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三千歩の旅人  作者: 空橋 駆
本編 三千歩の旅人
5/9

<3話 表> 案内者の苦悩

彼女を背負ったまま広場の中に入る。


彼女を背中から降ろして、とりあえず少し休憩しよう。

結構長い距離を歩いたので、正直疲れている……

だが、ここでそんな事を言っている場合ではない。


「つ、疲れた……」


とはいえ、やはり口をついて出てしまっていた。


「おつかれさま」


そこで彼女がそう言ってくれたので、少し楽になった気がした。


歩いていない彼女の方は当然元気そうだ。

歩かせてもそんなに遠い距離ではないんだが……

ここからは、可能な限り長い距離を歩く必要があるのだ。


「さあ、行こうか。

 ここからもう、始まっているんだ」


自然豊かなこの広場。

無料で楽しめる場所なのだが、利便性が悪いのであまり人が居ない。

しかも……


「花が照らされてる……

 いろんな色の光で……」

「綺麗だろう?」

「うん、こんなの初めて見た」


あまり長い距離ではないが、

ここから暫くの間、花壇がライトアップされている。


「説明、必要かな?」

「いらないよ~」


見たまんまだから別に構わないか。

下手にこの世界での現象などを説明しても理解できないだろうし、

花と光ならば、どの世界でも共通しているはずだ。


暫く、のんびりと歩きながら……

光で飾られた、花々の道を見て回った。


「ここで、終わりだ」

「えっ……


残念な事に、この道は僅かな距離しか無いのだ。

終わってしまったのを見た彼女は、寂しそうだった。



公園の小さなベンチに、彼女は腰掛ける。

カウンタは残り、300を切ったくらいだ。


もう少し話したいと思ったから、俺は彼女に休憩するのを勧めた。

彼女も話したい事があるらしく頷いてくれた。


(俺は、期待しているのか……)


一緒に話せる事を嬉しいと思ってしまった。

何故だろうか、何故なのか……

その気持ちの正体よりも、今を優先しようと思えば思うほど……


(尚も一緒に話したくなるのは、何故だろうか)


そんな思いを知ってか知らずか、

少しの沈黙の後先に話を始めたのは彼女の方だった。


「人、少ないね」

「まあ、色々と事情があるんだ。

 街の方に行けば当然人は沢山住んでいる」

「いいなぁ……」


あの世界は……

多分、妖精の彼女しか残されていないのだろう。

虚しさが支配していたのは、それが理由だ。


「だが、どれだけ大勢の人がこの世界に居たとしても、

 人と人の繋がりが無ければ独りでしかないんだ」

「最初から居ないよりは、良いよ」


確かに、最初から居ない世界は辛いだろう。

それに匹敵するくらい辛い世界も……ある。


「同じだ。

 数の論理により、気にも留められずに消えていく。

 忘れ去られていくのは同じなんだ」

「なら……」


俺は首を縦に振った。

独りなのは、お前も俺も同じなのだ、と。

言わなくても、伝わっただろうか。


「この広場に人が殆ど居ないのも……

 こんな小さな公園なんか誰も見向きもしないからに他ならない」


それを聞いた彼女は、信じられないという表情をする。


「綺麗なのに?」

「この川のもっと下流に、大きな遊園地がある。

 そこには、ここと同じ事をやっている、

 もっと大きな施設があって、皆はそれを見に行くんだ」


真実を告げた。

彼女は寂しそうな顔をした……


「小さいから、かき消されちゃったんだね」


それでもここが続いているのは……

隠れたデートスポットになっているからに他ならない。


「だけど、静かで綺麗だと思ったよ」


微笑みながら彼女がそう言ってくれて、

俺もこの場所に連れてきて良かったと思えた。


「ああ、だから俺はこっちの方が気に入っている」

「わたしも、気に入ったよ」


それは本当に、良かった。

誰かと一緒になって回る機会など無かったので、

その言葉を聞けただけでも十分に目的は果たせただろう。



「ところで……だ、話は変わるが」

「え……あ、うん」


何かを言いかけていた彼女は少しがっかりとしていた。

とりあえず、気にせずに進めよう。

俺は唯一、彼女に確かめないと不味い事がある。

単刀直入に聞こう。


「忘れられない限り、お前の世界は消えないのだろう?」

「なんで、それを聞くの?」


あの別れの瞬間に、決定的な言葉があった。

俺はそれを忘れずに覚えていた。


「忘れないで……か」

「あなたが消える時に言った言葉……

 あれで、あなたをこの世界に送り返したの」

「忘れてしまうのを知っていて……か」

「そうだね、でも、何故?」


気付いていないのか?


