cys:60 シドと彼女と咲かない桜
「今年も咲かないか……」
スマート・ミレニアムの敵国トゥーラ・レヴォルトの勇者シドは、窓辺から外を見たまま哀しい声を漏らした。
心に去来した、切なく哀しい想いと共に。
すると、ガチャッとドアが空き、艷やかな黒髪の美しい女が部屋に入ってきた。
「シド、何をしてるの?」
シドはその声に彼女の方へチラッと振り向くと、再び窓の外へ振り返り哀しく外を見つめた。
「いや、今年も咲かないと思ってさ……」
「咲かない?」
「あぁ、俺達トゥーラ・レヴォルトの象徴だった『桜』が、眠ったままだ」
シドは軽く瞳を閉じて、瞼の裏に情景を思い描く。
かつて一度だけ見た事のある満開の桜並木を、悲しい記憶と共に。
儚げな悲しみを滲ませるシドの背中に、彼女はそっと声をかける。
「シド……桜ってどんな花なの?」
そう尋ねられたシドは、彼女にサッと振り向き微笑んだ。
「淡いピンク色の綺麗な花さ。昔はこの季節になると、皆その花を愛でながら一緒に飲んで楽しんでたらしい」
「ふーん、そんなに綺麗なんだ……ユグドラシルよりも?」
「いや、ユグドラシルとは、また違う素晴らしさがあるんだよ」
シドは生き生きとした顔で彼女に向かい、熱く語り始める。
「ユグドラシルは、もちろん素晴らしい神聖樹だ。太く大きく神々しさに溢れてるし、絶大な魔力を宿してる。けど、桜はまた違うんだ」
「へぇ、どんな風に?」
「桜はユグドラシル程大きくもなければ、神々しくもない。それに、咲いてる期間だって短いからすぐに散ってしまう」
そこまで言うと、シドは優しく儚げな表情を浮べた。
「けれど、儚く舞い散る花びらで、見る人達の心を優しく幸せに出来る力があるんだ」
それを聞いて、彼女は静かに微笑む。
シドから桜をどれだけ大切に想っているかという気持ちと同時に、今の言葉か心を切なく掠めたから。
(まるで、今のアナタみたいな花ね……)
「ん、何て言ったの?」
「ううん、何でもないわ」
彼女は軽くうつむいたまま、首を横に振った。
頭の中で、シドと桜の儚いイメージが重なってしまったのだ。
彼女がそんな風に切なく微笑む中、シドは辛く険しい表情を浮かべギュッと拳を握りしめた。
「けど、殺されたんだよ桜は……スマート・ミレニアムの奴らに!」
「殺された……?」
「クリスタルタワーから放たれ続けている、新エネルギーの犠牲になったんだ」
「それって、まさか……」
彼女が驚きと怒りに目を大きく見開くと、シドはギュッと拳を握りしめたままうつむいた。
シドの全身から、怒りと悲しみが交叉されたオーラが立ち昇ってゆく。
「あぁ、ユグドラシルだけじゃないんだ。ヤツラは桜までも……」
◆◆◆
シドから話を全て聞き終えた彼女は、その話のあまりの壮絶さに、ただ黙ったまま見つめていた。
哀しみにうなだれるシドの姿を。
そして、暫くの沈黙を経て静かに口を開く。
「シド、話してくれてありがとう……辛かったよね」
そう声をかけてくれた彼女に、シドはうつむいたまま静かに零す。
「いいんだ。俺も、キミには伝えておきたかったから。桜の真実と、それを守ろうとして戦った父さんの事を……」
そう零しうつむくシドから、どうしようもない哀しさが伝わってくる。
それが彼女の胸をギュッと締め付けた。
シドの事を大好きな彼女にとって、シドの辛さは自分の辛さに等しいから。
なので、辛そうなシドを見つめながらハッキリと告げる。
「シド、アナタのお父さんは、間違いなく勇者だったわ」
「あぁ、俺は父さんの無念を晴らし、ユグドラシルと父さんが守りたかったモノを取り戻す為、ここまできたんだ」
「……知ってるわ。シド、アナタがどれだけ辛い修行をしてきたか」
そう言ってくれた彼女に向かい、シドはすまなさそうに零す。
「ごめん。あの時キミが心配してくれたのに、俺は強くなる事に夢中で、キミに酷い事言ってしまった事があるよな」
