収穫祭1
収穫祭。
それは死した魂が冥界から帰ってくると言われている日に行われる。この日は現世へ帰ってくる魂が迷わないよう火を焚いて導き、その年に収穫した作物でご馳走を作り、亡くなった家族や友人の霊と一緒に食べる。
ネネは収穫祭前日、ノアと厨房に残ってせっせと露店の準備に勤しんでいた。
「クッキー生地から作りますか」
まずはボウルに卵白と砂糖を入れしっかり泡立てる。そこへ薄力粉、溶かしたバターを加えさらにかきまぜ、しっかり混ざったら、生地を手のひら大に薄くのばして油を塗った天板にのせる。あとは少量残った生地にココアパウダーを混ぜることで茶色い生地を作る。それを袋に入れて絞り出すようにしながら、天板に並んでいる生地にジャック・オー・ランタンの顔を描いた。
隣で作業していたノアがネネの手元をのぞき込む。
「うわっ、こわ」
「え? 怖い? どのへんが?」
弟のヘンゼルなら絶対可愛いと言って喜んでくれるところなのに、ノアはちょっと感性が変わってるんだな。と思いながら、ネネはジャックたちを熱々のオーブンへ入れた。
「ところでノア。そっちは順調?」
ノアは羽ペンを持ち、紙切れと格闘していた。その顔はいつになくウキウキしている。
「おう任せとけ。おれ、こういうの得意みたいだ」
ノアは珍しく図書館で借りてきた本を読みながら、意気揚々と紙切れに文字を書きこんでいた。
そして、いよいよ収穫祭の日がやってきた。
帝国立魔法学校の中央通りには、学生や職員たちが出した露店がずらりと並んでいた。ネネとノアもその一角で店を開く。ちなみにミランダは家族と収穫祭を祝いたいということでお休みだった。
さて、ネネたちが売り出すのは、クッキーの中に占いの紙が入ったフォーチュン・クッキーである。
昨日、ノアが本を読みながら一所懸命書いていたのは、フォーチュン・クッキーに入れる占いの紙であった。
「みんな買ってくれるかな」
ネネもお菓子の販売ははじめてなのでドキドキしていたが、そんな心配をよそに店は開店するやいなや瞬く間に多くの客が訪れる繁盛店となった。
というのも、まずクッキーに描かれているジャックの顔が、子どもが泣きだすほどにキモコワ珍妙極まりないと話題になり、さらにフォーチュン・クッキーを買っていった客たちがクッキーの中に入っている占いもこれまた一風変わっていて面白い、と評判を広めてくれたのである。
「きゃー! 何この顔すごく怖い」
「ええ、でもどうしてかしら、クセになる可愛いさだわ」
若干、客の反応が想定していたのと違う気もしたネネであるが、なんにしても人気が出たことは嬉しいことだ。
「それ、一つ頂けるかしら」
大勢の学生に混じって、以前食堂へご飯を食べに来てくれた図書館員の女性がやってきた。今日もその長い黒髪をなびかせ曇りなき眼鏡をクイっとあげる。
「あ、どうも」
ネネがぺこりと頭を下げると、図書館員は金と交換にフォーチュンクッキーを受けとりながら言った。
「実は前から聞きたかったのだけど、あなたはどうやってあの食堂に就職し——」
と彼女の言葉は途中でかき消された。次から次へと押し寄せてくる学生たちの波に押し流されていったのだ。遠くで彼女の手らしきものが挙がっている気がしたが、この人だかりをかいくぐって追いかけることもできない。
(また今度、何の話だったか聞いてみよ)
図書館員の女性のことを頭の隅に追いやり、ネネは次々やってくる客の対応に戻った。
「おいおい、これもうすぐ完売しちまうぞ」
その後、予想を上回る勢いで売れ続けたフォーチュン・クッキーは、早くも午前十一時には全て売り切れになってしまった。
「随分予定より早いけど、ないものは売れないしね」
今から新しいフォーチュン・クッキーを作る材料はない。ネネたちは早めに店を撤収することにした。
「暇になっちゃったなあ」
このあとは夜に学生と学校関係者が参加する舞踏会が予定されていてネネとノアも参加することになっているのだが、ただその準備をするにしてもまだずいぶん早すぎる。
「せっかくだし、おれたちも露店見てまわろうぜ」
ネネたちは夜の舞踏会まで、他店の出し物に興じて余った時間をつぶすことにした。
しばらく中央通りに建ちならぶ店を見てまわっていると面白そうなものを発見した。
「りんご取り競争」だ。
これは魔法でりんごを宙に浮かべ、それを口で取るゲームである。基本的には何人かで一緒にやり、誰が一番早くりんごを取れるか競い合う。
ネネとノアは二人で勝負することにした。
