<3話 裏> 物語の終着点
広場に着いて、わたしは彼の背中からゆっくりと降ろされた。
ここから、終わりに向けてのカウントダウンが始まる。
「つ、疲れた……」
「おつかれさま」
わたしの居た世界の時は動きにくそうな服だったけど、
今回は動きやすい服だから楽だったのかな?
何となく、その横顔に目を惹かれてしまった。
「さあ、行こうか。
ここからもう、始まっているんだ」
光で照らされている花々。
わたしの居た世界では見られなかった花。
「花が照らされてる……
いろんな色の光で……」
「綺麗だろう?」
「うん、こんなの初めて見た」
あの世界には花があまり咲いていない。
手入れをする妖精や人が居なくなっていたから。
こんな風に、光で照らされる姿も見たのも初めてだった。
わたしと彼は、花で飾られた道を歩いた。
色とりどりの花。色とりどりの光。
(不思議だけど、見た事も無くてとても綺麗……)
カウンタの事は気にしないで……
ずっと、ずっとこんな場所を歩いていられたらいいな。
だけど、、華やかに彩られていた道は短かった。
「休憩しよう?」
小さなベンチの前で、わたしは彼にそう言った。
離れたくないから、ついわがままを言ってしまった。
だけど彼はわたしの頭に手を置いて、いいよって言ってくれた。
ベンチに座る。
何を話していいのかわからなくて、少しの間戸惑った。
「人、少ないね」
「まあ、色々と事情があるんだ。
街の方に行けば当然人は沢山住んでいる」
そういう答えが欲しかったわけじゃないよ、もう……
でも、本当にその通りで、
わたしの居た世界なんかよりも多くの人が居てちょっとうらやましい。
「いいなぁ……」
思わず、口に出てしまった。
「だが、どれだけ大勢の人がこの世界に居たとしても、
人と人の繋がりが無ければ独りでしかないんだ」
そんなはずはないと思う。
彼はきっと気付いていないだけ。
「最初から居ないよりは、良いよ」
「同じだ。
数の論理により、気にも留められずに消えていく。
忘れ去られていくのは同じなんだ」
それはあなたの思い込み。
だけど、忘れ去られてしまうと消えてしまうのは同じ……なの?
「なら……」
その後が、続かなかった。
彼は首を横に振っている。
それ以上、言わないでくれと。
それ以上、聞かないでくれと。
わたしと、同じ事をしている。
「この広場に人が殆ど居ないのも……
こんな小さな広場なんか誰も見向きもしないからに他ならない」
嘘だと思った。だって、こんなに……
「綺麗なのに?」
彼はこくりと、頷いた。
「この川のもっと下流に、大きな遊園地がある。
そこには、ここと同じ事をやっているもっと大きな施設があって、
皆はそれを見に行くんだ」
こんな綺麗な花の道が、もっと長く続いている。
それなら、確かにその方が綺麗かもしれない。
「小さいから、かき消されちゃったんだね。
だけど、静かで綺麗だと思ったよ」
静かな方が、綺麗に見えるのかな。
背負っている時に言ってくれた言葉と同じだよね。
「ああ、だから俺はこっちの方が気に入っている」
「わたしも、気に入ったよ」
二人で、幸せな気持ちで歩けたから。
本当に嬉しかった。綺麗だった。
見せる側ではなくて、見る側になるのも楽しい。
できれば、彼と一緒に何度でも……
「ところで……だ、話は変わるが」
「え……あ、うん」
一緒に行きたいなって、言いたかったのに。
言う機会をなくしてしまった。
「忘れられない限り、お前の世界は消えないのだろう?」
「なんで、それを聞くの?」
確かに、わたしの居た世界は忘れられなければ消えないはず。
忘れられないために、外の世界から人を呼んで景色を見せていたのだから。
だから、わたしの居ない今は消え始めているのかもしれない。
「忘れないで……か」
彼はその言葉を覚えていた。その言葉の正体は……
「あなたが消える時に言った言葉……
あれで、あなたをこの世界に送り返したの」
「忘れてしまうのを知っていて……か」
この言葉で、わたしの居た世界との繋がりが消えて、
元の世界へと呼び戻されていく。
でも、きっとその記憶は幻のような物。
夢の中の出来事として、消えてしまうはず……
「そうだね、でも、何故?」
何故、今になってそんな事を聞くの?
「俺はどうやって送り返せばいい?」
「え?」
今、彼は何て言ったの?
「俺はどんな言葉で、最後にお前を送り返せばいい?」
今更ながら重要な事に気付かされた。
「そういえば、そうだよね……」
どうしようどうしよう、
そんな事聞かれてもわたしは知らないよっ、
合言葉なんて毎回使っているから気にも留めなかったし、
そもそも最初から知っていたはずだから……
「多分、その時に出てくると思うよ?
