21話 ー 故郷の味 ー
「お待たせしました! 紅茶とシフォンケーキのセットです。遥希さんのお食事もすぐにお持ち致しますので、少々お待ち下さいねっ?」
数分後、凪咲のオーダーであるセットをテーブルに置いた後、とびっっっっきりの笑顔を残して再度厨房へと入っていった。
「…… あれは微笑みの爆弾じゃない、喜色満面のダイナマイトだ」
ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・ます !
「またキモい顔を…… 」
失敬な。
ブヒブヒ言わなかっただけ褒めて欲しい。
あっ、でも自分、ロリコンじゃないんでそこんとこ宜しく。
「…… お待たせ致しました遥希さん。私のキャラクターズSpecialです!」
程なくして、シャーロットがオレのオーダーを運んできた。
で、それは…… なんだ?
いや、決して奇妙な見た目をしているわけではない。
差し出されたその料理は、ボール状に丸めたコロッケ (3つ) の様な物と添えられた使い捨てのナイフとフォーク。
一緒に持って来たマグカップには、なんかスッゲエもこもこした泡が入っていて、飲み物かどうかも判断がつかない。
シャーロットの顔を盗み見る。
そこにはタンポポが咲いた様な笑顔。
『気に入って下さるでしょうか? 下さるでしょうか!?』
期待に胸を膨らませている心情ががありありとわかる。
尻尾が付いていたら、子犬のようにブンブンと捥げるのではないかと言う程、尻尾を降っているだろう。
守りたい、この笑顔。
「…… シャルるん! ほら、アレアレ! アレやらなきゃね?」
赤ずきんの格好をしたクラスの子がシャーロットとすれ違う瞬間、そっと何かを耳打ちして去っていく。
一体何が始まると言うんです!?
「で、では失礼して…… 」
シャーロットがおずおずと取り出したるは、なんの変哲も無い (と信じたい) ケチャップ。
それをコロッケに網目を描くようにサッとかけた後、皿の空いているスペースにハートマークを描いた。
「お、美味しくなって♡ 美味しくなってぇ♡ … あぁん…… ?」
うへへっなにそれ可愛い、流行ってんの?
ただ、第1話で凪咲が披露したドスの効いた脅しではなく、恥ずかしさからか言葉の最後が萎んでしまったので、妙に色っぽい喘ぎ声に聞こえてしまう。
まずい、心を落ち着かせるのだっ!!
「色即是空 空即是色…… 」
「なんでこのタイミングで般若心境を…… 」
凪咲が呆れ顔で見ている中、『いただきます』したオレは意を決してナイフでコロッケを半分に切った。
断面に見えたのは、ハンバーグに似た挽肉に包まれた…… ゆで卵?
「これは、イギリスでは有名な軽食『スコッチ・エッグ』です! 日本で言うメンチカツの中にゆで卵を入れた様なものですね」
一口食べてみる。
サクサクの衣に包まれたソレを噛むと、スパイスが効いた挽肉が舌を刺激し、甘い肉汁が口いっぱいに広がっていく。
続いて来るのはゆで卵のプリプリ食感は歯応えが心地よく、後からかけられたケチャップによって、肉と卵の味をよくマッチングさせていた。
「…… うまい。これはシャーロットが作ったのか?」
「はい。イギリスではフィッシュ & チップスと一緒に販売されていることが多いほど、地元ではメジャーな食べ物です」
そうなのか。
イギリスと言えば、紅茶とフィッシュ & チップスとハギスくらいしか知らなかったオレにはとても新鮮に感じられた。
「こっちのモコモコしたヤツは?」
「それは『エッグノッグ』と言って、牛乳、クリーム、砂糖、卵を混ぜて温めたカプチーノ風ミルクセーキと言えば良いでしょうか…… イングランドの東アングリアが発祥と言われていて、ラム酒やブランデーと混ぜて飲まれる方も多く、大人にも子供にも親しまれている飲み物です」
一口飲んでみると、ほんのりと優しく甘い香りが鼻を擽り、卵と砂糖のマイルドな味わいが、先程食べたスコッチ・エッグのスパイスや油身をふんわり包み込む。
甘党のオレにとって、どストライクの飲み物だった。
「私、これくらいしか作れなくて…… スコッチ・エッグとの組み合わせは悪かったかもしれませんね、二つ共卵を使っていますし」
「いや大したもんだよ、なぁナギ? この世には料理自体出来ないヤツだっているに、なぁナギ? 伝統料理をここまで美味しく作れるなんて見直したよ、なぁナギ?」
なぁ、ナギ?
