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その村人は、王都の「普通」がわからない  作者: 延野正行


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第21話 古代語が読めないなんて“普通”じゃない!

「リナリルが出社していない!?」


 ギルドの受付カウンターで素っ頓狂な声を上げたのは、マリルーだった。

 後ろのエトヴィン、ロザリムも驚いている。

 ぼくもその場に立ちつくした。


 シフトを見ると出社日であることは間違いないらしい。

 だが、休暇を取るような連絡もなく、家に行って職員が確認したが、反応はなかったらしい。居留守を使っている様子もないとのことだった。


「珍しいわね。ぶつくさいいながら仕事してるけど、無断欠勤なんてするような人じゃないのに……」


 そうだ。

 リナリルさんはとても真面目な人だ。

 ぼくみたいな村人でも真摯に接してくれた。

 そもそも初めてギルドに来た時、残ってくれていたのは彼女だけだった。

 仕事熱心な彼女が、何も言わず休むのはおかしい。


 何かトラブルに巻き込まれたのだろうか。


 ぼくの心臓はドクリと高鳴った。


「はうぅ……。もう1度リナリルさんの家に行ってみましょう。ね、エイス」


 提案したのは、ロザリムだった。

 心配そうな顔をして、ぼくを覗き込む。

 綺麗な水色の瞳には、真っ青な顔をしたぼくが映っていた。

 どうやら気を利かせてくれたらしい。


「良い考えね。行きましょう。すれ違いになってる可能性もあるし。……一応、私たちお世話になっている身だしね」


「一応も何も……。随分お世話になってるぞ、俺たち。ともかく行ってみるか、家に」


 ぼくはリナリルさんの家に行くことにした。


 ギルドを出る時、ロザリムを呼び止める。


「ロザリム!」


「はうぅ……」


「ありがとう」


 感謝すると、また「はうぅ……!」といって、彼女は耳まで赤くしていた。



 ◆◇◆◇◆



 リナリルさんの家は、王都にあるダウンタウン近くの集合住宅の中にあった。

 立地が立地だけに、かなり格安で借りれるらしい。

 しかもリナリルさんの部屋は角部屋だ。


「相変わらずゴミゴミしてるわね、ここらへん」


 実は、マリルーたちも近くに住んでいたことがあるらしい。

 リナリルさんの家には何度か来たことがあるそうだ。


 ノックをしたが返事はない。

 鍵はかかっていた。


「やっぱり出かけているのかしら」


「いえ。ちょっと待って下さい」


 ぼくは【地図走査(サイトビジョン)】を展開する。

 リナリルさんがどこにいるか検索をかけた。

 すると、赤い点が点滅する。

 ドアの向こうだ。


「どうやら家にいるようですね。――って、どうしたの、みんな?」


「その魔法ってそんなことも出来るんだ」


「エイス……。お前、リナリルをストーカーとかしてないよな」


「はうぅ……」


「してませんよ、そんなこと! これぐらい“普通”です!!」


「「「“普通”じゃない!!」」」


 一斉に突っ込まれてしまった。


 どうやら魔法で人を探すのは、王都では“普通”じゃないらしい。

 覚えておこう。メモメモ……。


「とりあえずどうするの? さすがに鍵まで持ってないわよ、私」


「大家にいって、貸してもらうか?」


「はうぅ……。じゃあ、借りてきますぅ」


 カチャ……。


 鍵が開いた。

 なんて事はない。

 単なる物理的な施錠だ。

 トラップもない。

 これぐらいなら、魔法で造作もなく開けることができる。


 あれれ? なんでみんな、そんな顔をしてるんだろ。


「エイス、今何をしたの?」


「魔法で鍵を開けただけですけど」


「はうぅ……。鍵開けの魔法って難しいのに」


「お前、ホントにリナリルのストーカーじゃないよな」


 え? えええええ!!


 なんでみんな、そんな疑惑の目でぼくを睨んでいるの?



 ◆◇◆◇◆



 中に入る。

 部屋には堆く本が積まれていた。

 本棚もあるけど、すでにギッシリと埋まり、床にもメモ書きが挟んだ本が散乱している。足の踏み場もなかった。


「女の子の部屋とは思えないわね、全く……」


 はあ、とマリルーは手を腰に置いて息を吐く。


 でも、ぼくは嫌じゃなかった。

 だって、リナリルさんの香りがする。

 彼女の髪や肌についていた古い本の匂いが立ちこめていた。


「リナリルはどこだ?」


「は、はうぅ……。あれ……」


 ロザリムが「あわわわわ」と唇を振るわせながら、指を差した。


 本の山が出来ていた。

 どうやら大きな本の塔が崩れたらしい。

 その山裾の部分。

 真っ白な裸足がはみ出しているの見えた。


「ぎゃあああああああ!!」


 マリルーは大声を上げる。


 ぼくたちは慌てて本を掻き出した。

 現れたのは、リナリルさんだ。

 マリルーが意識を確認する。


「どうやら寝ているみたいね」


 ホッと息を吐く。

 ぼくも同じく胸を撫で下ろした。

 良かった。

 足を見た時は、心臓が止まるかと思ったよ。


「大方が崩れてきた本の下敷きになって、そのまま意識を失ったというところか」


「人騒がせな受付嬢よね」


「マリルー、お前がいう言葉じゃないぞ」


「なんですってぇ!」


 マリルーとエトヴィンは、他人の家でもお構いなく喧嘩を始める。


 いつものことだ。

 ぼくはロザリムと一緒に、リナリルさんを介抱した。


 ぶかぶかのローブを着ていてもわかるぐらい、大きな胸が上下に揺れている。

 時折、無垢な唇をムズムズと動かした。

 まるで子供のように安らかな寝顔だ。


 このまま起こすのも忍びない。

 ギルドの人には申し訳ないけど、このまま寝かせておく方がいいだろう。


「はうぅ……。リナリルさんって、ギルドの職員以外にもいろんなお仕事をしてるんですぅ。もしかしたら、疲れが溜まっていたのかもしれません」


「え? リナリルさんって、受付嬢以外にもお仕事をしてるの?」


「はうぅ……。ギルドでは非常勤職員で、他にも魔法学校や大学で古代語を教えているって聞いたことがあります。元々古代語を調査するために、王都に来たんだって聞きました」


