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その村人は、王都の「普通」がわからない  作者: 延野正行


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第20話 そんな迷信は“普通”じゃない

台風大丈夫でしたか?

 屋敷のお風呂場は、結構広かった。

 パーティーメンバー全員で入れるぐらい広く、赤煉瓦を固めた浴槽はなかなか頑丈に出来ている。

 すでに湯は張られ、モクモクと白い湯気を吐いていた。


 お風呂というものがあることは、ぼくは知っている。

 村の近くに温泉があって、時々村のおじいちゃんたちと一緒に入っていた。

 ただ家で入るお風呂は初めてだ。


 ちゃぷ……。


 早速、湯に浸かる。

 ああ……。気持ちいい。

 身体の芯まであったまる感じがする。

 自分では見えなかった疲れが吹き飛んでいくようだ。


『お湯はどう、エイス?』


 浴室の入口から声が聞こえる。

 湯煙でよく見えないが、影のシルエットからしてマリルーだろう。


「すっごく気持ちいいよ」


 ぼくは一気に肩まで浸かる。

 顔どころか、全身が緩んでいくのがわかった。


『あっそ。それは良かったわ。……ちゃんと身体を洗うのよ』


「子供じゃないんだから。わかってるよ」


『ホントかしら……。心配ね。よし。私が手伝ってあげる』


 ええ? ちょっと何をいってるの、マリルー。


 それってマリルーが入るっていうの!!?


「い、いいですよ! 大丈夫だから!」


『女の子と1つ屋根の下で暮らそうっていうのよ。清潔にしておいてもらわないと。ね!? ロザリム』


『は、はうぅ……』


 マリルーどころかロザリムまでいるの!?


 ちょ、ちょっと待って。

 ぼく、もう出る!

 えっと……。【地図走査(サイトビジョン)】を展開して、転送を……。


 ぎゃああああ!! 湯煙で地図が見えない!!


 どこだ!? ぼくたちの屋敷はどこぉ?


 その時、バンと浴室のドアが開いた。

 濃い湯煙の奥から見えるシルエットは間違いなくマリルー、そしてロザリムだ。


「ああ!! エイス、魔法で逃げようとしている!?」


 あわあわ……。

 本当に入ってきた。

 マリルーってこんなに大胆な女の子だったの!?

 ヤバい! 早く逃げないと……。


「逃がさないわよ! 確保ぉぉぉおおおお!!」


 マリルーは捕り物の衛士みたいな声を挙げて、突っ込んできた。

 見事、ぼくに横タックルを成功させる。

 そのまま馬乗りになった。


「ロザリムは足を押さえて」


「は、はうぅ……!!」


 ロザリムはいわれるまま、ぼくの下半身を押さえた。

 ちょうどぼくの下腹部を境に背中合わせになる。


 視界にマリルーの上半身が、目一杯映り込んだ。


 あわわわわ……。


 ま、マリルー! 前隠して、前!!


「何を叫んでるのよ、エイス」


「へ?」


 ぼくは咄嗟に塞いだ目を開けた。

 マリルーは服を着ていた。

 薄い布の服。下半身には短い皮のパンツを履いている。


「むふふふ……。エイスくーん、何を想像してたのかなあ~」


 くすくすと声をあげ、マリルーはにんまりといやらしい笑みを浮かべた。


 どうやら一杯食わされたらしい。

 でもさ。マリルーはいいとして、ぼく今素っ裸なんだけど。

 それはいいのかな?


「もしかして、私が裸で入ってくると思ってた。ぷっ――くすくすくすくす。女の柔肌を簡単に男の前にさらすものですか。ね? ロザリム」


 マリルーは振り返る。


 その顔がさぁと青くなっていくのを、ぼくは見ていた。


「ろ、ロザリムどうしたんですか?」


「見ちゃダメぇ!!」


 マリルーは慌ててぼくの顔を塞いだ。

 思いっきり眼球を圧迫される。

 目つぶしされたみたいで痛かった。


「ロザリム! なんであんた、そんな格好なの?」


「は、はうぅ……。マリルーが、お、お風呂に入るっていったから」


 マリルーの慌てよう……。

 まさかロザリムって。


「まさか裸……」


「想像するな!!」


 無茶ですよ!

 これでも一端(いっぱし)の男の子なんですから!!


「とにかくロザリムは浴室を出なさい。いい? そっとよ」


 ダンジョンで魔獣と遭遇した時のような緊張感で、マリルーは指示を出す。


 言われた通り、ロザリムがぼくの上から離れようとした時、事態はさらに悪化した。


『おーい。エイス。マリルーたち知らないか?』


 エトヴィンの声だ。


 ぼくたち3人がいないことに気付いたのだろう。

 お風呂場まで探しに来たらしい。


 すると、マリルーはぼくにハンドサインを送る。


 ウマク ゴマカセ。


 うんうん、と頷く。


「さ、さあ……。どこにいるのかな? もしかしたら、外の納屋にいったのかも」


『そうか。ところでお風呂はどうだ?』


「き、気持ちいいよ」


『そうか。俺も入ろうかな? 掃除だけで汗を掻いてよ』


 マリルーは首がもげるんじゃないかってぐらい頭を振った。


 ハイジョシロ!


 首を掻き切るサインをぼくに送る。

 いや、そこまでやったらまずいでしょ!!


