cys:205 ナターシャの愛と別れ
「クククッ……アルカナート、ようやく諦めたか」
シルフィードがニヤリと嗤うと、セイラは怒りと驚きに顔を引きつらせ、アルカナートの両肩をガシッ! と、掴んだ。
正面から見上げる瞳には、悲しさと怒りが混じる涙が浮かんでいる。
「アルカナート、何言ってるのよっ!!」
セイラは怒声を上げたが、アルカナートの表情は変わらない。
もう、全てを悟りきってしまったかのような雰囲気だ。
「どけっ、セイラ」
「どかないわよっ!」
「いいからどけっ!」
アルカナートはセイラの両手を振り払い、ドンッと横に突き倒した。
「きゃあっ! ア、アルカナート……!」
倒れたまま涙目で見上げるセイラの事を、アルカナートは敢えて視界に入れず、シルフィードを哀しく見据えている。
無論、セイラには本当に申し訳ないと思いながらもだ。
───すまないセイラ。けど、俺はお前を巻き添えにはしたくねぇんだ。
心でそう零したアルカナートを、カミラも切なく見つめている。
その心に複雑な想いを抱えながら。
───アルカナート、それが貴方の愛の示し方なのね。どこまでも強くて、不器用過ぎなんだから……
そんな中、シルフィードは剣を片手で頭上に掲げ魔闘気を滾らせた。
その紫白の輝きがアルカナートを照らしてゆく。
「クククッ……アルカナートよ、やはりいくら抗こうが運命は変えられぬ。貴様がどれだけ意志を貫こうがな」
「シルフィード、まだ分かんねぇのか。これは俺の意志だ」
「そうか……ならば、その意志と白輝の魔力クリスタルを抱いたまま死ぬがいい!!」
シルフィードの剣に紫白のオーラが立ち昇り、その光とエネルギーが周囲を妖しく照らす。
その光は、まるでアルカナートの最後を象徴するかのような輝きだ。
「イヤ……イヤだよアルカナートーーーーーーーーー!!!」
セイラがそう叫んだ時、アルカナートはスッと瞳を閉じた。
自分の意志を貫く以上、最後にナターシャの事はもちろん、自分を愛してくれてる女の顔を見る事など、決して許されないと思ったからだ。
「セイラ、後の事は頼んだぜ。クリザリッドと上手くやれよ」
「イヤだよ! イヤだよアルカナート!!!」
セイラは必死に叫ぶが、アルカナートはやはり変わらない。
哀しく瞳を閉じたままだ。
「……ナターシャを許してやってくれ。セイラ、頼んだぞ」
静かにそう告げた時、アルカナートは思わずハッと目を開いてしまった。
腕に異変を感じたからだ。
そして、その瞬間瞳に映った。
ナターシャがアルカナートの持つ剣を水平にしたまま握り、涙を流して自分を見つめている姿が。
「なっ……」
その姿に、アルカナートは一瞬理解が追いつかなかった。
「ナターシャ、何を……」
謎めいた顔でそう零すと、ナターシャは剣の切っ先を自分の胸に当て、ニコッと微笑んだ。
「ありがとう、アルカナート」
その瞬間、ナターシャはそのまま前に倒れ込むように、剣を自らの胸に突き刺した。
剣がズズッ……! と、食い込んでいく鈍い感触が、アルカナートの手を通し全身を駆け巡ってゆく。
「なっ?!」
もちろんこれは、今まで戦いの中では何度も味わってきた感触だ。
けれど、それまでの物とは、まるで違うように感じてしまう。
むしろ、何が起こっているのかすら理解できない。
いや、したくないと言った方が正しい。
今目の前で起こった出来事を、心が理解するのを拒否しているかのようだ。
───なんだ、一体何が起こっている……
ナターシャが自らの胸を刺し、ドシャッ! と、後ろに倒れるまでは、数瞬の間の出来事だった。
けれど、まるでそこまでがスローモーションのように感じ、アルカナートは言葉も出てこない。
それは、他の皆も同じだった。
目を大きく見開いたまま固まってしまっている。
そんな中、ナターシャはアルカナートを見つめながら、微かに微笑んだ。
「……アルカ……ナート……」
瞳からは涙が下に零れ、口からは血が滲んでいる。
「ナターシャ!!!!!」
アルカナートはようやく呪縛が解けたかのように、ナターシャに向かいダッ! と、駆け寄り膝をついてガシッ! と、強く抱きしめた。
「なぜ、なぜだ!!!」
「こ、これで……いい、の……貴方が、私を……殺した事に……して、くれれば……貴方は、助かるから……」
「ふざけるな!!!」
「お願いだから……そう、して……貴方は、きっと……これから……多くの人を……救える……から……」
「やめろ!! ダメだ!!!」
アルカナートが必死に叫ぶ中、ナターシャは最後の力を振り絞り、ニコッと微笑んだ。
「貴方と……過ごせて……よかっ……た……アルカナート……愛してるわ……」
そこまで告げるとナターシャは瞳を閉じ、顔をガクッと横に倒した。
瞳から流れる涙と共に。
「ナターシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」
ナターシャを失ったアルカナートの慟哭……




