で、何でここに居る?」
「ほえっ?」
寝ぼけてやがる……
何だろう、更に昨日の状態に近付いていないか?
「くぅ……」
も、問答無用で寝始めやがった。現実逃避か?
勘弁してくれ、これはどう考えても昨日以上に酷い展開じゃないか。
仕方ないので再び眠ろうとしている彼女の肩をゆさゆさとしつこく揺さぶってやる。
これで起きないなら鼻でも摘んでやるか?
「いい加減にしっかり目を覚ましてくれ、
理不尽もここまで来ると嫌がらせに近くなるぞ?」
少し苛立ちながら俺がそう言うと、
彼女は大人しく目を開けて俺の方をじっと見つめてくる。
「嫌がらせじゃないもん」
頬を膨らませながら抗議してくる彼女。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
よく見ると本当に可愛いんだよな、純粋にそう思える程。
「これからはずっと一緒だもん」
「さらりと爆弾発言しないでくれないか?」
聞き捨てならない発言だと思うんだが……
「一緒なのは一緒だもん」
「だから……」
勘弁してくれ。
何がどうなっているのか全然……
「繋ぐ道は繰り返しより紡がれる……って覚えてる?」
「それはお前が持っていた本じゃないのか?」
「あれは、完結したんだよ」
「ああ……」
彼女の旅が物語の締めになった、そういう事なのだろう。
で、それが今の状態と何の関係がある?
「続編が出るんだって」
「続編?」
「うん、続編だよ」
「おいおい、冗談じゃないぞ……」
聞いていないぞ?
その場合、俺は確実に巻き込まれるわけじゃないか。
逃れるにはどうすればいい……
そうだ、と思い、彼女の手元を見ても何も無い。当てが外れた。
「今回は何も持ってないんだな」
「カウンタも本も無いよ」
「となると、完結したあの本も持ってないのか」
「持ってない」
完結したから無くなったのか?
「ということは、何らかの要因でここに引っ張られてきたのか」
「うん、わたしはいつの間にかここに居たんだよね~」
「思い当たる理由は?」
「わかんない」
と言う事は……
「ちょっと待ってくれ、確認したい事がある」
「逃げるの?」
「思い当たる節があるだけだ」
俺は机の上にある本を持って来た。
「この本……」
「もしかして、同じ物か?」
「ちょっとだけ違うかも。
タイトルも少し違うし……」
彼女はこの文字を読めるのか、なるほど。
「えへへ……」
頬を真っ赤に染めながら笑っている。
本を開いて最初の部分を少し読んでいるみたいだ。
どうやら何か知ることができたのだろう。
にしては、妙に笑顔が蕩けてるのだが……?
「どうして笑っているんだ?
何か嬉しい事でもあったのか、それとも……」
「嬉しい事だよ~」
弾んだ声で彼女が答える。
「うん、本当に、ずっと一緒になれるの」
嬉しそうだけどこっちの気分としては複雑だ。
「それで、タイトルは?」
「えへへ……秘密だよ」
教えてくれないのか、残念。
「理不尽なままで巻き込まれる気はないぞ」
「残念、もう巻き込まれてるから無理~」
「まさか、拒否権なし?」
「うんっ」
可愛さ全開、とびきりの笑顔、ありがとうございます。
蕩けている場合じゃない、このままだと何か大変な事になる気がする。
「もう、何に突っ込みを入れていいのかわからないよ」
しかし適切に反撃できる手段を思い浮かぶわけも無い。
このまま俺はどうなってしまうんだ?
「受け入れるのも大事なんだよ?」
「全部お前の所為だ……」
結局、溜息をつく事しか俺には出来なかった……
あの本を拾って異世界に飛ばされて以来、俺の人生は滅茶苦茶になった気がする。
となるとだ、俺がどんな感じで振り回されるのか……
「もしかして、今度はこの世界に客人を呼び込んで、
三千歩歩かせるとか……」
「それだと二人きりになれないよ」
あ、ああ……
というか二人きり確定なのか。
嬉しいような、悲しいような。
「一緒に巡ろうよ、色々な世界」
「何を言い出すかと思えば……」
「今度はわたしと二人でお客様になるの」
満面の笑みで持ちかけられた提案に、俺は少し興味が湧いた。
意外と、悪い事ばかりでも無いのでは?
それに……
「ということは、お前が元々居た世界も……」
「巡れるかもしれない。
それに、前の本も見つかるかも」
目を輝かせながら彼女は俺に訴えかけてくる。
「前の本か。結末は見たのか?」
「見てないよ」
ふむ、それは少し残念かもしれないな。
俺には読めないが、せめて幸せに終わったかを知りたいものだ。
「あなたと一緒に探しに行きたいな」
上目遣いで、俺にそう懇願してくる彼女。
そんな顔をしなくても良い。
既に俺は、その事実に凄まじいほどの興味を惹かれているんだ。
「率直に言おう、面白そうだ」
「え?」
彼女が呆気にとられていた。
まさか、俺が乗り気になったのは変だと思われたか?
「俺個人としては、お前に振り回されながら、
ただ目的も無く彷徨う旅になるのは勘弁して欲しい」
そこまで言って、気付いた。
(誰かに振り回されず、独りで旅をして面白いのか?)
別に、面白くないとは言っていない。
決められたルートを辿るだけの旅でも、
誰かと旅をする方が間違いなく面白いに決まっているだろう。
(その相手が彼女でいいのか?)
行ってみなくてはわからない。
だから、俺は軽く咳払いをして……
「だけど、何かの目標の為に旅をするなら大歓迎だ」
言ってやった。俺の本心。
行かない理由なんて、無い。
途端に、沈んでいた彼女の顔が笑顔に変わる。
「お前との旅はきっと良い旅になる」
「うんっ、ありがとう!」
そうだ、そういう事だったのか。
なんて場所に罠を仕込んでいるんだ……
(結局これ、俺が蒔いた種になるのか)
思い出してみよう。
俺が彼女を送り出す時に何を言ったか。
その前に、俺の机に本があったその時から……
ほら、全部繋がっている。
それこそ、あの世界に飛ばされて一緒に歩いた時点で、
この結末があったとしか思えない。
あの時の合言葉の意味も簡単だ。
彼女はあの瞬間から、案内する側から、旅人に変わった。
そして俺を連れに、誘いに来たのだ。
(参ったな。だが、悪い気はしない)
この調子だと、毒を喰らわば皿までを覚悟した方が良さそうだ。
一生をこの少女と共に歩む事になるのも、
そんなに遠い話では無くなるのではなかろうか。
まあ良い、成り行きだが覚悟は決まった。
この先の旅路が、楽しい物であればそれで良し。
この少女が喜んでくれるなら、尚の事良し。
(あれ……本が……)
本が輝いている。
これは、もしかして……
彼女に手を差し出す。
彼女はその手を、軽く握ってくれた。
(大丈夫だ、もう離す気はない)
それでは、出発だ。
どこまでも、一緒に行ってやるよ。
幸せな結末を探し出す日まで。
青年視点での物語はこれにて終了。
新しい本のタイトルや中身については妖精視点の方にて明かします。