32-2話 ー デート大作戦〜凪咲 view 〜 ー
波乱の幕開けとなったデートプラン。
私達は、アミューズメントエリアのとあるオムライス専門店で昼食を取っていた。
実は昨日、アミューズメントエリアに新しくできたパスタのお店の評判が良いことを耳にしたので、早速行こうとしたところ………
「パスタはニンニクとか臭い強めの食材を使うから、女子は気にするんじゃね?」
と、遥希が言ってきたので、第二候補だったオムライスにしたのだ。
っと言うか、前々から思っていたのだけれど。
ハル、女子力TAKEEEE!
私よりも、シャーロットよりも、クラスメイトの誰よりも女子力が高い。
炊事、洗濯、掃除はさる事ながら、裁縫もできるし買い物一つとっても、その圧倒的なまでの女子力をヒシヒシと感じる。
一体、この男はどうしてこれ程までの力を手に入れてしまったのか。
…… 本当はわかっている。
全て私が何もしなかったせいで、遥希がやるしか無い状況を作ってしまったからです、すみません。
「んぐんぐっ…… オムライス、美味しいです!」
デミグラスとクリームのツインソースオムライスを無邪気に頬張るシャーロット。
倒れた時に見せた爆食は余程お腹が減っていたのだと思っていたが、普段からこの娘は見かけによらず、かなり食べる。
現に、今食べているオムライスのサイズもLLサイズ。
比較として、Mサイズで大体お茶碗2杯と卵4つ分くらいで、食べれば程々にお腹いっぱいになるくらいの量はある。
Lサイズで男性のお腹は大満足に至るだろう。
メニュー表を見ると『驚愕のLLサイズ! お友達とのシェアにオススメ!』と表記してあるのが見えた。
つまり、二人以上で食べる事を想定して作られいる事に他ならない。
だがそれでも、この山にも似たオムライスを、シャーロットは既に一人で半分は食べていた。
オムライスが私達の机に運ばれてきてから、わずが5分での出来事である。
この小さな体のどこにそんな量が入るのよ……。
ただ、決していじらしく食べているのではなく、行儀もいい。
食べる時、全ての動作が普段よりも3倍くらい早くなっているだけだ。
故に、カチャカチャとお皿を鳴らす音も聞こえないし、テーブルも全く汚れていなかった。
一方で、遥希はと言うと。
「…… アンタ、昔から食べないわよね」
「あぁ、最近は更に食が細くなってな。別に困ってないからいいけど」
この店で一番小さなサイズを注文していた。
私ですらMサイズなのに、遥希はSSサイズ…… フードファイターなら一口で食べられそうな大きさだった。
私達が座っているのはボックス席で、私だけが反対側にいるため、自然に遥希とシャーロットのオムライスが横に並びあうので比較がしやすい。
人で例えるなら……… 横綱と赤ちゃんだ。
オムライスを持ってきた店員さんも、LLサイズの物を遥希に渡そうとしてたしね。
「あっ、逆っス」と遥希が指摘した時の店員さんの顔が忘れられない。
この世ざる者をみたような顔だった。
「…… うん、この店はいい。多分デートに向いていると思う」
「どうしてそう思うの?」
「サイズが選べるのはいい。ソイツの彼女とやらがどんな人間かは知らんが、デート中に彼氏の前で豪快にメシを食うことはないだろう」
偏見かも知れないけど、と付け加えてから再び口を開く。
「多分、女性側は食べる量を控える筈だ。少食の方が可愛いーとか思ってさ。ただ、ここのオムライスはMサイズで男女ともある程度満足いく量があるから、どちらも気兼ねなくMサイズを頼めばいい。気になる様ならSでも構わないし、何ならLLサイズをシェアして、男女比率7:3の割合で食べれば丁度いい筈だ。味も申し分ないし、失敗することはないんじゃないかな?」
なるほど、さては遥希め…… 生まれてくる性別を間違えたわね?
遥希の言うことは、ズバリ合っている。
何故なら、私が今の意見と全く同じ理由でMサイズにしたから。
今日の私はお腹は空いていた。
本音を言えば、Lサイズを頼みたかったけど、謎の羞恥心からワンランク下のMサイズで可愛げを作ろうとしたのだが………… 結果、Mサイズで大満足になった。
「…… お前、Lサイズ頼もうとしただろ?」
「ドキッ!?」
「普段誰がメシ作ってると思ってるんだ? お前の胃袋事情くらい把握してる」
「……くぅっ」
「あくまで参考になるデートプランニングだろ? メシの時くらい遠慮すんな」
優しさが身に染みる。
なんだが、遥希には私の知らないところまで私の事を把握されているような気がするのは気のせいかしら?
