エピローグ
ヴェルターラインにあるテストルームには訓練用のダミー人形が設置されている。
ゲームで時々あるカカシ――いわゆる、あたらしい装備やスキルのダメージ量を確認するためのシステムだ。
そのダミー人形をまえに、アマリリスがウォーハンマーを片手に立っている。
俺とセフィナはそれを少し離れた場所から見守っていた。ほどなく、端末から顔を上げたセフィナが口を開いた。
「アマリリス、準備はいいかしら?」
「うん、いつでも大丈夫!」
数十キロはありそうなウォーハンマーを上段に構え、アマリリスは元気よく答えた。
「それじゃ、制限時間は三分。……Ready, go!」
セフィナが端末に触れると同時、アマリリスが弾かれたように飛び出した。その勢いすべてを乗せた一撃でダミー人形を殴りつける。
どごんと、すさまじい音が鳴って大気が震えた。だが、一体どういう原理なのか、ダミー人形は傷一つ突いていない。アマリリスはそこに二発、三発と追撃を加えていった。
「30秒の累計DPSは……C判定ね。あの歳でとても優秀だわ」
「Cなのか……」
少し意外だった。
たとえば、リーシアならS判定。瞬間DPSならSSSまであり得る。最新ピックアップキャラのアマリリスなら同じくらい出るのではと思っていたのだ。
だけど……いや、そうか。アマリリスはまだ新米だもんな。ヴァネッサとは違う、ということだろう。
だけど、逆に言えば伸びしろしかない。精神的な面でも、これから成長してくれるはずだ。
「アマリリスのメンタルはどうなってるんだ?」
「そうね、以前より明るくなったわ。もちろん、いつ暴走するか分からない不安定さも相変わらずだけど……大丈夫、必ずリストレインを改良してみせるから」
「ああ、よろしく頼む。アマリリスのことはもちろん、誰一人失いたくないからな」
「そう言って、みんなに手を出したのね?」
不意打ちを受けて思わず咳き込んだ。
「動揺しすぎよ。そんな調子じゃ、この先が思いやられるわね」
「この先?」
なんのことだと首を傾げると、セフィナはからかうような顔をした。
「誰が貴方の正妻になるかって話」
「それは……」
「みんな平等だなんて言わないわよね? あの子達がそれで納得すると思う?」
「レーネはこだわりそうだが、リーシアは……言わないんじゃないか?」
そう口にした瞬間、セフィナがあきれ顔になった。
「冗談だとしたら笑えないわね。あの子が二番に甘んじるはずないでしょう?」
「そんなことは――」
反射的に否定しようとして、だけど――と思い出したのは先日のベッドの上での言葉。彼女はたしかに一番にこだわっていた。
「それに、アヤカ達がそろそろ帰ってくるわよ」
「――っ」
思わず息を呑んだ。
いまの俺は、自分が誰に手を出したか正確には把握していない。だが、状況から考えて、アヤカ達がいる遠征部隊の誰か、あるいはその全員に手を出している可能性は濃厚だ。
つまり、今以上に修羅場が勃発する可能性は高い。
「……やっぱり。あの子達にも手を出しているのね」
「可能性は高いとだけ言っておく」
「そう。まぁ……そのことはもういいわ。それより、問題なのは、彼女達が遠征に向かっていた旧文明の遺跡にアスペリアの部隊がいたみたいなの」
その言葉に息を呑む。
アスペリアはセレスタリアに恨みを抱いている組織だ。そこに所属する部隊が遺跡に現れた。それは、先日の任務を彷彿とさせる。
「まさか、その遺跡にもホープギアのようななにかがあるのか?」
「詳細は彼女達が帰還してからね。一応、いくつかデータを持ち帰っているみたいよ」
「そうか……」
おそらく、これがアマリリスのエピソードの続きだ。であるならば、次はその遺跡に関わることになるのだろう。そして当然、遠征部隊の面々とも関わることになる。
……また修羅場になりそうだな。
そんなことを考えていると、そこに計測を終えたアマリリスが戻ってきた。
「セフィナさん、私のスコア、どうでしたか?」
「総合評価……Cね。初めてにしては上出来よ」
「ほんと? やった! お兄ちゃん、聞いた? 私、頑張ったよ!」
「ああ、偉いな」
アマリリスの頭を撫でる。だが、さきほどセフィナから言われた言葉が頭から離れない。嫌な予感を抱いていると、不意にコネクトレインによる声が届いた。
『マスター、いまお時間ありますか?』
『リーシア、どうかしたのか?』