「…… 何か言いたいことがあるのかしら?」
「別に。ただ、料理出来る女の子はステキだなって話しさ」
ジト目で睨んでくる凪咲を無視して、お手製のイギリス料理に舌鼓を打つ。
イギリスの食べ物は不味いと聞いた事があるが、コレを食べた後では俄かに信じ難い。
シャーロットも故郷の味が恋しいだろうし、今度ネットで調べて作ってみよう。
そう決心しながら、一口、二口とゆっくり味わいながら食べた。
「…… うん、うまい! 最高だぜ、シャーロット」
「…… っ! あ、ありがとうございます!」
改めて顔に花を咲かせるシャーロット。
一番のスパイスはこの笑顔にあるのかも知れない。
いや、きっとそうだ。
「私も一口…… あむっ…… っ!?」
和気藹々と談笑するオレの目を盗み、凪咲の魔の手がスコッチ・エッグに迫る。
「……… 負けた」
そして撃沈していた!
オレや料理研究部に入っている智世と比べるのなら未だしも、二つ年下の中学生に負けたとあってはダメージも大きいのだろう。
というか味もそうだが、そもそもシャーロットが多少なりとも料理ができた事自体にもショックを受けているようだ。
「それではお二人共、どうぞゆっくりしていって下さいね!」
そう言い残して、シャーロットはホールスタッフの仕事に戻って行った。
「…… ハルぅ、さっきまで甘かったシフォンケーキがね…… 今はちょっとしょっぱいの」
「まずは米の炊き方から練習しような? 大丈夫、お前はやれば……… し、失敗から何かを学ぶことが出来るヤツだ」
いつもの様に嫌味でも叩き付けようと思ったが、俯きながらシフォンケーキを突っつく凪咲に同情してしまい、思わず優しく声をかけてしまう。
が、決して『料理が出来るようになる』とは言わない。
コイツの壊滅的な料理の腕を、誰よりも知っているのはオレだから。
そう思うと、なんだかオレも込み上げてくる物が…… 。
コレは同情から来る涙のせいか、或いは笑いが齎すものかはわからない。
兎に角、将来の旦那さんが心配だ。
「あーっと…… ほ、ほら、エッグノッグまだ飲んでなかったろ? ちょっと味見してみろよ!」
何かフォローしなければと彷徨わせていた手をマグカップに寄せて、そっと凪咲の方へ押し出した。
「…… うん」
凪咲は素直にマグカップに口を付けたが目は死んでいた。
な、何か小粋なジョークをかまさなければ…… っ!
「あっ、そこオレが口付けたとこ」
「…っ!? …っく、ケホッ…! ケホッ!?」
おかしな場所にエッグノッグが入ったのか、一瞬耐えた後、激しくむせ返っていた。
吹き出さなかった辺り、乙女である。
「ちょっ…… いきなっ、ケホッ、いきなり何を…つ!?」
「いやね、お前の笑顔を取り戻すためにね? エンタメジョークを…… 」
ううっ… みんなを…… 笑顔にぃ…っ!
「ふざけっ…… 覚えておきなさいよっ」
何ということをしてしまったのでしょう。
ハイライトが消えていた美少女の目に、真っ赤に燃える炎がついているではありませんか。
やはりデュエルで笑顔にするしかないのか。
ここで憤慨しなかったのは、周りの目があるからだろう。
猫被りもこの領域までくると感心してしまう。
今晩、いや、早くて帰宅路でズ○ークが復活する可能性があるので、早々のケアが必要だ!
「おおお落ち着け! 何か… … 後夜祭、そうだ後夜祭だ! そこでお前の言うことなんでも聞いちゃう! だからね、許して…」
「…… 今、なんでもって言った?」
言ってしまいました。
「そ、そう…… 考えとく」
「…… おう」
ナニをさせられると言うのだろうか。
後夜祭では、有志による野外ライブやキャンプファイヤーなどと言ったイベントが待ち構えている。
去年は屋台も出ていて、ジュースとかお菓子とか簡易的な食べ物を教師陣が売っていたっけ。
ライブに乱入か?
お菓子の大食いか?
はたまたキャンプファイヤーにダイブしてヒューマンBBQか?
「別に変な事は頼まないわよ」
「大丈夫だ、全身火傷までは覚悟した」
「一体アンタの中の私はどう映っているのよ、全く…… ふふっ」
呆れ顔の後、静かに笑った凪咲を見て一安心……
「もちろんここはアンタの奢りよね?」
「えっ」
「ねっ?」
「あっ、ハイ」
「シャーロットぉ、私にもさっきのSpecialちょうだーい!」
最終的に、コイツには敵わない。
火遊びは程々にしないと思わぬ所で火傷を負う。
そんな教訓と甘い甘いエッグノッグが身に沁みたのだった………
その後。
シャーロットが作ったイギリス料理は、クラスメイトを通して瞬く間に学園中に広がり、噂を聞きつけた学食のおばちゃんが見事に再現して学食のメニューに追加して一世風靡したのは、また別のお話し。