「俺はどうやって送り返せばいい?」

「え?」


気付いていなかったらしい。

仕方ないからもう少しきちんとした言葉で言い直そう。


「俺はどんな言葉で、最後にお前を送り返せばいい?」

「ほへっ?」


やっぱり、確たる形で気付いていなかったのだろう。


カウントが3000になってそのまま自動的に終わるなら、

それで結構なのだが、実際は違うのではなかろうか。


「そういえば、そうだよね……」


この反応、完全にその辺りの事を忘れていたとしか思えない。

彼女が俺をこの世界に送り返したときに、合言葉を言っている。

俺にはしっかりと聞こえていたし、

それが聞こえると同時に元の世界へと送り返されたのだから。


「多分、その時に出てくると思うよ?

 わたしの時も毎回頭に浮かんできたから」

「何とも頼りないな」


思わず、呆れる。

何回お前は客人を送り出していたんだ?

気付けないにも程があるだろう。


「もしかして、思ってる事がそのまま飛び出てきたりして……」

「なるほどな」


信憑性は薄そうだが、とりあえず信じよう。

疑ってみても多分実際に経験するまで知ることなんて無理な話だ。

どんな言葉が飛び出てくるか、楽しみにしておくか。


それからもう少しだけ、俺と彼女は話をしていた。

楽しくて、短い時間だった。



俺は腕時計を見て、今の時間を確認する。


「そろそろ時間が迫ってきたな……

 あと少しだけだが、歩くか」


夜も結構更けてきているのではないかと思っていたが、

時計は本当に予想を裏切ってはくれなかった。


「えっ……」


彼女が寂しそうな顔をする。

だが、いつまでもここに居るわけにはいかない。


「水の音が聞こえるだろう。小さいけれど、噴水もある」


別れの前に、締めとして見たいと思っていた。

何とか上手く、ここまで持ってきた。


「見てみたいな……」


恐らく、彼女のカウントは……

本当にあと僅かしか残されていないだろう。

ここまで来たら、もう後には戻れない。


「これが、この世界の噴水なんだね」

「そうだな」


噴水の前で向き合った時に終わらなかったのは、奇跡だ。

まあ、その為に頑張って背負って歩いたんだがな……

その苦労が実って、良かった。


「さて、思い残す事はないか?」

「いっぱいある」

「それで良いんじゃないか」


そっと、その頬に手を寄せる。

彼女の寂しそうな顔が更に際立っていく。


「別れはいつでも寂しい物だ。

 寂しくない別れなんて無い」

「あなたと別れるのは一番辛いよ、

 あの世界で別れた時も辛かったから」


泣きそうな顔を見て、俺は動揺しそうになる。

もう少し留めても面白いがそういうわけにもいかない。

引き止めれば引き止めるほど、別れが辛くなる……


「ならば、再会を願ってみても面白いな」

「できるかな、そんな事」


現に出来てるじゃないか……と言いたいが、止めておこう。

奇跡を三度も四度も望むのは、現実的じゃない。



僅かな沈黙、噴水の水の音が世界を支配していた。

打ち破るように、意を決して俺は口を開いた。


「あと何歩だ?」

「5歩しかないよ」


残った事が、何よりも素晴らしい。

あの世界で別れたときと同じ事ができる。


「思い切って進んでみようか」

「うん……」


彼女と共に、噴水に近付くように。

5、4、3、2、1……


「3000」


二人の声が、同時に響いた。

そして、俺の口からは自然と言葉が紡がれる。


「繋ぐ道は繰り返しより紡がれる」


彼女の瞳からは涙が零れていた。


そして、合言葉が頭の中に浮かんでくる。


「良い旅を」


これも自然に零れ落ちて……

彼女は、光の中へと消えていった。



残された俺は、公園の噴水の前に一人佇み空を眺めていた。


(行ってしまった……)


言葉で表せないほどの重苦しい喪失感が心を埋めていく。


(楽しんでいたんだな、俺は)


僅かな時間だったというのに。

いや、僅かな時間だったからこそ印象に残っていた。

側に誰かが居る事が嬉しいと思えていたから、

いずれ忘れるという事実が、これほど苦しいと思えるのだろう。


(独りは、本当に寂しいな……)


線はあれども交わらない世界の中で、

一時だけでも、一人ではなかった事を忘れない為に、

彼女だけは忘れない事を、心に誓った。

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