『はい、報告が一件あります。カティア様から連絡があり、ヴェルターラインの視察に秘書をよこすとのことです。受け入れて問題ありませんか?』
『……視察?』
なぜいまさらと首を傾げる。だが、彼女のことだからなにか理由があるのだと受け入れる。俺はリーシアに『じゃあ受け入れると伝えてくれ』と答えた。
『了解しました。それと、もう一件。実はいまから、レーネさんとマスターの一番を掛けた勝負をするので、私の部屋まで来てくださいませんか?』
『――はっ!?』
思わずセフィナの顔を見る。
「マスター、どうかした?」
「いや、その……リーシアが、レーネと勝負をするって」
「あぁ、雌雄を決する話ね」
「なっ!? 知ってて止めなかったのか!?」
信じられないと目を見張るが、セフィナは「どうして止める必要が? 言っておくけど、私だって一番の座は狙うつもりよ」ととんでもないことを言い出した。
目の前が真っ白になる。
だが……言われてみれば当たり前だ。
ハーレムモノでは女の子同士が仲良くすることも珍しくはないが、現実はそうじゃない。大奥でもハーレムでも、血みどろの愛憎劇が繰り広げられている。
なのに、俺はなんとなくで、都合よく許されると思い込んでいた。
『マスター?』
『――っ、すぐ行く!』
俺はセフィナやアマリリスへの挨拶もそこそこに、リーシアの部屋へ走った。そして彼女の部屋の前、ノックもそこそこに扉を開ける。
「二人とも、争うような真似は――」
叫びながら部屋へ踏み込んだ俺は見たのは――テーブルの上に並ぶ二皿のチャーハン。それぞれの皿の前にはリーシアとレーネが立っている。
「……あー、なんの勝負だって?」
「料理対決です」
「マスターのために初めて料理をしたのよ」
なんだ、料理かと、心から安堵した。
いやでもよく考えれば、正妻の座の争奪戦だもんな。さすがに、戦闘力が一番高い人間が正妻だなんて、脳筋なことは言わないだろう。
そういう意味で、料理対決にしたのは俺のことをよく分かっている証拠だ。ただ、それはともかく――と、レーネに視線を向ける。
「……おまえ、いま、聞き捨てならないことを言わなかったか?」
「なんのことなのよ?」
「いや、初めて料理した、とか言わなかったか?」
「言ったのよ? 普段素っ気ない女の子が、好きな男のために頑張って料理をするとか、マスターが好きそうなシチュエーションなのよ?」
「いや、まぁ……否定はしないが」
だがそういう場合、大抵は味が壊滅的なところまでセットである。
「味見は……したのか?」
「マスターは私をなんだと思っているのよ?」
「……したって意味だよな?」
しなくても美味しいに決まっているのよ、なんてベタなことを言いそうだなと戦く。だけど予想に反し、レーネは少し不満げに「もちろんなのよ」と答えた。
「……そうか。まあ、それなら……ええっと、試食すればいいのか?」
「そうよ。そのうえで、私とリーシア、どっちの料理が美味しいか答えろ、なのよ」
「まぁ……それなら」
最初は驚いたけど、料理の試食くらいなら可愛いものである。ということで、俺は席について、まずはレーネの前に置かれた、一抹の不安があるチャーハンを口にする。
「……ほう。ほうほう。これは……普通だ! 少しパサついているけど、とくに食べられないことはない。味も少し素っ気ないけど、ちゃんとチャーハンの味がするぞ!」
「マスター、もしかして喧嘩を売ってるのよ?」
「いや、褒めてるだろう、思いっきり」
「どこがなのよ!」
なんか不満そうだが、初めてでこれなら絶対合格点だ。
俺は続けて本命、リーシアのチャーハンを口にした。
「これは……うん、これは美味しいな」
ちゃんとしたチャーハン。もちろん、お店の料理より美味しいとか、そういうレベルではないけれど、少なくとも素人の俺には欠点が分からない程度にはよく出来ている。
なにより、俺のために作ってくれたことが嬉しい。
「マスターが気に入ってくれて嬉しいです。こっそり練習した甲斐がありました」
「練習、したのか?」
「ええ、もちろん。マスターにお出しするのに、ぶっつけ本番なんてあり得ません」
「――はっ? それ、私のことを言ってるのよ?」
レーネが即座に噛み付いた――が、リーシアは「ただの持論です」と受け流した――が、なんかバチバチの雰囲気がある。
……あれ、ちょっと待って。
ただの料理対決だと思ったけど、もしかして俺の答え次第で修羅場に発展するのでは?
