第4話「最初の選択」
最初の一度は、誰だって迷う。
でも、その一度が――すべてを変えてしまう。
301号室の前で、足が止まる。
「……っ」
ドアに手をかけたまま、動けない。
ポケットの中で、スマホが重い。
まるで――
“選べ”と、押し付けてくるみたいに。
(……やらなきゃ)
(でも、何を?)
意味が分からない。
“選ぶ”って、何を選ぶの?
震える手で、スマホを取り出す。
画面には、あのリスト。
301号室の名前が、赤く点滅している。
『残り時間:5分』
「……っ」
リストをスクロールする。
他の患者の名前も並んでいる。
302号室。
304号室。
305号室。
全員の名前の横に、小さなボタン。
『選択する』
「……これって」
(誰かを……選ぶってこと?)
背筋が凍る。
「美咲ちゃん?」
後ろから声がする。
振り返ると、田中さんがいた。
「301、大丈夫そう?」
「……あ、はい。今から確認します」
無理やり、笑顔を作る。
(言えない)
こんなもの、見せられるわけがない。
「何かあったらすぐ呼んでね」
「……はい」
田中さんが去っていく。
その背中を見送りながら。
(……私、一人だ)
スマホの画面が、また光る。
『残り時間:3分』
「……っ」
鼓動が、早くなる。
301号室の中からは、静かな寝息。
本当に“安定”している。
(この人は、大丈夫)
そう思った瞬間。
頭の中に、別の考えが浮かぶ。
(じゃあ……他の人は?)
302号室。夜間トイレあり。
304号室。さっき心停止。
(……選ぶって)
(“助ける人”を決めるってこと?)
「……そんなの」
できるわけがない。
――ピロン
『残り時間:1分』
「……っ!」
もう、時間がない。
手が震える。
(選ばなかったら……?)
さっきの表示がよぎる。
『次回は、必ず選択してください』
(……今回も、保留にしたら)
どうなる?
分からない。
でも――
(怖い)
その感情だけは、はっきりしていた。
「……っ」
震える指が、画面に触れる。
誰を選ぶかなんて、分からない。
でも。
一つだけ、思った。
(……助かる可能性が高い人)
301号室。
「……ごめん」
小さく、呟く。
そして――
『301号室 選択』
画面が、赤く光る。
その瞬間。
病棟のどこかで――
ピ――――――――――――
嫌な音が、響いた。
「……え」
心臓が、止まりそうになる。
モニターの音。
でも。
それは――
301号室じゃない。
「302号室、異常!」
遠くから、誰かの声。
「え……」
足が、動かない。
今、自分が何をしたのか。
理解してしまった。
(……私が、選んだから)
スマホが、静かに表示を変える。
『選択完了』
『301号室:安定』
『302号室:心停止』
「……っ」
息が、できない。
(違う……違う……!)
そんなはずない。
これは偶然。
ただの偶然。
でも。
画面の文字が、ゆっくりと浮かび上がる。
『次の選択まで:15分』
「……やだ」
膝から、力が抜ける。
(もう、やめたい)
でも。
スマホは、離れない。
まるで。
“選び続けること”を、強制されているみたいに。
遠くで、叫び声が上がる。
「急いで!302!」
その声を聞きながら。
美咲は、ただ立ち尽くしていた。
自分の手が――
誰かの命を、選んだことを。
一度選んでしまえば、もう戻れない。
その選択は、次の選択を呼び続ける。
次回「選び続ける者」




