19話 ー 悪夢 ー
夢だ。
久しぶりに見る"予知夢"だ。
学園で燥ぐ生徒達。
教室や廊下は多種多様な飾り付けで彩られ、祭りの空気を漂わせている。
しかし……
刹那、和気藹々とした雰囲気の中、響く悲鳴。
とある教室の前で悲劇は起こった。
上から落ちて来た看板の下敷きになっている女の子の下には、真っ赤に染まった液体が水溜りを作っている。
鮮血。
遠くから聞こえるサイレン。
怒鳴りつけるように指示を出す先生と救急隊員。
その隣にいるのは……
「……シャ……死な…っ……!」
女の子に必死に声をかける……… 凪咲。
力強く握られた手の先にあったのは、血に濡れた被害者の手と。
ゆっくりと赤に侵食されていく、羽根の髪飾りと金糸の髪………
「……… っはぁっ!?」
目覚める。
体は汗ビッショリだ。
次に襲ってくるのは、北極海に裸で投げ出されたかのような寒気だった。
「なんだ今のは…… ?」
たかが夢。
普通の人間ならそう思えば良い。
だが、オレが見たのは…… 明かな予知夢。
目覚まし時計の針は、午前3時を指していた。
徐々に覚醒していく頭を無理矢理回転させる。
思い出せ。
どこの教室だった!?
考えながらも体を動かす。
制服を着て家を飛び出した。
走る、走る。
学園までの最短ルートを駆け抜ける。
正面の門は当然ながら閉まっていたので、近くにある木を伝って壁を乗り越える。
そして、高等部の校舎の二階にある資料室まで、屋上に伸びる細いパイプを使ってよじ登った。
この資料室の窓。
実は廊下側から見て二つ目の窓の鍵が若干歪んでおり、窓を強く持ち上げると簡単に解錠することができるのだ。
…… まさか資料室の掃除当番の時に、冗談半分でリチャードと細工した事が生きるとは。
まんまと学園内に侵入したオレは、其々の教室を見て回りながら夢の中の光景と照らし合わせていく。
そして辿り着いた先は……
「やっぱウチのクラスか」
2-A教室だった。
出入り口にはアーチ状に切り取った木材に『和風カフェ"平静"』の文字と、花紙が散りばめられている。
懐中電灯で照らしてよく観察していると、釘が一本こちら側に突き出ていた。
看板が設置してある場所は決して高い位置ではなかったが、落ちて来た衝撃で釘が刺されば、刺さった場所によっては人の命を奪うには十分な怪我になるだろう。
看板を支えている木材を少し強めに蹴ってみる。
すると、組み立てが悪かったのか、看板は釘を打ち付けるように真下に落ちて来た。
…… 危なかった。
強く蹴らなければ落ちてこなかったとは言え、星見祭中は生徒の動きが激しくなる。
誰かがぶつかってしまえば容易に悲劇は起こっただろう。
「…… さて、と」
オレは教室に置いてあった大工用具を持ち出して、トッチンカッチン建て付けを直す。
ネジや釘がだいぶ緩んでいるな。
最後の方は急ピッチで作業していたみたいだから、色んなところがお座なりだった。
全く何やってんだ。
しかし祭りというのは誰しも浮き足立つもの。
一概に外装内装を担当したヤツらを責められない。
逸早く気づけたのだから良しとしよう。
星見祭が終わった後に小言を言うかもしれんが。
まだお月様が元気に輝いている時間帯に、トンカントンカンと金槌の音が学園の廊下に響き渡った……
「……… 終わった」
午前5時半。
看板の建て付けを完璧に仕上げたオレは、学園内全ての点検を隈なくやった。
ウチのクラス以外、目立って危険なモノがなかったのが不幸中の幸いか。
シャーロットにとって初めての学園行事。
例え本人が被害者にならずとも、少しの事故で嫌な空気にさせたくなかった。
今から家に帰っても良かったのだが、どうせならもっと見回りをしておこうと思ったオレは、凪咲のケータイに「用事があるので早めに学園に行く」とメッセージを送った。
ただ、こんな早い時間に何しに行くねんと突っ込まれそうなので、6時半に自動送信されるように予約する。
あの寝坊助の事だ。
祭りだろうが何だろうが、ギリギリの時間まで寝ているはず。
学園内を見回っているうちに、星が綺麗に光っていた空はすっかり青く染まっており、遠くからはちらほら学園生が門を潜り始めていた。
「ふぁ…… っ」
一安心したからか、今になって眠気が一気に押し寄せてくるではありませんか。
因みに本日、オレの勤務はない。
料理の捜索やアドバイスなど、料理長として引っ張り凧だった事を思ってか、当日は自由にして良しとクラスの連中から言われているのだ。
「…… って言ってもやらないわけにはいかんし…… 紙芝居部で仮眠取った後に合流するか」
あんまり早い時間にウロウロしているところを見られると怪しまれるので、早々に旧校舎へと移動する。
もちろんこちらも閉まっていたので、例のごとく細工していた旧校舎の一室から侵入して紙芝居へと入った。
ドカリと椅子に座る。
差し込む朝日が眩しいが、それでも眠気は退散してくれない。
オレは近くにあった椅子を寄せて簡易的な寝床を作り横になる。
すると、忽ち瞼は重くなり、体もどこか自分のものではないようにフワフワしてきた。
…… 眠りに落ちる瞬間。
朝日に照らされた記念写真が目に入る。
みんなを優しく見守る老婆…… 朱里亜。
なぁ、婆さん……
オレ、本当はこんな使えない予知夢大っ嫌いだったんだけど……
初めて…… 役に… 立てた……… か… な……
深い、深い眠りに落ちて行く。
オレはどこへ向かっているのだろうか。
そして…… どこへ辿り着くのか。
この時のオレには、まだわからなかった。
星はいつかは消え逝く定。
それでも輝き続けるstellaの光。
一途に伸びる光有れば
熱く燃える光も有る
時には優しく包み込む光も有り
静かに忍ぶ光も有る
去れど
一度に見えるは一つの星
さぁ
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