「ちょ、ちょっと待って!」


『なんだ、お前? 照れてるのか? 男同士だろ? それともお前、もしかしてあそこの毛が生えてないとか』


 いきなり下品な笑い声が聞こえてきた。

 ピンと立ったロザリムの耳が赤くなる。

 マリルーが「さいてー」と目を細めた。


 エトヴィンは入る気満々らしい。

 入口の扉の磨りガラスには、小熊族が脱ぐシルエットが映った。


「やっばい!!」


 前門のエトヴィン! 後門のぼく……。

 完全にマリルーたちは、逃げ場を失った。

 こんな姿を仲間に見られたら、絶対勘違いされる。

 なんとかしなくちゃ!


「こうなったら、最後の手段よ。エイス! 転送魔法を使って!!」


「わ、わかりました。で、でも……近距離の転送は難しいんですよ」


『ん? 誰か他にいるのか?』


「はうぅ……。エトヴィンが来ますぅ!」


「いいからやるのよ、エイス!!」


「わ、わかりました!!」


 湯煙で見えない地図に指を押し込んだ。


 たちまちぼくたちは転送される。

 一瞬にして視界が変わった。


 どぷん!!


 大きな水しぶきが上がる。

 風呂場からぼくたちはまた水のある場所に突っ込んだらしい。


 う……。でも、なんか臭うぞ、この水。


 ぺっぺっと、ぼくは口の中に入った水を吐き出す。

 やがて妙に静かなことに気付いた。

 ぼくの上に馬乗りになったマリルーは固まっている。

 ロザリムも「はうぅ……」と力無く口癖を呟いた。


 ん?


 ぼくは顔を上げた。

 あれ? あれれ?


 そこにはたくさんの人がいた。

 ベンチで昼食を食べる家族。

 お喋りをするカップル。

 ナンパ途中の冒険者。

 道化師が芸をやめて、ぼくたちの方をキョトンと見つめていた。


 円状に綺麗に広がった石畳。

 噴水が水を吐き、遠く向こうには煌びやかな王宮がそびえている。

 青い空には、お日様が輝いていた。


 見覚えがある。

 そこは王都のど真ん中だ。

 ぼくが剣を拾った中央広場だった。


「きゃああああああああああああああ!!」


 ロザリムが聞いたことのないような大声を張り上げた。


 一糸纏わぬ真っ白な裸身。

 ふんわりとした金髪は、程良く濡れそぼっている。

 水滴が垂れ、大きく張り出した胸の谷間へとダイブしていった。


 一番早く反応したのは、ぼくでもマリルーでもない。

 側で見ていた家族連れだった。

 お母さんらしき人が、咄嗟に息子とお父さんの目を隠す。


 次に反応したのは、マリルーだった。


「エイス!! 再転送!!」


「は、はい!!」


 ぼくはすかさず【地図走査(サイトビジョン)】を開いた。

 今度こそ屋敷を表示し、指で押す。


 再び転送した。


 背景がガラリと変わる。

 どすんと音を立てて、ぼくたちは落ちてきた。

 床や壁、天井を見て、ほっと胸を撫で下ろす。

 どうやら成功したらしい。


 しかし、なんかこの床……。妙に硬いなあ。


 ぼくは床の感触を確かめる。

 一部は硬いのに、別の箇所はモフモフしていて気持ちがいい。


 振り返った。


「え、エトヴィン!!」


 素っ頓狂な声を挙げる。


 ぼくたちはエトヴィンの上に着地していた。

 よく見ると、ここは浴室だ。

 ぼくの上着や、ロザリムの服が丁寧に畳まれ置かれている。


 で――そのエトヴィンは完全に伸びていた。


 まいっか。

 今、起きたらまたややこしいしね。


 すると、今度はすんすんと咽び泣く声が聞こえた。

 ロザリムだ。

 いまだ服を着ることなく、浴室の角で蹲っている。


「はうぅ……。お嫁にいけないですぅ」


 さすがのマリルーも言葉もない様子だった。


 ぼくはロザリムに近付く。


「ロザリム……。ごめん、ぼくが未熟だったせいで」


「はうぅ……。え、エイスのせいじゃ……」


「でもね。ロザリム……。綺麗だったよ。大丈夫。きっとお嫁さんになれるよ。それにとっても優しいし。いいお母さんになれるさ」


「はうぅ……。ほ、ホントですか?」


「うん!」


 絶対……。絶対なれる。

 きっと良い奥さんになれるはずだ。


 ロザリムは顔だけぼくの方に向ける。

 ピンと張った耳まで真っ赤になっていた。

 けれど、泣きやんでくれたらしい。

 少しだけ笑顔を見せた。


 そうそう。ロザリムは笑ったところがとてもキュートなんだ。


「あんたたちさ。のろけるのは勝手だけど……」


 マリルーはフッと笑う。


「早くなんか着た方がいいわよ」


 ――――ッ!!


「ふぎゃああああああ!!」

「はうぅぅぅぅっっっ!!」


 ぼくとロザリムは同時に絶叫する。

 こうしてぼくたちの共同生活第一日目が終了するのであった。


 ちなみにその日から王都では、妙な噂が立つ。

 中央広場で綺麗な女神が降臨したと。

 以来、何故か噴水に金貨を投げ入れると、女神が現れるという変な迷信が後世にまで伝わったという。


今、4本連載やっってて、久しぶりにお風呂回を書いたようが気がする……。


もっと書いた方がいいのだろうか……。

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