「よーい、はじめ!」
店主の掛け声と同時に、ネネとノアが宙に浮かんだりんごにかぶりつく。ノアは意外と口が小さいのか顎の力が弱いのか、食いつくりんごはどれもするっと逃げていくばかり。一方ネネは、何度かりんごに逃げられながらもノアより早く、しかもかなり大きなりんごをくわえ取った。
「やるねえ! 嬢ちゃん」
周りの客からも拍手があがる。
もらったりんごをかじりながら、二人は再び露店が立ち並ぶ通りを見てまわった。
露店には収穫祭ならではのお菓子がたくさん売っていた。お化けの形をしたメレンゲ菓子、発光する果物が入ったカップケーキ、血のように真っ赤なプリンは魔草で色付けしてあるらしい。ネネは、それらのお菓子を少しずつ買っておいた。本当は今すぐにでもこのお菓子を食べたいところだが我慢する。
夜に開催される舞踏会では、皇宮の厨房から料理人がやってきて宮廷料理が振る舞われることになっているのだ。宮廷料理など本来、皇族や貴族でなければ口にできないもの。それが食べられるというのだからお腹をすかせておかないともったいない。
そろそろ舞踏会に行く準備をしに宿舎へ戻ろうかというとき、ノアがポケットから何か取り出してネネに渡してきた。
「そういや、これおまえのために取っておいたんだ」
ノアがくれたのは、ネネたちが売っていたフォーチュン・クッキーだった。
「私はいいよ。あんまり占い好きじゃないから。誰か他の人にあげて」
「そんなつまんねーこと言うなよ」
ノアはぐいとフォーチュン・クッキーを押し付けてくる。
仕方なく、ネネはクッキーを受け取った。
するとノアは「早く中を見ろ」と言わんばかりにワクワクした目を向けてくる。
ネネは小さく嘆息すると、クッキーを割って中の占いを見てみた。
『あなたは近々、こっぴどい風邪を引くでしょう』
「……なんか不吉なこと書いてある。もっと良いこと書いてよ、ノア」
「なに言ってんだ。占いで分かるのは良いことばっかじゃないんだぞ。占い学の本にもそう書いてあった」
でも、とノアは微笑む。
「そういうこと言う奴がいると思って、ちゃーんと裏に回避策を書いておいたんだ」
ノアが自信満々に胸を張るので、ネネは紙きれを裏返してみた。すると。
『回避策:王子様の口づけ』
ネネは瞬時に紙切れを握りつぶした。
「こんなの絶対無理でしょうがあ!」
「なっ、わっかんねえだろ! そこの蛙が王子様かもしんないじゃんか!」
とノアは、近くの草むらにいた、でっかいガマガエルを指さす。
「そんなの嫌だよ。王子様にあたるまで蛙に口づけしてまわるなんて」
「んだよ。わかったよ。なら占い書き換えてやるよ」
元も子もないことを言うノアと一緒に、ネネは宿舎に戻ったのだった。
夜の舞踏会は中庭を会場として開催され、学生と学校関係者なら誰でも自由に参加できることになっていた。ただし、会場に入るには一つ条件があった。
それが仮装である。
収穫祭に帰ってくる霊は良い霊だけとは限らない。中には悪霊も混じっているため、そういった悪い霊にいたずらされないように自分たちもお化けの恰好をして悪霊から身を隠すのである。
ネネはノアと一緒に宿舎で仮装の準備をしていた。化粧はノアがしてくれるというので、ネネはまず自分の部屋で仮装用の衣装に着替えてからノアの部屋に向かった。
「おま……。それで行く気か?」
ネネが着ているのは亡くなった祖母のワンピースだ。
「うん。だって、これだとジパンシーに見えなくもないでしょ」
「却下だ」
「何で」
「今日は収穫祭だぞ。今日は誰が何になってもいい日なんだ。おまえは何か、なってみたいものないのかよ」
「でも、私これ以外に服持ってないし……」
ノアは嘆息すると部屋のクローゼットを開けた。中にはずらりと、多種多彩な衣装が入っていた。
「どうしたのこれ?」
「まあ、小姓時代の伝手でちょっとな。そんなことより、ほら、なりたいもの言ってみろよ」
困ったネネは、本棚に目を向けた。
並んだ本の背表紙。その中で一番目を引いたものの名をつぶやく。
「おっし。それならおれも賛成だ」
そう言ったノアにされるがまま、ネネは着替えさせられ、髪を梳かれ、化粧をほどこされた。
「これは……おれ史上、最高傑作だな」
ノアが仕上がったネネの姿を見て言った。
「ありがと。じゃあ私は下で待ってるよ」
「いや、おれはたぶんめっちゃ時間かかるから先に会場に行っててくれ」
ノアと一緒に行きたかったが、そう言われたら仕方がない。
ネネは一人で中庭へ向かった。