「さあ、マスター。聞くまでもないと思いますが、結果を発表してください」
「あら、結果は聞くまで分からないのよ。ねぇ、マスター?」
二人に詰め寄られる。どちらを立てても角が立つヤバい状況――だけど、こういうのは時間を空けるほどヤバさが増すことを知っている。
俺は即座に口を開いた。
「えっと……リーシアのチャーハンの方が美味しかった。だけど、レーネのチャーハンも、初めてにしてはよく頑張ってたぞ。二人とも、俺のためにありがとう」
勝敗は付けつつ、出来るだけ角が立たないように答える。それが分かったのだろう。二人は顔を見合わせたあと、仕方ないとばかりに溜め息を吐いた。
「やっぱりこうなりましたか」
「そうね、予想通りなのよ。だから、仕方ないのよ」
「ええ、仕方ありませんね」
二人はそう言って笑う。なんというか……ものすごく嫌な予感がすると、俺は椅子から腰を浮かせた。それと同時、リーシアが口を開いた。
「それじゃ、次は事前に話し合ったとおり――」
「どっちがマスターと身体の相性がいいか勝負なのよっ!」
後に続くようにレーネが宣言する。
その意味に気付いた俺が逃げようとしたが、リーシアに押し倒された。そうして動きを封じられているあいだに、レーネがズボンに手を掛ける。
非現実的な、だけど男なら一度は夢に見る状況――のはずだが、なぜか震えが止まらない。俺はズボンを脱がされないように、慌てて手で押さえた。
「い、一応聞くんだが、どうやって相性がいいか決めるんだ?」
恐る恐る尋ねると、レーネが「もちろん、マスターの身体に聞くのよ?」といい、リーシアが「そうですね。細かいルールはともかく、マスターが決めるのは賛成です」と続く。
それを聞いた俺は絶望する。
二人を同じくらい好きなことと、身体の相性は関係ない。だから、勝敗を決めること自体は問題ない。問題なのは、それで二人が納得するかどうかである。
納得しなければ、二人の勝負は苛烈さを増すだろう。その先に待っているのが天国か地獄か、俺はなんとなく後者の気がする。
そんなことを考えていると、不意にコネクトレインでアヤカの声が届いた。
『ただいま戻りました。マスターに確認したい話があるのですが、いまどこですか?』
『す、すまない、いま取り込み中で手が放せない!』
遠征の報告も気になるが、いまはそれどころではない。と言うか、物理的に手が放せない。手を放すとズボンを脱がされるから。
なんてことは言えないが、取り込み中であることは伝わった。
『じゃあ、夜にマスターの部屋にうかがってもかまいませんか? どうしても、マスターに直接尋ねたいことがあるんです』
嫌な予感を覚える。
聞いてはいけないような、だけど聞かなければ後悔するような、そんな葛藤を抱きながら、俺は『どうしても聞きたいことって、なんだ?』と聞き返した。
『ミアが言っていたんです、マスターは一度寝たら、なにをしてもなかなか起きない』って。もしかして、マスターはミアとも……』
咽せた。
ほぼ間違いなく、俺はミアともそういう関係にある。そして、アヤカが『ミアとも』と言ったということは、おそらくアヤカともそういう関係にあるのだろう。
こっちもあっちもカオスで大ピンチ。だが幸いにして、コネクトレインで咽せた声は入らない。俺は極力取り繕って『その件も含めて後で折り返す!』と先送りにした。
通話を切れば、いつの間にかズボンが下ろされていた。俺はただ好きなソシャゲの推しキャラに課金指輪を贈っただけなのに、一体どうしてこうなった!
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