 そうか。

 この本の山はそのための資料か。

 きっと仕事が終わった後も、家で勉強していたんだろうな。

 だから、ギルドではあんなに眠そうなんだ。


「リナリルが起きる前に、部屋を片づけてあげましょう」


「そうだな。また本が崩れて、無断欠勤されては困るし」


 マリルーの提案で、ぼくたちはリナリルさんの部屋を掃除することにした。



 ◆◇◆◇◆



 リナリルさんが目を覚ました時には、陽が沈みかけていた。

 窓の外の空は赤く滲んでいる。

 遠くには、1番星が見えた。


「起きましたか、リナリルさん」


「な!! なんでこんなところにエイスくんがいるんだ」


 リナリルさんは寝ていたベッドからガバッと起き上がった。

 掴んだシーツを見て、また驚く。

 真っ白なシーツだった。

 つい匂い嗅ぐ。

 「洗い立てだ」と呟いた。


 ふと周りを見渡し、リナリルさんは3度驚く。


「な、なんじゃこりゃああああああ!!」


 部屋がピカピカになっていた。

 本は本棚ではなく木の箱に収納されている。

 書籍の下敷きになっていた床も、綺麗にワックスがかけられていた。


「い、一体何が起こったのだ? ここは私の部屋か?」


「落ち着いてください、リナリルさん」


 ぼくは経緯を説明する。


 すべて聞き終えると、ギルドの受付嬢は照れくさそうに金髪を掻いた。


「そ、それはすまない。……明日、上司にも謝っておかないとな。それよりも、他の連中はどうしたんだ?」


「今、食材を買いに。ここでお鍋をしようってことになって」


「私の家でか。……むむぅ。正直にいうと、遠慮したいが助けてもらった手前、強くはいえないな。わかった。鍋の代金は私が……」


「いいですよ。マリルーも断ると思います。リナリルさん、お金が必要なんでしょ。お仕事を掛け持ちしてるって聞きました」


「そんなことまで聞いたのか。……うん、まあ、そのなんだ。お金を貯めて、ある遺跡の発掘調査がしたくてな」


「遺跡?」


「バナシェラ王国の東にまだ誰も調べていない先史時代の遺跡があるのだ。そこの調査したいのだが、遺跡が広大でな。少なく見積もっても、全体を調べるには2年はかかる。その調査費用をどうしても捻出したいのだ」


 リナリルさんの紫色の瞳が輝く。

 見たこともないほど、強い意志が宿っていた。


「それがリナリルさんの夢なんですね」


「夢というよりは目標だな。そのためにわたしはすべて捨てて来たんだ」


「すべて――?」


 その言葉に、ぼくは少し引っかかる。


 リナリルさんはようやくベッドを降りた。

 トタトタと綺麗に磨かれた床を歩く。

 木箱の中から本を取りだした。


「それよりも本を片づけてくれたのはありがたいのだが、分類が滅茶苦茶になってしまったかもな。あれでも、本の種類ごとに分けていたのだが」


「いえ。分類ごとに分けておきましたよ」


「まさか……。いくら君でも、古代魔法言語に精通してるわけ…………んん?」



 なんじゃこりゃああああああああ!!



 リナリルさんは雄叫びを上げた。


 本の中に挟まったメモ用紙を取り上げる。

 よく見ると、すべての本に何かメモ用紙が挟まっていた。

 そのメモを見るや否や、リナリルさんの身体がわなわなと震える。


 あれれ? まだ体調が悪いのかな。


「こ、この……明らかにわたしの筆致ではないメモは誰が?」


「ああ……。ぼくですよ。ちょっと退屈しのぎに、翻訳してみたんですけど。あ、もうすぐこっちの本の訳も終わりますから」


 ぼくは本を見せた。

 先史時代に書かれた高等魔術言語をまとめたものだ。


 リナリルさんはふらりと1歩下がった。

 やっぱり体調が悪いのだろうか。


「ちょっと待て、エイスくん! その本に何が書かれているのか、わかっているのか?」


「はい。先史時代の技術書ですよね。今はすべて破壊されてなくなりましたけど、魔導機械を動かすための指令言語をまとめたものだと思いますけど」


「なんでそんなことがわかるのだ!?」


「え? リナリルさん、読めないんですか?」


 ぼくでも赤ん坊の時には理解していたんだけどな。


 もしかして、またしても“普通”じゃないのだろうか。


「ま、まあ……。表紙ぐらいなら。『バカボンの書』というのだろう」


「いえ。『バラモンの書』ですよ」


「――――ッ!!」


 まさに青天の霹靂……。

 一瞬、リナリルさんの背中に雷が落ちたように見えた。

 ふらりと今度は、ぼくに近付いてくる。


 がっしりとぼくの手を掴んだ。


 目をキラキラさせながら、リナリルさんはいった。


「エイスくん、頼む!! ここにある本を訳してくれ。あと、わたしに古代語を教えてくれ! 頼む、先生!」


 リナリルさんは頭を下げた。


 せ、先生? ぼくが? リナリルさんの?


 一体どうなっているの?

 ぼくは子供でも理解できる言語を翻訳しただけなのに。


 またしても、こんなの“普通”じゃないよ!!


先生とのいけない関係……とかにはならないと思いますw

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