25話 ー この天使、只今充電中 ー
楽しい時間と言うのはどうしてあっという間に過ぎるのか。
星見祭の会場に来た時にはまだ真上くらいにあった太陽は傾き、既に満零湖の先にある岩山に隠れている。
空に残っているのは朱色と藍色の境界線と、自分の家へと飛んで帰る鳥だけだ。
そんな空の下で行われている星見祭が最高潮の盛り上がりを見せる中、国際色豊かな喧騒に揉まれながらも祭りを思う存分に楽しんだ後………
「……テメェら、ココはガキの溜まり場じゃねェんだぞ」
カフェ "ブルーバード" のいつもの席で時間を潰していた。
テーブルには星見祭会場で手に入れた食べ物や景品などの戦利品がズラリと並べられており、皆思い思いの品を手に取りながらワイワイ騒いでいる。
そんなオレ達を見て舌打ちしながらタバコの煙を蒸しているのは、島の番長こと鷲峰雷火だ。
「おいオッサン、店ん中は禁煙じゃないのかよ?」
「そりゃ先月の話しだろ。5月の勝負はオレが勝った、だから今月いっぱいは喫煙フィーバーだぜっ! まぁピークの時はちゃんと分煙してるがな」
そう言って雷火はこの席とは別にある端席の天井を指す。
そこには空調のような細い機械が取り付けられていて、その下にはガラス張りの壁できっちりと隔てられている部屋の入り口。
どうやらその機械で、入り口に風のカーテンをかけてタバコの煙を遮断しているようだ。
ガラスの壁の奥に見えるのは、二人席と四人席。
計6人しか座れないが、元々この店に来る喫煙者と言えば雷火を除いても極少数なのだと前に話してくれたのは智世だった。
智世はタバコの煙が嫌い……と言うよりは苦手なので、なるべく煙を避けるようにしているのだとか。
「すみません、私がパ……こほん、お父さんに勝てなかったばっかりに」
「トモのせいじゃないわよ。娘相手に容赦しなかったらお父さんとやらには非があるかもしれないけど」
半目で雷火を見つめる凪咲。
「ほぅ…… 今日のナイター、長崎ピジョンズの先発は増永か。アイツぁ元々中継ぎだったからなぁ……」
そんな冷たい視線もそよ風のように感じているのか、雷火は思う存分カウンター席でタバコを吸い、スポーツ新聞を広げて贔屓しているプロ野球団の記事を見ている。
こっちに聴こえるくらい大きな独り言を言っている辺り、冷ややかな視線と会話には気がついているらしい。
ところで『勝負』ってのは、月に一度この店で開催される親子の料理対決である。
対戦カードは雷火vs智世。
雷火は店のメニューから一品作り、対する智世は自分が考えたオリジナル料理を作る。
お互いの料理をギャラリーに食べてもらって、多くの支持を集めた方が勝ち。
雷火が勝てば一ヶ月間、ブルーバードは喫煙可。
智世が勝てば一ヶ月間、禁煙となるルール。
因みに店の裏側には小さな喫煙所を設けてあるので、禁煙となるのは店内のみに限られる。
そんなタイマン勝負が勃発したのは6〜7年程前。
当時は普通に喫煙出来ていたブルーバードに、ある日たまたま喫煙者の団体様が来店した。
換気扇を回しているにも関わらずタバコの煙と臭いで充満した店内で手伝いをしていた遊七と智世だったが、今回は流石に酷すぎたのか、今まで我慢していた不満が爆発して、智世は店に喫煙席を設ける事と、雷火にタバコを少し控えるように説得した。
禁煙にしろと言わなかったのは智世の優しさからと、智世自身あまりにも酷すぎると耐えられないだけで、タバコの煙や臭い、ダメ絶対。と言うわけではなかったと言う譲歩からだった。
それでも「イヤだい! イヤだい! パパはカウンターでタバコ吸いたいんだいっ!」と駄々をこねる雷火。
二人は次第にヒートアップしていくが、横から遊七のチャランポランな一言が二人の間に割り込む。
「なら勝負で勝った方の言う事聞けばいいんじゃね?」
この頃、遊七の中では熱い料理対決漫画がブームだったと聞いたのはそれから何年も経った頃だった。
その提案を受け入れた二人は、互いを尊重するための譲歩として、月に一度、一ヶ月の適応期間を設けて対決を初めて……現在に至る。
今月の勝負は、初めてシャーロットとこの店に来た数日後に開催されたみたいだが、結果は雷火に軍配が上がっていた。
「私もまだまだ修行が足りないなぁ…」
