9話 ー 紙芝居と魔法使い ー
日も暮れ始め、帰宅する人が多くなる前に、オレ達は早足で買い物をした。
商店街にあるベンチには、ポツポツと人が集まっており非常に通りにくい。
「…… 大道芸でしょうか? 演者の楽しそうな声が聞こえぅぷっ!?」
「…… くぅっ、この人は人気の語り部か? 大した人数集まってるじゃねぇか…… シャーロット、オレに掴まれ」
人と人との間になんとか腕を通して彼女の手を握ることができた。
「…… えへへ、ありがとうございます遥希さん!」
「逸れちゃマズいからな。しっかり捕まってろ」
よりギュッと手を掴まれた…… 右手も左手も。
「…… なんでお前が握ってるんですかねぇ?」
「…… 別に」
あ、そ。
目をそらす凪咲の手も改めて握り、半ば無理やり人混みを突破した。
まずは買い物を済ませて、落ち着いてから話を切り出そう。
シャーロットも気になっているようだし。
婆さん…… 朱里亜が関係あるのかは別にして、行き場のないシャーロットを放っては置けないので、取り敢えず数日分の必需品を買い揃えてから帰宅。
シャーロットは最後まで渋っていたが、服や下着なんかも買った。
ここの島に来るまで、着ていた服と財布と少量の食べ物しか持っていなかったのだ。
聞けば、路銀にする為に食べ物と交換してしまったのだとか。
食べ物を魔法で出して自分で食べても、自分自身に魔法を使えない制約のおかげで、口に入れた瞬間にその食べ物は無に還る。
むしろ魔法を使った分のカロリーが消費されるので、その時ばかりは優秀な魔法使いも頭を抱えたそうな。
余談だが、服や下着は凪咲とシャーロットだけで見てもらった。
オレの好みとしては、白いワンピースとかボーイッシュな短パンとか着て欲しかったので、凪咲にそれとなく伝えると。
「………… 死ね」
一緒に暮らした十年間の中で初めて見せる彼女の顔にドキッとしてしまった。
4月後半の風はまだ少し肌寒いと言うのに、一瞬で汗ビッショリ。
正直、凪咲相手じゃなきゃ人目を憚らずにわんわん泣いてたかもしれん。
そんな悲しい事件を経て、現在再びリビングに集まったオレ達は、入れ立ての紅茶を前にしていた。
「この家は元々婆さん…… 桜庭朱里亜のもので、昔は孤児院だったんだ」
一息入れたところで本題に入る。
「実はオレ、5歳よりも前の記憶がなくてね…気がついたらこの島の湖、満零湖の畔で婆さんに拾われていたんだ」
「…… で、ではお二人とも…… ?」
「私は違うわ。朱里亜さんと私の両親は古くからの知り合いで、魔法使いとしてもお世話になってたらしいの。両親の仕事柄海外を飛び回ることが多かったから小学校に上がる時、私だけここに預けられたの。両親は今も健在よ」
そう、オレは孤児だった。
何故この島にいて、何故満零湖にいたのかは未だにわからない。
年齢も、当時の姿から推測して決めただけに過ぎないので、実際の年齢もわからない。
孤児院に勤めていた婆さんだが、オレを拾う数年前に全ての孤児が親元に引き取られてからずっと一人だったそうだ。
そろそろ孤児院を畳むかと思っていたところにオレが現れる。
結局、孤児院はやめて二人暮らしを始めたのだが、一年後に凪咲が引き取られ、以来オレ達は寝食を共にすることになっていく。
しかし五年前、随分歳をとっていたこともあり、朱里亜は他界。
結果、子供だけ残された形となったが、朱里亜が残した通帳には莫大な資金があり、贅沢三昧とまではいかずとも、高校大学を卒業できるまでの貯金があった。
朱里亜を知る島の人達も優しく、何かと気にかけてくれていたので、不自由なくこれまで過ごしてこれたってワケさ。
「…… そうだったんですね。話しづらい事を聞いてしまいすみません……」
「いいのいいの! 朱里亜さんが亡くなった時は…そりゃ悲しかったけど、今ではこの通りよ」
力こぶを作って見せる凪咲を見て、シャーロットは少し安堵した様子を見せた。
シャーロットが親を亡くしたと言った時に敢えて何も言わなかったのは、謝られると気を遣わせたと思ってしまうことを痛いくらいに知っていたから。
