6話 ー違う、そうじゃないー
今日も夢を見る。
今日は、見慣れた街を歩く誰かの夢。
八百屋さんや肉屋さんは道行く人に声を掛け、それに釣られる奥様方は目の色を光らせる。
すれ違う子供達は喧騒の中を駆け回り、宿題の話しで困り顔をする学生達は、それでも皆楽しそうだ。
でも、誰一人として夢の主人に気が付かず、まるでそこには何も無いかのように通り過ぎて行く。
これはオレの夢?
もしくは誰かに起こるであろう予知夢?
はたまた誰かが望んだ世界か…。
わからない。
ただ、こんな悲し過ぎる夢は"夢"であって欲しい。
そう思った。
今日もまた、1日が始まる。
「シャル、私の卵焼き分けてあげる! 美味しいのよ?」
「ありがとうございますナギさん! 日本の朝食は本当に美味しいものばかりで、ついたくさん食べてしまいますっ!」
朝。
リビングには華やかなトークを拡げる二人の美少女。
どうやら昨夜二人で風呂に入った後もお喋りしてたらしく、出会って2日目ですっかり仲良しになっており、呼び名も両者愛称で呼び合っていた。
あと、言うまでもないが朝食はオレが作ったもの。
宛も自分が作った風に発言しているナギは、目にも留まらぬ早業で、シャーロットに譲った卵焼きの数だけオレの皿から取っていた。
恐ろしく早い箸裁き、オレでなきゃ見逃しちゃうね。
オレの足元では、猫缶を美味そうに頬張る猫もいた。
名前は『ムチャ』。
いつの日からかこの家に居着いてしまったノラ猫で、猫缶を食べる時、ムチャムチャと小さな音を立てながら食べる様子を見てナギが命名した。
気まぐれ屋さんで、数日見かけないこともあれば1週間ずーっと家にいる事もある。
今日も3日ぶりくらいに姿を見たくらいだ。
普段何をしているのかわからない割に、行く先々で目撃することも…… 。
神出鬼没なヤツだ。
因みにメスである。
「…… さて、今日から土日で学校が休みなわけだが、差し支えなければシャーロットの知り合い探しを手伝おうと思っているんだが」
きゃっきゃウフフと朝食を楽しんでいる二人に声をかけると、シャーロットが慌てて首をブンブンと振った。
「そ、そんな悪いです! せっかくの休日なのに…… 」
「休日と言ってもやる事ないしな。それに、いつまたポロっと魔法使いがどうのと言う発言をするかわからんからな…… 嫌な言い方をすれば、監視も兼ねている訳だ」
「…… ありがとうございます。よろしくお願いします!」
「でも探すったってどこを探すのよ? まさか島の人達全員に聞いて回るんじゃないでしょうね?」
「昨日のうちに力になってくれそうな連中に連絡してある。心当たりがある奴からは連絡が来る手筈になっているか。まぁ、ないよりマシってくらいの対策だけど」
横槍を入れてきたナギを軽く去なしながら朝食を食べ終わらせる。
「結局は自分達の足で探すことになる。ので、メンバーには昼から "ブルーバード" に来るよう招集をかけておいたから、まずはそこで今後のことを話そう」
「用意周到ね。流石はセコいことで有名な桜庭さん」
うっせー。
まぁ、今後ことはブルーバードで話すとして。
「お前、オレ達と最初にあった時なんか言ってたな。私はなんでも出来るから願いを叶えますみたいな事……」
すぐに眠ってしまったので保留にしていたが、どれ程の魔法を使うのか…… 腐っても魔法使いなので気になるところではあった。
「はい。幸いなことに、私は生まれつき魔法使いとしての素質を持っていたらしく…… ほらっ」
瞬間。
何もなかった差し出された両手には、可愛らしい猫のぬいぐるみがあった。
何もない場所から何かを作り出し、形あるものとして出現させる事は極めて困難な事。
一流と呼ばれている魔法使いでも、手で握れるほど小さなモノしか出せないと言うのに…… この子はいとも簡単に抱きしめられるほどのサイズのモノを出したのだ。
「「………」」
呆気にとられるオレ達。
外野から見れば、「同じ魔法じゃないか」と思われるだろうが、魔法使いからしてみれば有り得ないと言い切れるレベルの魔法だ。
規格外…… そう言わざるを得ない。
「…… 魔法使いだったおばあちゃんは、みんなのために魔法を使うため、各地を転々としていました。私も両親を亡くしてから共に旅をしたのです」
少し照れ臭そうに話すシャーロットは、どこからどう見ても年頃の女の子。
でも、オレ達からみれば、あの日憧れたメジャーリーグのトッププレイヤーを見ている感覚に等しかった。
「おばあちゃんの魔法を見て思いました。私も、誰かの為に魔法を使いたいと!なので、目的地にもついたし、早速何か人助けをしようと思い立ったのですが…」