「でも三ヶ月に一度くらいのペースで勝ってるじゃない? 現場で何年も働いている大人に勝てるなんて凄いことよ!」
「うん。世界中で食事をしている僕だけど、どの料理にも負けず劣らず美味しいよ、トモの料理は」
ちびちびとオレンジジュースを飲む智世に、凪咲とリチャードが慰めている。
ブルーバードに集まる時、たまに余った材料でお摘みを作ってくれているので、ステラのみんなは智世の料理の腕前を知っていた。
「……お前はどうなんだよ、遊七」
隣に座ってグビグビとコーラを飲んでいる遊七に尋ねてみる。
「えっ? あぁ、やっぱシャワーは体にバシバシ痛いくらい強く当たるくらいじゃないと浴びた気がしないよなっ!」
「誰もそんな話ししとらん」
全然話を聞いてなかったらしい。
「タバコだよタバコ。トモが煙とか臭いとか苦手だろ? 双子の片割れであるお前はどうなんだって話しだ」
「アタシは全っ然平気、むしろスキ! ガソリンの臭いとかペンキの臭いとかもそうだけど、体に害があるって分かっちゃいるけど好きなんだよなぁ!」
ホント、どうして双子でここまで違うのか。
「キケンな香り……俺も好きだぜっ!!」
「貴様の場合は犯罪臭だろうが、業者に頼んで学園の柱に埋め込んで人柱にしてやろうか?」
「やめてメグ先輩っ、出来る事なら女子更衣室の柱に埋め込んでっ!」
…… ワガママ女王とエロ下僕のアレな会話はシャットアウト。
遊七とは反対側に座っていたシャーロットは静かに紅茶が入ったティーカップを持っていた。
流石は生粋のイギリス人。
紅茶を飲む姿が映える……………と思っていたのだが、よく見るとカップソーサーの周りは紅茶やミルクが溢れていてビショビショだった!
「ほげぇ〜〜………」
本人の顔も正気がなく、目もどこか虚ろな状態で焦点が全く定まってない。
そして体はメトロノームのようにユラユラと不安定に揺れていて、首はコックリコックリとブリキのおもちゃを思わせる動きをしている。
…… さてはコイツ、昨日楽しみすぎてあんまり寝てないな?
今朝もオレがリビングに行ったら既に椅子に座って本を読んでたし。
そんな状態でアドレナリンを撒き散らしながら星見祭を120%満喫したのだから、電池切れになったのだろう。
遊び疲れて寝てしまう子犬みたいで可愛い。
いや、これは天使。
違う、『シャーロット』と言う一つの生き物だ!
「おいシャーロット、大丈夫か?」
しかし、まだ星見祭は終わっていないので、少々忍びないが起こすことにする。
「…… はっ!?」
ビクッとした拍子に、シャーロットが持っていたカップが大きく揺れた。
「あぶ……っ」
ないと思って咄嗟にティーカップに手を伸ばしたが………
「入っとらんのかーいっ!」
カップの中身は空だった。
「ふぇっ!? 何ですか! 何なんですかっ!?」
「どうもこうもない、ボーッとしてたぞお前…」
「そんな……っていつのまにかテーブルが見たことある光景にっ!? す、すみませんすみませんっ!」
早口で喋りながら近くにあった布巾で周囲を拭くシャーロット。
そんな姿すら可愛いと思わせる事ができるとは。
「ハルコラぁオメェ、シャルがテーブルに額を打つけるまで黙って見てようとして尚且つ録画の用意までした私の努力を、クソがぁ…っ、よくも台無しにしてくれたな!」
「気がついていたなら教えてやれよ! ってことはメグ、シャーロットが船を漕いでいるところは録画できているんだよな?」
グッ!!( 親指を立てながらサムズアップする廻流 )
「3000円だ…フヒヒっ」
「良心的な価格じゃねェか…グヘヘっ」
「…? …?」
オレは惜しみなく野口さんを3人渡す。
ピロリン、とケータイが鳴ったので見てみると、そこにはうつらうつらしているシャーロットの一部始終が映った動画が送られていた。
やったぜ。
「ガキ共、今日は客がいねぇからゆっくりしても構わんが、そろそろ時間だぞ?」
賄賂を渡していると、雷火はもう何本目かわからないタバコに火をつけながら時計を見ていた。
よく見ると、時刻は既に7時を回っている。
「もうこんな時間か…… お前達、そろそろ移動するぞ!」
「移動って…… お祭りは見て回りましたし、一体何を見るんですか?」
不思議がるシャーロットに、オレは答えた。
「……星見の大魔法さ!」