「オレ達は婆さんに魔法を教わりながら過ごした。本人自ら魔法を使うことは滅多になかったけど、知識や経験はどれも度肝を抜くくらい凄いものだったなぁ…… 」
「私の両親も、世界最高の魔法使いを挙げるなら、桜庭朱里亜を置いて他にないって言ってたわ」
最も、婆さんは名声になんて全く興味がなく、あくまでも一般人としてひっそりと暮らしていたらしいので、魔法使いとしての実力はおろか名前を知る者は限りなく少ないと言う。
ぬるくなった砂糖たっぷりの甘々紅茶を一気に飲み干し席を立つ。
「オレ達が知っている"魔法使いとしての桜庭朱里亜"はこのくらいだ。後は…… ついてきてくれ」
言われるがままに席を離れ、オレの後ろにピッタリとついてくるシャーロット。
可愛い。
妹がいればこんな感じなのかなと思う。
「…… 顔」
「…… (キリッ)」
緩んだ顔を指摘されたのですぐに戻す。
案内したのはオレや凪咲の部屋よりももっと奥にある一つの部屋…婆さんが使っていた部屋だ。
久し振りにその扉を開けると…… 。
「…… 凄い」
あんぐりと口を開けたシャーロットがポツリと漏らした。
目の前に広がるのは、本、本、本。
壁一面にある本棚の中には様々な本が収納されていた。
ジャンルや言語はバラバラ。
難しそうな分厚い本があると思えば、隣にあるのは素人御用達の簡単料理本だったりと、統一性のカケラもない。
まるで、整理されてない中古本ショップのようだ。
「婆さんが死んだ後も、この部屋は当時のままにしてある。オレ達が知る手掛かりはもう無いけど、ここにある本のどれかに婆さんの事が書いてある本があるかも知れん」
「…… てか、探し人が朱里亜さんの可能性は限りなく薄い気がするわ。他にも手掛かりがあるかもしれないし、無理しない程度に島の捜索も続けましょ?」
凪咲はそっとシャーロットの肩に手を置いた。
しかし、シャーロットはまだ聳え立つ本の数々に圧倒されている。
「本を元の位置に戻してくれさえすれば、この部屋に自由に入ってもいい。知らない場所を歩き続けて疲れたろ?だから今日は風呂入って飯食って休もうぜ?」
「…… はい!ありがとうございます!」
彼女はとびっきりの笑顔で答えた。
「…… ?遥希さん、この本は?」
リビングに戻ったシャーロットは、テレビの横に置かれていた小さな本棚から一冊の絵本を取り出した。
「それは…… 慧神島に昔からある物語を絵本にしたものさ」
その本は『魔法使いと笑顔の魔法』
………………………………
永遠の命を持つが独りぼっちだったとある魔法使いは、ある日出会いを求めて旅に出た。
最初に立ち寄った街で女の子と友達になり、いつしか街の人気者になるが、魔法の便利さに頼り切ってしまった街の人々は、次々と魔法使いにお使いを頼む。
ある日、遠い遠い場所までお使いに行っていた魔法使いがようやく街に戻ってくると、時間が経ち過ぎたのか、今まで魔法使いに頼りきりだった街はボロボロになっていて、人々はそれを魔法使いのせいにし、魔法使いを街から追い出した。
その時、友達になった女の子だけが味方をしてくれて、『これから先にいい出会いがきっと待っている』と伝え、魔法使いをひっそりと街の外へ逃がしてあげた。
しかし、すっかり人間不信になってしまった魔法使いは、もう人の輪の中に入ろうとはせず、遠くから人々を観察しながら旅を続けていく。
途方も無い時間が過ぎたある日、魔法使いは自分以外の魔法使いが住むと言う島の噂を耳にし、最後の希望を持ってその島に上陸する。
そこで最初に出会ったのは、黒いフードを深く被った一人の男。
彼にこの島に住む魔法使いの事を聞こうとすると、「ゲームに勝てたら教えてあげる」と言われ、魔法使いは勝負を受けた。
ゲームの内容は "子供達をより笑顔にできた方が勝ち" 。
魔法使いは集まった子供達に、魔法で出した宝石や煌びやかな服を渡すが、価値がわからない子供達は困り顔。
一方、男はこの島では有名な"紙芝居屋さん"だった。