「……いいのよ。気にしないで」
「すまない。身勝手な理由だけど、あの時は許せなかったんだ」
「えっ?」
「キミといて、復讐の気持ちが僅かにでも和らいでしまう俺自身を……」
「そんな……」
あまりにも哀しく切ないシドの告白に、彼女の顔に哀しい影が差す。
けれどシドは、そんな彼女に凛とした眼差しを向けた。
「けど今は違う。俺がここまで強くなれたのは、確かに父さんへの気持ちもあるけど、キミがいてくれたからなんだ」
「そ、そんな事……」
込み上げてくる想いに心を熱くする彼女の事を、シドはドキドキしながら彼女を真っ直ぐ見つめる。
シドは心に決めているからだ。
───伝えるべきは、今……
「俺は、いつか桜を復活させて……キミと一緒に毎年桜を見たいんだ!」
「シド……!」
「その為に俺は戦う! 例え奴らがどんなに強くても」
彼女はシドの想いが、痛い程伝わってきた。
シドの本気の眼差しと共に。
今のは自分へのプロポーズだという事が。
───ありがとうシド。凄く嬉しいわ……!
けれど、こういう時に感情をあまり上手く出せない彼女は、切なくシドを見つめたまま震えながら口を開く。
「シド……でも、無理はしないで。私は」
───アナタが側にいてくれたら、それでいいの。
彼女がその言葉を上手く言えずにいると、シドは少し困惑した表情を浮べた。
───上手く伝わらなかったかな……それに、今の俺じゃまだ安心出来ないのかもな。
そう思ってしまったシドは、皮肉にも彼女の想いとは真逆の事を言ってしまう。
「今度遠征がある。スマート・ミレニアムの第三壁外都市『ホラム』だ」
「えっ、ウチから一番近いあの都市を? あそこはクリスタルを活用して動く、スマートシティよ」
「あぁ、だからこそ、あの都市の中心部にあるクリスタルタワーを破壊して奪還する! 領土だけじゃない。あのエネルギーの磁場で傷ついた精霊や、生態系を狂わされた動植物達もだ」
シドはそこまで言うと、一呼吸置いて彼女に告げる。
心に宿す強い決意と共に。
「それにあの場所は、絶対取り戻さなきゃいけないんだ」
「なぜ……ハッ、まさか」
「そう。あの場所こそ父さんが守ろうとした場所、そして、スマート・ミレニアムの勇者イデア・アルカナートに殺された場所なんだ!」
その瞬間、彼女は雷光に打たれたような衝撃を受け息を飲んだ。
シドが今からどれだけ危険な戦いに赴こうとしているのか、それを悟ったからだ。
「危険よシド。その場所は……!」
「もちろん危険は承知だ。けど、上手くいけばアルカナートも出てくる可能性は高いし、この遠征を成功させれば父さんの無念を晴らす事が出来る」
そう答えたシドに向かい、彼女は声を絞り出す。
辛さで胸に苦しさを抱えたまま。
「……シド、気持ちは分かるわ。でも、囚われすぎたら今を生きれないと思うの」
彼女から悲しく訴えるような瞳を向けられたシドは、彼女をギュッと抱きしめた。
突然抱きしめられた彼女の瞳が驚きに見開かれ、長い髪がフワッと揺れる。
「シ、シド……!」
そう零す彼女をシドは抱きしめたまま、心からの思いを告げる。
「すまない……キミを完全な俺の今にする為にも、俺はこの遠征を必ず成功させてみせる。だから、それまで待っててくれ」
「……うん。分かったわシド」
彼女はシドの腕の中で瞳からツーっと涙を零し、心の中で強く願う。
───シド、私はアナタと今を生きたい……これからもずっと。
シドの哀しみと彼女の儚い祈りは、一体どこへ向かうのか……
次話からノーティス達の離しに戻ります。
ただ、ここは特に大切な回なので、敢えて二人だけの話にしました。
次回からは、またノーティス達が登場します。
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