20話 ー 目覚めた時、側にいるのは… ー
どこか遠くから声がする。
これは…… 唄か?
いつだったか聞いたことがあるような優しい唄だ。
懐かしく…… 悲しい唄………
ゆっくりと目を開ける。
そこにあったのは……
「……………」
静かに。
子守唄を奏でるように。
声の主は、オレの真上にいた。
ん?
いや、正確に言えば仰向けに寝ていた筈のオレが、凪咲の顔を下から見ていたのだ。
そして、硬く冷たい椅子の上に頭を置いていたのに、今はとても柔らかく暖かい感触が…… 。
「…… っ、起きた?」
「…… えっ?」
ドキリとする。
てっきり取り乱すものだとばかり思っていたのと。
その慈しむような笑顔は、オレの凪咲フォルダ内のどの笑顔とも違ったから。
「…… な、何しとん?」
「思わず関西弁になっちゃう辺り、結構動揺してるみたいね?」
る、るっせー。
てかなんでこんな状況に?
「…… アンタ、また誰かの世話焼いたんでしょ?」
「っ!?」
「何があったかは聞かないけど…… お疲れ様っ」
そっとオレの頭を撫でてくれる。
頭を撫でられることなんて、今までほとんどなかったけど。
こんなにも気持ちいいんだ。
ずっとこうしていた……
「は、はいっ! もうお終いっ!!」
「あぶらっ!?」
再び夢の世界へ落ちそうになっていた時、突然凪咲が立ち上がる。
それに伴い、オレは椅子から転げ落ち、痛みと共に完全に頭が覚醒した。
「オイコラァっ!? 一体どういうつもりだ!」
「ば、バカね…… 罰ゲームよ! 平静でちょっとミスしちゃってね、クラスの女の子達から…膝枕を誰かにする事で許してやるって言われたのっ!」
「…… もぅちっとやってくれてもよかったじゃんか(ボソッ) 」
「なんか言った!?」
「意外と足太いなって言ったんだよ」
「あ゛あ゛ぁ゛ん゛!?」
「なんでもないっス」
これ以上は不毛である。
ってかなんでコイツがこんなところに?
「…… ちょっと待て、今何時だ?」
「もう午後3時…… 星見祭終了間近よ」
っておイィぃぃっ!?
「じゃ、じゃあオレが気になっていた出し物は?」
「今からだと精々一つ見るのが関の山じゃない?」
…… うせやろ?
ユウとトモがやってるたこ焼きも気になってたし、シャーロットのアリス姿も見たかったし、自分のクラスも手伝いたかったし、怖いもの見たさで人間射的もやってみたかったのにっ!!
「因みにウチは大盛況よ。今も時間ギリギリだって言うのに満員なんじゃないかしら?」
「ほ、ほう…… どんな感じで?」
「オムライスもそうだけど、三色ハンバーグのセットが一番人気だったわ。色合いも可愛かったし、ボリュームもあったから男女問わず高評価だったわ」
う、嬉しい。
「よし、時間もないしどこか見て回るか!」
「いきなりやる気を出したわね…… どこに行くわけ?」
そうさなぁ…… 。
1.シャーロットの童話喫茶。
2.ユウ & トモのたこ焼き。
3.最後くらい自分のクラスを手伝う。
4.人間射的をやってみる。
「シャーロットのクラスに行ってみようぜ? アイツが上手くやれてるのかも気になるし」
「そうね。私も様子を見に行きたかったんだけど、何だかんだ行けてなかったし、いいわよ」
軽く身嗜みを整えた後、オレ達は中等部へと向かった……
中学生の出し物といっても油断はできない。
この学園は『面白さ、又はクオリティの高さが正義』みたいなとこがあるので、皆他のクラスに負けないよう目新しい物や一点特化した店を出す。
それは中等部にも言える事で、シャーロットのクラスに辿り着くまでに目を引かれる出し物がたくさんあり、高等部程ではないにしろ結構な賑わいを見せていた。
そんな中、シャーロットのクラスである3-Cはと言うと……
「大盛況やん」
他のクラスとは比べ物にならないくらいの混雑っぷりだった。
夏休み真っ只中の流れるプール内の状況を思い出して欲しい。
人と人との間隔が限りなくなく、常に誰かと密着している状態だ。
因みにオレ達は、シャーロットから優待券なる物を貰っており、見せれば速攻で席に座れるようになっている。
3-Cの連中は、其々一枚だけこの券を貰っていて、一枚で2名様まで使えるとのこと。
貴重な一枚をシャーロットはオレ達にくれたのだ。
…… 正直、オレ達くらいにしか渡せる相手がいなかったってのもあるが。
「…… ぅわっとと」
不意に人波が押し寄せてきて、オレの胸に凪咲がすっぽりと収まった。