毎日のように紙芝居を聞かせていた為、子供達の笑顔の壺は熟知しており、結果…… 魔法使いは惨敗。
「彼の物語は、まるで魔法のように人を笑顔にさせる」
これが、噂に聞いた魔法使いの正体だったのだ。
魔法を一切使わずに子供達をあっという間に笑顔にさせたフードの男に感動し、その術を学ぶ為、魔法使いは島で生活を始めた。
島の人々と積極的にコミュニュケーションを取ってきた魔法使いは、いつしかフードの男を追い越し、島一番の人気者になっていた。
しかし、永遠を生きる魔法使いとは違い、島の人々はどんどん歳を取っていき、いずれ亡くなっていく。
それは、フードの男も例外ではない。
男は死の間際、魔法使いにゲームを仕掛けた。
自分の子供達や島の人々の事をいつまでも見守っていてくれ。
次にキミに会う時、いい物語が聞ければキミの勝ちだ。
そう言い残し、フードの男は息を引き取った。
その後、魔法使いは島にある湖に魔法を掛けた。
悲しくても、苦しくても、また笑顔になれるようにほんの少しだけ背中を押してあげる魔法を。
笑顔だった人には更なる幸福の後押しを。
湖を通して、島全体に伝わるように。
それを最後に、魔法使いは魔法を使う事をやめ、紙芝居を手に取った。
魔法使いはいつまでも、その島で紙芝居を語っていましたとさ。
……………………………
あらすじはざっとこんな感じか。
今シャーロットが手に取っている本は、原作と比べれば大分物語が省略されているので、比較的読みやすくなっている本…… にしたつもりだ。
「街を歩いている時、たまーに暑苦しいフード被った奴らが何人かいただろ?」
「そ、そう言えば…… アミューズメントエリアのベンチなどで、人集りをいくつか見ました!」
案内している途中、道の端やベンチに集まり、フードを被った人が周りの人達にゲリラで紙芝居を聞かせている現場をいくつか目撃していた。
シャーロットと逸れそうになった時に、手を繋いだ場所の人集りもそうだ。
この物語に影響を受けてか、この島では所々でゲリラ紙芝居が開かれている。
紙芝居の内容も語り部も千差万別、十人十色。
男性もいれば女性もいる。
毎日語る奴もいれば、週一、月一、気まぐれにやる奴もいる。
喋り下手な奴もいれば流暢に喋る奴もいる。
日本昔話を語ったり、西洋の話を紙芝居にしたり。
和風な絵を描く奴もいれば、洋風な絵柄にする奴もいる。
もっと言うと、始めたばかりの素人も、役者上がりの玄人だっている。
しかし、これは仕事ではなくあくまでボランティア。
紙芝居をする為の制約は一切なく、どこで語ろうと問題ないし許可を取る必要もない…… 流石に私有地だと許可が必要になるが。
でも…… 彼ら彼女らの姿は、決まって黒いフードで顔を覆い隠すスタイル。
魔法使いの物語に出てくるフードの男をリスペクトしているのだろう。
もちろん必ずこの姿にする必要はないのだが、半ば暗黙のルールと化していたのだ。
「なるほど…… 何かの集まりかと思っていましたが、紙芝居をされていたのですね」
手元の絵本をぽぉっと見ながら納得していた。
「それ、貸してやるから寝る前にでも見てみろ」
「いいんですか?」
「私達は記憶するくらい読み倒した本だしね!貸すってゆーか、あげるわよその本」
頂いてばかりですみませんと困ったように笑い、シャーロットは本を抱きしめた。
夕食も食べ終え、風呂にも入った後。
「……………… っ」
シャーロットはずーっとあの絵本に夢中だった。
「…… よかったわね、気に入って貰えて」
「…… うるせぇ、黙って寝てろよ天才ポンコツ魔法使い」
どつき合いながら、夜は更けていく。
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今回出てくる『魔法使いと笑顔の魔法』の原作となっています。
基本的に読まなくても、本作を観るに当たって影響はありませんが、本作に関する重要なファクターが詰まっていますので、お時間があればどうぞご覧ください。




