暗闇に兄弟2人
香と誠、2人とも兄弟のように身を寄せあって眠りに落ちた頃、病室を除く人影があった。月の光に包まれている病室とは対象的に夜の闇に塗りつぶされた廊下に、少し空いたドアの隙間から漏れ出る冷たい月光に照らされた白い肌が目立つ。普段の表情から想像出来ない、何処か哀愁を湛えた瞳はじっと2人を捉えていた。
「寝ちゃったか」
囁くように吐息混じりの低く甘い声で呟くと、なぁ、という風に振り返ってみせる。だが、依然として物音1つしない廊下はなんの言葉も返さない。それの何がおかしかったのか、人影、嵐山 蓮は目を細めてニッと口の端を持ち上げた。
「聴こえてないの?」
ゆっくりと唇を動かす蓮の顔は、横顔をドアの隙間から漏れる月明かりに照らされてくっきりと陰影が浮かんでいる。半分白で、半分は黒。鮮やかなまでに光と影に分かれた1つの顔の表情は何故か違って見える。いつもの自信に溢れた笑みと……人を嘲笑するような笑み。影の瞳は鋭く、強く、射抜くように暗闇を見つめていた。
「なぁ……翔」
少し間があったが、戸惑うこと無く、確信したように自らの血をわけた弟の名を呼ぶ。カチリと音がして、眩しい光が蓮の顔を照らした。手のひらを光源にかざして目が慣れるのを待ち、左手で少し開いたドアを閉めた。
「貴方のそういう直感力だけは褒めてあげますよ……」
「やっぱり翔かよ、ちょっとはお兄ちゃんにも知らせてくれよなー」
「自分の事をお兄ちゃんと呼ぶのはやめてください。みっともない」
そう言ってため息をつく翔の元に近寄り、手にした懐中電灯を奪い取る。ビクリと反応し、文句を言おうとする翔の口を蓮は人差し指で塞ぎ、翔の耳元で呟いた。
「いーじゃん、今は2人っきりだぜ? なぁ翔」
「やめてください、俺はもうあんな事するつもりは……っ」
「んな事言って、逆らえないくせに」
懐中電灯の電源を落とし、空いた手で翔を抱きしめる。あぁ、いつの間にこんなに筋肉がついちゃって。それでも自分より細い身体を腕の中に感じて、思わず笑みがこぼれる。翔は最初に少し身じろぎしたきり、棒のように硬直してなされるがままだ。
「俺の事寝かせに来たの?」
「あっ……当たり前ですよ! 貴方が全然寝ようとしないから……」
「シー、静かに。アイツら寝てんだよ」
「んんっ……!?」
強引に口を塞がれて翔はさらに硬直した。ただ、その頬が少し赤らんだのは暗闇で誰にも見えなかったが。顔が離れた瞬間、翔は慌てて手の甲で口を抑え、もう一方の手で蓮を突き放す。グッと蓮を睨めつける瞳に困った様に笑ってみせると、懲りずにまた1歩近づいて言った。
「なーに、イタリアでは挨拶だったろ、こんなの」
「挨拶にしてはやりすぎなんですよ! 挨拶は頬と頬を合わせるものなんですけど」
「だから静かにって。また塞がれたい?」
目を覗き込まれて、翔は少したじろぐ。この人と一緒にいたらいつも調子が狂ってしまう。翔はそんな蓮が苦手だった。こんな背徳的な行為も、それに溺れそうな自分自身も苦手だった。
「なぁ、俺に寝てほしい?」
「……当たり前です、そのために俺は来たんですけれど」
「そっかー。じゃあ俺の頼み事聞いてよ」
「さっきみたいなのは嫌ですよ?」
翔が淡々とそう言ってのけると、手首を掴まれて、下からじっと見つめられる。また耳元に顔を近づけられて、蓮にそっと何かを囁かれる。その言葉を聞いた翔は一瞬顔をしかめたが、ふっと静かに笑った。