第十三話「芽吹く異能、開かれる道」
陽一郎が見た“ムー”の記録は、彼自身に変化をもたらす。芽吹く新たな力、迫る未知の審判装置――。仲間と共に乗り越えるべき新たな試練の中、彼らの進化が始まる。「ただの人間ではない」存在へと歩み出す第十三話。
陽一郎の視界が完全に戻った時、彼は自らの感覚が微かに“ずれている”ことに気づいた。空気の流れが見え、地面を這う微細な粒子の動きさえも感じ取れる。世界が、まるで違う解像度で展開されていた。
「……何かが、変わった」彼は低く呟いた。
拳次が眉をひそめる。「無理すんな。さっきは急に倒れて……意識が戻らなかったんだぞ」
「でも、ただの気絶じゃなかったわ」そう言ってはるかが陽一郎に近づく。「私にも感じた。あの霧は、情報だった。“選ばれた者”にしか届かない記録だったのよね?」
陽一郎はうなずく。指先をかざすと、そこに浮かぶ微細な光の粒が、淡い旋律のように空気を震わせる。
「“進化の兆し”か……」ゴローがぼそりと呟いた。「記録体と接続したことで、陽一郎の中で何かが動き出したんだ」
「記録体?」拳次が怪訝そうに顔をしかめる。
「門を守っていた少年の姿をした存在だ」陽一郎はゆっくりと説明を始めた。「彼は“ムー”と呼ばれる文明の記録管理者。そして、俺たちは“選別”を受けている……“進化”にふさわしいかどうかを、だ」
沈黙が降りた。
それは、仲間たちの中に眠っていた“恐れ”を目覚めさせる言葉だった。
「進化って……つまり、選ばれた者だけが生き残るってことかよ?」拳次が苦々しく問う。
「そんなに単純じゃないと思う」陽一郎は静かに答える。「選ぶのは“誰か”じゃない。たぶん、自分自身だ」
ふと、奥のゲートから重々しい気配が広がった。大理石のような壁が滑るように開き、赤銅色の広間が姿を現す。その中心には、一本の黒曜石の柱――“次なるオベリスク”がそびえていた。
「来たな」ゴローが呟く。
「今度は何が来るんだ……?」拳次が身構える。
応えるように、オベリスクの下部から浮遊する球体がいくつも出現した。それらはまるで“目”のようにこちらを見つめ、無数の記号を空中に描きながら、隊列を組んで浮遊する。
「これは……無人兵器か?」はるかが剣に手をかける。
「いや、もっと違う……“審判装置”だ」陽一郎が一歩前へと出る。「あれは、俺たちの反応を観察してる。“進化する意思”があるか、試してるんだ」
突如、球体のひとつが赤く点滅した。
「来るぞ!」拳次が咆哮する。
次の瞬間、光の矢が無数に発射され、彼らを襲った。だが、陽一郎の視界は冷静だった。時の流れが、遅く感じられる。
(見える……)
身体が勝手に動く。矢の軌道を読み、寸前で身をかわす。まるで世界が予告してくれるような感覚。後方にいたはずのはるかが一瞬目を見開いた。
「今の動き……」
陽一郎は拳を握った。視線を一点に集中させると、体内から熱のようなものが走り、右手が淡い青白い光を帯びた。
「やれる!」拳次が大声を上げて前へ出る。「俺もやってやるよ!」
拳次の剛拳が浮遊球体のひとつを砕く。はるかもまた、剣を閃かせて突進する。戦闘の中で、彼らの動きにも微細な変化が現れはじめていた。
(記録を見たのは俺だけじゃない……でも、皆も“呼ばれて”るんだ)
戦いは激しく、だが次第に彼らの連携は洗練されていった。それはまるで、彼らが“次の段階”へと向かうことを運命づけられているかのようだった。
◆ ◆ ◆
戦闘が終わった時、広間の奥にある“第二の門”が静かに開いた。
「……進め、ってことか」拳次がつぶやく。
「いや、まだ早い」ゴローが前に立ちはだかる。「この先は、さらに厳しい選別が待っている。陽一郎、お前は……もう、自分が人間じゃないかもしれないって思ってないか?」
問いに、陽一郎は一瞬言葉を失う。
「……怖くないと言えば嘘になる。でも、あの記録体は言った。“恐れるな”って。俺たちはただ、変わっていくだけなんだ」
「それが“進化”ってやつか」拳次が苦笑する。
はるかは微笑みながら言った。
「でも、信じてる。あなたの中にある“光”を。私たちが、前に進むための灯りだって」
陽一郎は仲間たちの顔を順に見た。誰も、置いていかない。誰も、独りにはさせない。
「行こう。オベリスクの中心へ。そこに、俺たちの答えがある」
第二の門が完全に開いた。その先に広がるのは、さらなる未知――そして……
自らの変化を受け入れた陽一郎は、仲間と共に新たな門へ挑む。進化とは、恐れを抱えながらも前へ進む選択。次なる門の先で、彼らを待つのは“記憶”か、それともさらなる“試練”か――物語は核心へと近づいていきます。