周りには油やソースなんかの匂いが充満していたが、それでも女の子特有の心地よい香りがオレの鼻を擽る。
こんな時、あぁ…… コイツも女の子なんだなぁと思う。
「…… っ! ご、ごめんっ」
腹パンを覚悟していたが、今日は何だか妙にしおらしい。
調子が狂うんだよ、殴ってこいよ、殴ってくれよ。
「お、おう。さ、さっさと行こうぜ」
「…… うん」
自然と手を繋いでシャーロットのいる教室の前まで進む。
なんなんだこの空気は。
いつものバチバチした関係は何処へ行ってしまったと言うのだろうか。
モヤモヤしながら人混みを掻き分けながら進み、ようやく受付まで来ることが出来た。
「いらっしゃ…… あっ、桜庭先輩!来てくださったんですね!」
受付をしていた女の子に優待券を見せようとしたのだが、オレを見るなり「桜庭先輩と一名様、ご案内しまーす!」と大きな声でコールした。
やっべめっちゃ恥ずかしい。
「…… おい、隣にいるのって東雲先輩じゃね?」
「ふぁあ…… 俺始めて間近で見たけど、超可愛いじゃん…… 」
「ポニテもよく似合ってるし、頼りがいあるって感じでカッコよくもあるよなぁ」
「実際、凪咲先輩は生徒会でもお姉さんしてるわよ?」
「中にはお姉様なんて呼ぶ女子もいるわ!」
仮装していたシャーロットのクラスメイトどころか、その場にいた来客すらもオレ達に注目していた。
一体なぜこんなにも名と顔が知られているのだろうか。
生徒会役員で品行方正な凪咲は兎も角、オレが何をしたって言うんだ…… したか、色々。
まぁ、9割 廻流が私用で園内放送とかしているからだろうが。
突き刺さる視線の中、窓側の二人席に案内されて暫く待つと……
「…… い、いらっしゃいませ、遥希さん、ナギさん!」
天使…… いや、アリスことシャーロットが接客に来てくれた。
華奢な足にはニーソックスを履いていて、絶対領域と呼ばれている場所に思わず目が向いてしまう。
他のヤツらがしているカツラやとは違い、本場英国の血を引いた顔立ちと金髪に、青と白のミニスカドレスとニーソックスと絶対領域。
本当に絵本の中で駆け回る不思議の国の "アリス" そのものである。
そ し て 絶 対 領 域 !
眼福。
それ以外の言葉が出てこない。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいのですが…… 精一杯お持て成し致しますねっ!」
あっ(尊死)。
オレの何かが…… いや、全てが一瞬で浄化された気分になった。
「はぇ〜…… 」
向かいの席に座っている凪咲から糾弾は飛んで来ず、彼女もまたシャーロットに魅了されているのかアホヅラ全開でアリスを見ていた。
「えっと、ご注文は何にされますか?」
「キミをテイクアウトしたい」
正面からガツンと思いっきり足を蹴られてその場で悶絶した。
脛はやめて下さい。
「私は……. 紅茶とシフォンケーキのセットで!」
当の凪咲はしれっとメニューを眺めながら注文していた。
オレもメニューを見る。
あれ、涙で視界が滲んでよく見えねェ……
涙を拭いてメニューを見る。
しかし、スタッフの衣装に予算を掛けたのか、飲食店としては寂しいラインナップだった。
こんなものだよねーと思いながら一番最後の欄を見ると、『キャラクターズSpecial! (優待券所有者のみ可) 』と書いてある。
恐らく其々のスタッフオススメのメニュー、あるいは考案した物が出てくるのだろう。
「じゃ、キャラクターズSpecialで」
「畏まりました! 少々お待ちくださいっ!」
注文を終えたシャーロットは、とてとてと厨房 (仮) に姿を消した。
「…… ハギスとか出てきたらどうしよう」
「何そのカッコいいの。料理?」
ハギスとは、羊の肝臓、心臓、肺、血管の細切れを、玉ねぎやスパイスと混ぜ込んで羊の胃袋に詰めて焼いた料理だ。
気が向いた人は調べてみるといい。
兎に角見た目がエグいのだ。
しかし味は意外や意外、美味いらしいぞ。
ただ、ハギスはイングランドではなくスコットランドの郷土料理だし、調理も学園の行事で出すには手間がかかる上に、そもそも材料がマイナー過ぎて揃わないだろうと言う理由から、ハギスが出てくる可能性はかなり低い。
でも同じイギリス内の料理だからなぁ…… 。
期待半分、怖いもの見たさ半分の気持ちでシャーロットの再登場を待つのだった………