46話 ー 夢の始まり ー
久しぶりに目の前の部屋に入る。
見渡す限りの本の圧力がオレの視界を支配した。
魔法に頼らず、と言ったはいいものの、結局は凪咲は魔法の影響でそうなっている確率が高い以上、やはり解決策も魔法関連から探っていかねばならないと判断した。
凪咲には今後、ゆっくりと今の心境と向き合ってもらうとして、オレは魔法の影響を受けた者に対するフォローの仕方が載っている書がないかと期待して朱里亜の部屋に入ったのだ。
さてさて、どこから探せばいいのやら。
チラリと本棚の一部を見る。
たったそれだけで、今自分が知っている全ての文字が入ってくる程ジャンルはバラバラ。
魔法の書、料理本、辞典、小説、伝記、プロを目指す君へ伝えたいバッティング術。
しかも書いてある言語すらも統一性がないとくれば、ピンポイントのジャンルを探し当てるのは無謀というものだ。
取り敢えず、日本語で書かれた魔法関連(と思われる)本を5冊ほど無差別に取ってはパラパラとページをめくりって、また新たに本を出して見る作業の繰り返し。
何回も、何回も、おんなじ作業を繰り返す。
一度でも触れた本は戻さずに部屋の中心においやって、期待度が高い順に並べていく。
そんな作業を小一時間ほど繰り返していた時。
『魔法と日常生活』と言う本を掴み当てた。
『人は常に魔法を使いながら生活している』
そんな一文から始まるこの本には様々な事が書かれている。
例えば、何かを想うただそれだけでも僅かな魔法となり得る、とか。
例えば、より大切にしている物には想いが魔法として宿る、とか。
物に対して感情や影響を及ぼす魔法しか使えないオレにとっては最適とも言える教材だ。
逆に言えば、物体を出したり物体そののもに干渉する魔法を得意とするシャーロットには向かないか。
若干15歳にしてそれすらもマスターできるようであれば、シャーロットの存在はいよいよ化け物と呼べるまでの魔法使いになるだろう。
まぁそれは置いといて。
オレは本のページを捲っていく。
外界から遮断されたようにも感じるこの部屋に、古臭い紙が擦れる音だけが響く。
パラパラと、ひたすらに文字を追った。
『魔法の道具と所有者』
その項目を見た瞬間。
全身のあらゆる場所が震えた。
鳥肌が立つ。
汗が出る。
眠気が飛ぶ。
これだ。
オレはなんて運がいいんだろう。
石灰まみれの体育倉庫からリボンの切れ端を探し出すよりも千倍は難しいであろう確率を、この短時間で引き当てたのだから。
目を凝らして、文字は愚かページに付いた汚れや染みすらも記憶する勢いで食らいつく。
一心不乱にその項目のページを何度も読み返す。
何度も、何度も、行ったり来たり。
その度に固く結ばれていた紐がだんだん緩くなっていく様な感覚に包まれる。
そして…… 導き出される一つの可能性。
『その者が所持する魔法の道具は、使用者の想いの影響を受け、より所持者の想いに応える』
希望が見えた一文。
もしもこれが事実ならば。
凪咲がリボンの魔法を無意識のうちに、自身の魔法でブーストしていたのならば。
あの日から徐々に凪咲が前向きになっていった経緯に説明がつく。
これらの情報を纏めてみよう。
まず、事故にあった凪咲の様子は、ただ事故のショックだと言う理由だけではなく、リボンを無くしたことの影響が大きい。
記憶を辿ると、凪咲が前向きになり始めたのはリボンを付け始めてから。
そして前向きになるに連れて『願いを叶える魔法』の影響力が増して、更に明るい性格になっていった。
一連の流れがこんな感じか。
結局凪咲自身に頑張ってもらわないと行けないことに変わりはないが、原因を知っているのといないのではかなり違うはず。
一種の依存症を治す様に、少しずつ、少しずつ、魔法の影響無しでも以前みたいな性格に戻していかなければならないので、それをちゃんと本人が自覚する必要性があるワケだ。
纏まった考えを整理しながら、フーッと溜め込んでいた息を吐いた。
正に、息を吸うことも忘れてしまうほど集中していたらしい。
対して動いてもいないのに、どこか息苦しさを感じた。
かなりの時間本に熱中していたので、一段落したと思った途端に喉の渇きも覚える。
今何時だろうか?
シャーロットは帰ってきたのだろうか?