「…何も思い浮かばず、結果何でもいいから願いを叶えてやろうとしたのか」
コクリとシャーロットは頷いた。
「今後の進路はとりあえず置いておいて。何でも出来るってのはマジか?」
「ちょ、ちょっとオーバーでしたが…はい。流石に、新たな生命を作り出したり、この世界に存在しないモノは出せませんが」
「じゃ、じゃあ…… ムチャ! ムチャとお話しする事はできる!?」
突然横からナギがすっごいテンションで割り込んできた。
あぁ、コイツ大の猫好きだからなぁ…… 。
ムチャにいつも猫なで声で話しかけてるし。
最も、今は他人の目…… 基、シャーロットがいるので抑えているみたいだが。
「け、結論から言うと…… できます。でも私のま」
「本当!? は、早くやって見せて!出来るだけ可愛くねっ、ハァハァ……」
シャーロットの言葉を遮っておねだりするナギの目は血走っていた。
「…… そこまで言うのであれば……… ムチャさん、ちょっと失礼しますね?」
そう言うとシャーロットはしゃがんで、ご飯を食べ終わったムチャの頭をそっと撫でた。
「…… 魔法をかけました。これでムチャさんとお話しできるはずですが……」
「すごく…… ドキドキしてます! さぁムチャ、何か喋ってみぃーせてぇ?」
オレ達はムチャを囲んでその時を待った。
すると、ムチャはゆっくりと首を振り、後ろ足で耳の裏を掻いた後、口を開いた!
「いや、そげんこつ急に言われても、何ば喋ればよかとかいっちょん分からんばい」
誰かが時を止める魔法を使ったようだ。
な、な、な……
長崎弁だぁぁぁぁぁっ!?
「なんでよっ!」
すかさずナギが突っ込む。
この間0.2秒。
「シャル、私可愛くって…… 可愛くって言ったわよね!? 確かに声は可愛らしいけど…… 何故っ…… なぜぇっ!」
「え、えっと…… 日本に来た時、空港の売店にあった雑誌を偶々見て…… 何でも、方言を使う女の子は可愛いと書いてあったから…… あれぇ?」
本気で悲しむナギと、本気で理解していないシャーロット。
カオスだ。
「お゛っ…… お゛お゛っ…… っ!」
せめて人の言葉を使って欲しい。
コイツにも魔法をかける必要があるかもしれん。
「しかし何でこの喋り方を? 他にも方言はたくさんあるだろうに」
「この島から一番近い都道府県が長崎だったからです」
単純な理由だった。
「そういやお前、なんか言いかけてたな。嫌な予感しかしないが言ってみてくれ」
「わ、私の魔法は出来ることが多い代わりに、2つの制限があるんです。私自身に魔法を使うことができない事と…一度掛けた魔法には干渉出来ない事です」
「…… つまり、 "やり直し" が出来ないのか」
「ちょっ!?じゃあムチャはずっとこのまま…… ?」
「ざ、残念ながら…… 」
「先に言ってよ!」
「話を途中で遮ったお前が悪い」
明らかに何か言おうとしてたじゃないか。
「で、ウチはこんまま喋っとかんといかんとか?」
「…… すまんムチャ、戻す方法が見つかるまで我慢してて欲しい。あと、外では喋らないようにしてくれ。みんな混乱しちゃうから」
「そげん困らんけんがよかばってん、外には出てよかっちゃろ?? そいなら問題なかばい」
所々知らない単語が入っていたが、譲歩してくれたみたいだ。
そうこうしている間に時間は過ぎ、そろそろ集合時間になったので、ブルーバードへ行くために家を出る準備を始める。
シャーロットが着ていた服や布(黒いマントだった)は余りにも汚れていた為、今は洗濯して庭に干してある。
今着ているのは、ナギが小学生の頃に着ていたお下がりだったりする。
しかし驚きだ。
小学生にしか見えないシャーロットだが…… 実は14歳だったのだ。
身長162cmのオレでも優に見下ろせる…… 大体140〜5cmくらいか?
最近の子は身長が高いとばかり思っていたけど、そうではないようだ。
因みにナギは157cm。
ユウは150cm。
トモは160cm。
ヒロは175cm。
メグは168cm。
リッちゃんは184cmだ。(これが"血"の差か…)
つい最近、新学期の身体測定があったのでみんなで報告しあった記憶はまだ新しい。
序でにナギの結果をこっそり全部見たのだが…… うん、頑張れと言う他ない。
て事で、今シャーロットが着ている服が小学生の時に着ていた服と知れば気にしてしまう可能性があるので黙っておくことにした。
「…… 準備はいいか?それじゃ、しゅっぱーつ」
「「おーっ!」」
オレ達は、カフェ"ブルーバード"へ向けて歩き出した。