「…… 遥希さん、このジャンボパフェ、とっても美味しそうです……」
「すみませーん、うちの娘にジャンボパフェ一つお願いします!」
悩んでいると、いつのまにかシャーロットの皿の上にあった山がなくなっている。
そして間髪入れずにデザートを注文してあげる遥希。
…… なんと言えばいいか、ここまで来るとヤキモチも焼けない。
二人の関係は、男女と言うより…… 親子に近い。
実際、遥希もそう思っているだろうけど。
結局、ジャンボパフェなるものもペロリと食べてしまったシャーロットのおかわり宣言をストップさせてお店を出た。
味よし種類よしシステムよしの三拍子揃っていたこの店は、デートで行くにはいい選択肢になる。
私は持っていたメモ帳に感想を書いてポーチにしまった。
時刻は午後1時半。
のんびりと昼食を取ってしまった私達は、アミューズメントエリアの目玉である、遊園地『慧神アイランド』に来ていた。
遊園地の面積は、某夢の国には劣るものの、メリーゴーランドやお化け屋敷、ジェットコースターなど様々なアトラクションがあり、大人から子供まで大人気のテーマパーク。
私はよくいんちょやキョンピーと行くけど、遥希はそれ程行ったことがないみたい。
そしてシャーロットにいたっては……
「遊園地! 私、初めて入りましたよー!」
大はしゃぎだった。
「シャルは遊園地、行ったことなかったの?」
「はい、移動遊園地を見かけたことはありましたが、実際に遊んだ事はありません!」
と、喋っている間もあちこちキョロキョロと見渡している。
ホントに可愛…… 連れてきて良かった。
「まぁ…… デートと言えばここだよな」
遥希も予想していたのか、そう漏らした。
無理もないか。
アミューズメントエリア。
それは娯楽と言う娯楽をこれでもかと言わんばかりに集めた楽しむためのエリア。
しかし逆を言えば、この島の娯楽はほぼ全てこのエリア内に集められていることになる。
厳密に言えば、港エリアにも多少はあるものの、最早港エリアもアミューズメントエリアの一部と言ってもいいくらいの距離にあるので割愛。
特別な一日にしたいと言う要望だけど、何もかもを特別にするのには限界がある。
そこで、普段使われている鉄板デートコースの中から、特別なイベントをいくつか考えようと言う結論に至っていた。
例えばこの慧神アイランドに於いてもそう。
アトラクションは滅多に変わる事はないけど、イベントは目まぐるしい勢いで変わっていくので、それを予めホームページで調べておいてから来園したりとか。
後はアトラクションを回る順番を効率よくする事で、普段よりも多くのアトラクションを楽しめるようにルートを考えるとか。
…… こんなこと、特別な日にしたいのであれば普通に考えるか。
結局のところ、こと慧神アイランド内に関して言えば、特に気を配る事はない。
強いて言うなら、商店街でのイベントの方がまだ目新しいものがある筈。
じゃ、なんで遊園地に来たのか。
それは…… 私達三人で遊ぶため。
投書とか関係なく、遥希とシャーロットと想い出を作りたかった。
もちろん、イベントや目新しいモノはちゃんとメモや感想を残すのだけれど。
投書の問題を解決するために来ている以上、これをお座なりにするのは、他の誰でもない、私自身が許せない。
公私混同、ダメ、絶対!
…… 今更何を言っているのだろうか、私……。
「遥希さん、ナギさん、あれは、あれはなんですかっ!? 面白そうですっ!」
「うをっ、オレあんな乗り物知らないんですけどっ!? ちょっ、ナギっ、早く乗ろうぜ!」
……久しぶりの遊園地に、普段曖昧なテンションを保っている遥希も高揚しているみたいね。
全く、二人とも子供なんだから。
でも。
「待ってってば! 私が案内するわよーっ!」
私も……… 同じかな。
「あーっ、遊んだ遊んだーっ!」
あれから私達は、慧神アイランドのアトラクションを全て回りきった。
遊園地を出る頃には、いつのまにか空は真っ赤に染まっている。
あぁ、私は空の色さえわからなくなるくらい楽しんだんだなぁと、ある意味自分自身に感心してしまった。
「へぅ…… ち、ちょっと遊びすぎたかも、です」
特にシャーロットはジェットコースターが気に入ったらしく、羽根の髪飾りが飛ばされないよう必死に庇いながら、何度も何度も乗っていた。
そのためか、今の彼女の足取りはどこかおぼつかない状態で、非常に危なっかしい。
私達は腰を休めるために、港エリアにある海を一望できるベンチに、私、遥希、シャーロットの順番で並んで座った。
「……さてと。デートコースを一通り回ってみたが、いい回答を返せそうか?」
一息ついて、遥希が私に聞いてくる。
「えぇ抜かりないわ! デートの楽しかった点をバッチリこのメモ帳に………メモして………」
「ナギ?」
……………… 忘れていた。
余りに楽しみすぎて忘れていたっ!
メモ帳には今日の出来事がしっかり書かれてある、完璧だ、しかしそうではない。
私、今日は遥希に告白するつもりだったんだっけ?