散らかりっぱなしの本を放置して行くのは忍びなかったが、それよりも心配する気持ちが強く、ある程度床下に本を纏めてリビングへ向かうために部屋を出た。
が。
今感じていた筈の焦りや不安が一気に消える。
オレは…… 今何をしていたんだ?
振り返って部屋の中を覗く。
以前と同じく本がギッシリと詰まった壁と、綺麗に掃除された室内が見える。
それなのに、何故か強烈な既視感があった。
前もそんな事があった気がする。
それがいつの事だったのか、思い出せない。
一度気になり出すと調べずにはいられなくなり、再び部屋の中に入る。
静まり返った部屋の本棚には隙間なく本が収納されており、埃も被っていて長い事触れられていないのがわかる。
「…… ん?」
そんな物悲しい部屋の一角に、小さな本棚があった。
丁度部屋の入り口からは死角になっている場所。
この部屋にある一番小さな本棚でたった2段しかないし、本も横に数冊だけ入る程度。
並べてある本のラインナップを順番に見てみる。
『部活動ってなぁに?』
『屋台巡り 〜 博多編 〜』
『化け物がいる僕の街』
『ランジェリーで女は決まる!』
『デスクワークの疲れを癒す10の秘訣』
『瑠璃色の空』
『名作と呼ばれる物語から学ぼう』
1段目にあった本を見ても見事に統一性がない。
エッセイやら小説やらグルメ雑誌やら。
魔法のマの字も見当たらない。
『全国絶景ポイント! " 旅のお供に " 』
『Table manner』
『陸上生物図鑑』
『説得力のあるスピーチの構成論』
『トンカチ山の狸さん』
2段目を見ても何か有力な情報がある訳でもない。
一応一冊ずつ開いて調べてみたものの、特に変哲も無いただの本だった。
ではこの胸の中を渦巻く違和感は何だ?
辺りを見渡しても、数年前から全く変わらない片付いた部屋があるばかり。
…… 取り越し苦労か。
「んだよ人騒がせな」
オレはもう一度その棚にあるラインナップを見てため息をついた。
でも折角入ったんだから、ちょっと読書でもして気分転換していくか。
そう思って、再び1段目から順番に本のタイトルを見ていく。
こう言った本からも、自分が作っている絵本や紙芝居のネタが散らばっているのだ。
どれにしようかな、と指を差しながら埃っぽい本をなぞった。
「….…………………… あっ」
金槌で頭を殴られた感覚が走る。
慌てて2段目にも目を通した。
「……………… なんで忘れてたんだよっ!」
全てを思い出した。
今まで感じていた矛盾に答えを見出す。
不自然だったんだ。
今の今までこの部屋を利用していないのは。
オレではどうにもならない。
早速シャーロットに伝えて調べてもらいたったが、生憎彼女は部屋どころか家にもいない。
どうやって伝える?
そもそも、コレは誰が用意したんだ?
ただの偶然にしては出来過ぎている。
「うっ!?」
刹那。
強烈な頭痛と眠気がオレを襲う。
堪らず床に倒れこんだ。
意識が遠退き、開けっ放しになっている部屋の扉さえも、何十メートル先にあるような錯覚。
世界が反転する。
視界が狭まる。
手足の感覚がなくなっていく。
どうにかして伝えなければならない。
意識を手放す前に………… オ… …レは…
※
「本当に良かとか? アイば止めんちゃ」
夜の満零湖。
雲は一切なく、その湖は『星見の鏡』と呼ばれるに相応しく、無限に広がる宇宙のキャンパスに散りばめられた星々を自身に写していた。
幻想的にも思える空間の中に、異物が三つ。
一つは湖が一番綺麗に見える場所で、水面に映る月の光を浴びながら物思いにふけっている。
一つはソレを遠くから見守る小さき者。
そして、小さき者の側にある木の影に隠れるようにして立っている人間。
「ワイはこいで良かとか?」
小さき者の問いに、人は小さく頷く。
言葉はなく、ただ遠くで黄昏ているあの子を見つめているだけだった。
「こん時が、とうとう来たとね…… 」
小さき者の言葉と同時に、陰に隠れていた人間が満零湖に背を向けて歩き出す。
「オイもやけど、ワイもそんな役ば受けっけんが、こげんこつなったっかね」
人間は振り返る事なく小さき者に手を振りながら、季節公園の森へと消えていった。
小さき者も、その背中を黙って見送る。
そして、静かに時を待った。
自分が眠りに落ちる時を。
仲良ぉしてやっけん
…… 居候同士やもんね
そして。
彼らは夢から醒める。
夢の一切を忘れて。