わたしの時も毎回頭に浮かんできたから」
毎回頭の中に浮かんできていた……
うん、物語の結末になってようやく開かされた真実なのです。
「何とも頼りないな」
何回も繰り返していたのに気付かなかった事、反省してます……
だから呆れた顔でわたしの事見ないで~
誤解だけは解こう、うん……
「もしかして、思ってる事がそのまま飛び出てきたりして……」
「なるほどな」
余計にひどくなったみたい。お願いだから疑いの目で見ないでほしいな。
うん、仕方ないよね。覚えていないわたしが悪いけど、
もう少し別の反応を期待していたのに、
彼は全くそんな素振りも見せてはくれなかった。
その後、もう少しだけ落ち着くまで軽く話をした。
ふと、彼が自分の腕に巻いている時計を見る。
「そろそろ時間が迫ってきたな……
あと少しだけだが、歩くか」
もう少しだけ、一緒に……
「水の音が聞こえるだろう。小さいけれど、噴水もある」
ずっと聞こえている水の音は、噴水……
この世界の噴水がどんな姿なのか、気になった。
「見てみたいな……」
彼とは離れたくないけど、
わがままなんて言っていられない。
きっとこの瞬間も、わたしが消えてなくなって、忘れてしまう。
これ以上迷惑を掛けてもいけないから……
わたしと彼は、噴水へと歩いていく。
「これが、この世界の噴水なんだね」
「そうだな」
異世界の噴水。
小さいけど、しっかりとした噴水。
そんなに変わらない気がする。
「さて、思い残す事はないか?」
「いっぱいある」
「それで良いんじゃないか」
わたしの頬を軽く撫でる、彼の手。
優しさが、伝わってくるみたいで……
「別れはいつでも寂しい物だ。
寂しくない別れなんて無い」
「あなたと別れるのは一番辛いよ、
あの世界で別れた時も辛かったから」
我慢できない……
泣きそう、辛いよ、悲しいよ……
きっと、今のわたしは泣いてる。
「ならば、再会を願ってみても面白いな」
そんな簡単に言わないで。
奇跡が何度も起きるなんて、思っていない。
「できるかな、そんな事」
なのに、望んでしまうのはどうして。
別れたくないから。好きになってしまったから……
独りになんて戻りたくないから。
だけど、時間は待ってくれない。
静かな世界に風が流れるように、彼は言う。
「あと何歩だ?」
聞かれて、わたしはカウンタを見る。
「5歩しかないよ」
叶わない初恋も、これで終わり。
「思い切って進んでみようか」
「うん……」
わたしの居た世界で、彼と別れたあの時と同じように。
5、4、3、2、1……
「3000」
その時が、訪れた。
わたしの目から、大粒の涙が零れていく。
もう、我慢しなくていいよね。
「繋ぐ道は繰り返しより紡がれる」
彼の口から放たれた言葉で、わたしは消えていく。
彼の紡いだ合言葉は……
「良い旅を」
あれ?
何で、その言葉?
愛してるとか、ありがとうとかじゃないの?
目の前に、あの時彼に見せた景色が広がっている。
(ここは……)
元の世界に戻ってきた。
わたし独りしかいない世界に戻ってきた。
だけど、わたしの姿は妖精の姿じゃない。
彼の世界に居た時と同じ人の姿。
(また、独り……なんだけど……)
合言葉が、気になる。
元の世界に戻るだけでも確かに旅には違いない。
なのに、こんなに期待しているのは……
(わたし、まだ消えていない)
忘れられたら消えると思っていたのに。
それに、足元にある本。タイトルは……
繋ぐ道は繰り返しより紡がれる。
(タイトルは同じだけど、雰囲気が違う)
綺麗に装丁された一冊の本になっている。
手にとった時、一枚のメモが落ちてきた。
(ありがとうございます……
続編に、ご期待ください……)
書いてあったのは、それだけ。
続編って何ですか?
もう一度いいかな?
続編って、何の話ですか?
まさかわたしはもう一度この世界で案内をするのかな。
それとも、一体……
ふと、彼の言っていた合言葉が気になった。
(良い旅を……)
もしかして、そういうことなのかもしれない。
(今度はわたしが、旅に出るんだ……)
物語はもう、始まっている。
だって、わたしは彼の元に一度旅立っているのだから。
でも、独りだけで旅をしても面白くなんか無い。
逢いたい。一緒に居たい。
(あの人と一緒に、旅をしたい!)
そう思った時、突然……
わたしの意識が、途切れた。