思い出すと、急に動悸が激しくなる。
「どうした、お前も疲れたか?」
隣に座っている遥希は、心配そうに、よしよしと私の頭を撫でた。
…… 全く、この男は人の気も知らないで。
でも、何となくわかった気がする。
私はまだ、妹としか見られていないんだって。
だから。
「…… うん、今日は…… もう、いいわ」
いつかの言い訳を。
旧校舎の屋上でした言い訳を繰り返す。
多分、私はこれからも、逃げ続けるのだろう。
「…… すぅ、 …… すぅ」
シャーロットの寝息が、遥希の身体の後ろから聞こえてくる。
真ん中に遥希がいるから、彼女の寝顔は見えなかった。
「……寝ちまったか」
遥希がシャーロットの頭を撫でた。
そろそろ、目の前に見える水平線に、太陽が沈む。
もう、帰る時間だ。
「……さっ、暗くならないうちに帰りましょう!」
不自然じゃなかったかな?
泣きたくなる気持ちを堪えて、極めて明るく言って立ち上がった。
「……まだだ」
でも。
遥希の答えは違った。
「特別なデートのフィナーレはさ、特別な事をしなきゃ……」
遥希はシャーロットを起こさないように立ち上がり、私の手を引っ張った。
「なっ、何を…っ?」
慌てて彼に着いて行く。
遥希は私の手を引っ張って、海岸ギリギリの場所に設置されている低いフェンスの前に立たされた。
目の前にある太陽は、既に大半が海の中に沈んでいる。
「…… いいか、ナギ。あの太陽をよ〜く見てるんだ」
「あぅっ、は、ハル?」
遥希は私の肩をギュッと抱いて、太陽を見ている自分の顔を近づけた。
まるで、私の目線を自分と合わせるように。
顔が近い。
でも、私は不思議と落ち着いていた。
密着した状態で、遥希と一緒に沈みゆく夕日を見守る。
太陽はどんどん加速して……
「ナギ、一瞬だから目を凝らしてよーく見ておけよ? 海外では『幸せになれる光』と呼ばれる輝きを」
やがて、太陽は完全に水平線に隠れた。
瞬間。
真っ赤な光が、エメラルドの様な緑色に輝きを変えた。
時間にしてみれば3秒……いや、1秒もなかったかもしれない様な、一瞬。
でも、あの太陽は確かに美しい緑色に輝いたのだ。
「………うわっ!?」
大自然が作り出したエメラルドグリーンに見惚れていると、突然遥希の手で目隠しをされた。
「…… グリーンフラッシュって言ってな、太陽が昇る、或いは沈む寸前に起こる現象で、一瞬だけ緑色に光って見えるんだ」
さっき見た緑色の光は、目隠しをしているからか、未だに目に焼き付いている。
「ハワイでは、目撃した人は幸せになれるって言う伝説があるらしい…………そこでっ!」
パッと目隠しが解かれる。
「……その光を、魔法の力で閉じ込めてみました」
目の前にあったのは、緑色の石が嵌め込まれた、赤い縁取りのペンダンドだった。
その緑色は、夕焼けの中にあったグリーンフラッシュと同じで。
その周りを飾る縁取りは赤い夕日と同じで。
まるで、さっきの奇跡と呼べる一瞬をペンダンドに閉じ込めているようだ。
そして。
「…… 誕生日、おめでとう」
遥希は私の首にそのペンダンドをかけながら、そんな事を言った。
「…… えっ、あ、あぁそっか、これって誕生日のデートプラン……」
遥希はやれやれと首を振って、ケータイの画面を見せて来た。
そこには6月のカレンダーと本日の予定が表示されていた。
今日は6月28日………。
『6月28日 ナギ、誕生日!! ( 最重要事項 ) 忘れてたらシバかれるぞ!』
そんな事がメモしてあった。
「あっ…… あぁぁぁぁっ!!」
「…… ようやく気づいたのかよ。てっきり狙って今日実行したのかと思ったわ。投書も誕生日案件だったし」
そうだ。
今日は私の誕生日じゃないっ!
告白の事にばかり気が行っててすっっかり忘れてたぁっ!
「こりゃ本当に忘れてたな…… ま、いいや、オレの演出も中々のモンだったろ?」
一仕事終えたサラリーマンの様に、『さー帰るかー』と伸びをしながら背を向ける遥希。
……あぁ、ダメだ。
私、今、どうしようもないくらい。
遥希の事が、堪らなく好きになっていた。
「ハルっ!!」
「な、なんだよビックリしたなぁ……」
私の叫びにも似た声は、思いの外遥希を驚かせてしまった。
「あ、あのっ、あのね……」
でも、次の言葉が出てこない。
あれだけ練習したのに。
シャーロットにも手伝ってもらったのに。
不安。
恐怖。
「…… ごめん、やっぱり……」
私には、ムリ………
「……逃げちゃらめれすよぉーっ」
寝ていたシャーロットが、突然口を開いた!?
「……逃げちゃぁ………………すぅ」
そしてまた眠りに就いた。
『私が逃げないように一緒にいて頂戴?』
……アンタって子は、寝ていても約束を守ってくれたのね。
あなたと散々練習したセリフは全部忘れちゃったけど。
私は、逃げない。
「ねぇ、ハル……」
「……なんだ?」
「……私は、あなたの事が……好きです」